パリで白菜漬けを作るには
井上隆邦
外国勤務で悩まされるのは、脂っこい料理だ。おまけにボリュームが凄いから、“草食系”の日本人には辛い。胃が疲れ、梅干しや漬け物が恋しくなるのは云うまでもない。
嘗て国際交流基金のパリ事務所に勤務していた折りのこと。筆者自身が和食党と云うこともあって、冬が到来する前にはパリ十三区の中華街に出向き、白菜や唐辛子などを仕入れ、白菜漬けを作ったことが思い出される。当時、仕事柄、日本からの客人も多く、白菜漬けを自宅で良く供したものだ。小説家、映画人、美術家と味には一家言ある人ばかりだったが、評判は上々だった。
白菜漬けの材料調達は大概、中華街で済んだが、問題は漬けもの石だった。パリという街は石畳が縦横に走っているので、石ころ位、簡単に手に入ると高をくくっていたところ、さにあらず。どこを探しても見付からない。思案の末思いついたのが、勤務先の事務所に山積みになっていた廃棄直前の月刊誌だった。自宅に持ち帰り、何十册も積み上げて、重し代わりに使った。
つけ込んで一週間。漬け樽ならぬ、ホーロー仕立ての容器を覗いてみると、白菜は美味しそうに、しんなりと漬かっていた。が、ここで問題が発生。重しの月刊誌は白菜から出た水分でゴワゴワ。無論、再利用は不可能。ただし、月刊誌の印刷臭が残ることはなかった。
白菜漬けの裏舞台を“公開”するのは今回が初めて。花都のパリと云えども、そこは異国。“台所事情”が苦しいことはお察し願いたい。白菜漬けが美味しいこの季節、パリでの“苦闘”が頭をよぎる。。
(朝日新聞・三重版 2011年2月5日掲載)