芸術振興はなぜ大切?
井上隆邦
なぜ、芸術振興が大切なのか。果てしなく繰り返される疑問だが、百点満点の回答となると難しい。振興の狙いも、時代や社会状況によって違ってくるから話は一層複雑だ。
かねて疑問だったのが、日本に於ける鼓笛や金管楽器の普及状況だ。小、中学校で盛んなのが不思議だった。国際比較しても日本はトップクラスではないだろうか。
京都の国際日本文化研究センターの佐野真由子准教授にこの疑問を投げかけたところ、面白い答えが返ってきた。女史によると鼓笛や金管楽器を学校現場へ初めて導入したのは明治政府だった。近代国家建設が至上命題だった当時、良く訓練された人材の養成は喫緊の課題であり、導入の背景にはこうした狙いがあったという。
鼓笛や金管楽器の演奏に合わせて行進の練習を積めば、確かに定型的、画一的な行動様式が身に付く。この種の人間が生産現場に入れば効率が挙がることは間違いないであろう。
「感性を養い、想像力を磨くこと」、それが今日、芸術振興の大きな目標であることは云うまでもない。しかし、この目標では抽象過ぎて、説得力に乏しいという意見もあるだろう。明治時代のようにプラグマチックで現実的な目標の方が判りやすいかもしれない。しかし今更、近代国家建設でもあるまい。
休日の一日、国際的なソリスト、庄司紗矢香の見事なバイオリン演奏を聞いていたところ、冒頭の疑問が頭に浮かんだ。直感的には芸術振興の重要性が分かっていても、万人に通用する理屈づけとなると中々難しい。模範解答はあるのだろうか。
(朝日新聞・三重版 2010年12月4日掲載)