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美術館 > 刊行物 > 友の会だより > 2002 > 藤島武二《大王岬に打ち寄せる怒濤》 東俊郎 友の会だより KAWARA版 2002冬号

友の会だより所蔵品解説

三重県立美術館収蔵の藤島武二《大王岬に打ち寄せる怒濤》をめぐって

藤島武二(1867-1943)
《大王岬に打ち寄せる怒濤》
1932(昭和7)年
油彩・キャンバス
73.3x100cm
(財)岡田文化財団寄贈

藤島武二《大王岬に打ち寄せる怒濤》1932 

  今年の4月、ブリヂストン美術館で「藤島武二展」がひらかれた。三重県立美術館での没後40周年記念展が1983年だったから、もう二十年近くたったわけだ。日本の近代美術にむける眼のありどころも相当に変わったなかで、ぼくが受けとった藤島は作品として実際まだ生きているか、それとも死んでしまったのか。会場にはいるまえはしきりにそういうことを思ったが、これはうれしい杞憂に終わった。

 ヨーロッパ留学、とりわけイタリア滞在以後の藤島の絵は一変したといわれる。そこに始まる後期藤島を、自然の骨格をおおきくとらえる風景画家として大成してゆく過程ととらえ、まさにその恰好の例として《大王岬に打ち寄せる怒濤》をみる。これは十分可能だし、まちがっているわけではないうのだが、ただそうすると、みえなくなってしまう何か大事なもの、大画家と呼ばれれば呼ばれるほど人に語りにくくなる藤島の心残りに似たものがあって、あの世へかれはそれを黙って包んだままいってしまったのではないか。たとえば、今回なら《婦人と朝顔》のまえに立って、森鴎外にも響きあう永遠に老いない藤島の感受性が初めて出逢うみずみずしさでつたわってくるとき、ふとそれに触発されたという顔をみせて、そういう考えがこちらにやってくる。

 絵をえがくということは、現実にあるこの天地自然とは截然とことなる別の一乾坤をうちたてる創造主になることではなかった。むしろいまここにあるこのせかいをつくった形なき創造のちからを信じ、それを讃美し、そのせかいを装飾すること。藤島がしたかったのは実はそういうことだとして、もともと寡黙な藤島はそういう内心をほとんど唇に乗せてはいない。ないが、片言くらいはある。「私は過去に於ても、将來に於ても、自分の遺らうと思ふ方面は、装飾風の畫である。」という1910年1月洋行を終えて神戸に帰着したときの言葉がそれである。ここで、「装飾風の畫」というとき、その心はある場所を飾る、目的のはっきりした絵ということを意味している。用と美でいえば、美にでなく、むしろ用に仕えることをよしとする絵といっていい。ようするに弱年の藤島が学んだ日本画が本来そうであったように、季節がかわるたびに掛け替えられるし、床の間なら床の間を背に、そこでなにかをおこなうかにあわせて選ばれる絵画である。もっといえば屏風のように、それによって空間そのものさえ変えてしまう絵画である。

 そんなわけで、もういちど《大王岬に打ち寄せる怒濤》にかえってもいいが、この画面に近代絵画のリアリズムの格をはずさない力量だけみるとしたら、それは、アララギの歌人達が実朝の「箱根路をわが越えくれば伊豆の海や沖の小島に波の寄る見ゆ」を古代人にせまる大胆率直でつかんだ現実の写生とみたのとおなじで、実朝のばあいだったら土地の霊に対する儀礼というか挨拶のあたるものを、みおとしてしまうことになりかねない。

 ひるがえって藤島の日本各地にわたる風景画にしても、この風土の霊への呼びかけ、いわば魂しづめに似た感情というものが、無意識のなかにあったかもしれない。もちろん「日の出」連作の動機が昭和天皇の学問所を飾ることであったように、もっとはっきりと眼にみえる直接の目的にそれらが隠されているのは確かだとしても。そして藤島のこういう願いは、十分実をむすぶことなく終わった。かれの作品はどれもそこにあるふさわしい空間をもらいたがっているはずなのに、結局その空間は、藤島の生きた日本には生まれることができなかったからである。「いい絵はスカッとしていなくてはいけない」という藤島の言葉をおもいだしながらみるのが精一杯のところなのは、ぼくらにとっても藤島にとっても残念なことだ。

〈東俊郎・学芸員〉

(友の会だより KAWARA版 2002冬号より)

※三重県立美術館には、ここにあげた4点以外にも、『浜辺』(1898年)『セーヌ河畔』(1906~7年)『裸婦』(1906年)『ローマ風景』(1908年頃)『朝鮮風景』(1913年)『裸婦』(1917年)の油彩画、『裸婦』(1898年)の木炭画一点が収蔵されている。

藤島武二:館蔵作品一覧


→作家別記事一覧:藤島武二

 

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