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学校美術館ガイド

2006年9月29日(金) 伊賀市立府中小学校 
1 黒田清輝 1866-1924 薔薇の花 大正時代 34.7×26.1 油彩・板
黒田清輝 薔薇の花 黒田は、明治の洋画に明るい光の表現をもたらした画家の一人です。この作品は輪郭をとらずに、ぐいっぐいっと素早い筆運びで描かれています。それが色とりどりの花に生き生きした感じを与えているのでしょう。
2 和田英作 1874-1959 富士 1909年 53.3×72.9 油彩・キャンバス
  和田は黒田清輝(1番)らに影響され、西洋絵画の表現方法で日本の景色を描こうとしました。この作品では、すっきりした構成、明るく穏やかな色の組みあわせで富士山が描かれています。そんな中、道に落ちた家の影が引きしめ役になっています。
3 小川詮雄 1894-1944 漁村の夏 1914年 41.0×60.3 油彩・キャンバス
小川詮雄 漁村の夏 松阪生まれの小川は、はじめ日本画を学びましたが、後に洋画に転じました。この作品は、現在の大王町、波切小学校付近から海の方を向いて描いたものです。輪郭の内側を平らに塗るのではなく、濃い色の大ぶりな点をぺちょっぺちょっと置いていくことで描かれています。そこからどんな感じが生じているでしょうか?
4 奥瀬英三 1891-1975 五月信濃路 1963年 97.0×146.0 油彩・キャンバス
  伊賀上野に生まれた奥瀬は、自然の中に人物を描きこむという作風の画家です。この作品でも、くっきりした輪郭によって、自然を背景にした人間の営みが描きだされています。
5 高畠達四郎 1895-1976 オーヴェル古寺 1967年 91.2×73.0 油彩・キャンバス
  高畠は、強い印象を受けた景色を、ことこまかに描くのではなく、大切な点だけを抜きだそうとした画家です。この作品でもフランスの教会が、空や手前の道とあわせて、単純化された色で表されています。ところで、空の左と右で、青のさがや塗り方ちがっているのはなぜなのでしょうか?
6 向井潤吉 1901-1995 遅春(長野県塩尻市広丘郷原) 1962年 50.0×60.0 油彩・キャンバス
  向井は、失われていく日本の古い民家を、写実的に描いた画家です。この作品でも民家を、感情を交えずていねいに描き写そうとしています。同じ日本の景色でも、和田英作の《富士》(2番)に比べると色が濃く、絵具も堅そうな感じがします。そのため全体としてしゃきしゃきした感じがしないでしょうか?
7 小林研三 1924-2001 私の家 1983年 72.8×91.0 油彩・キャンバス
  四日市生まれの小林は、鳥や動物、田園を、幻想的に描き続けた画家です。この作品でも、家や丘、木が、緑と青などの明るく柔らかなひろがりの中で、童話の一場面であるかのように安らいでいます。
8 林武 1896-1975 ノートルダム 1961年 32.0×41.5 コンテ・紙
  林は、人や物の存在感を、豪快な形や強い色の組みあわせでとらえようとした画家です。この作品でも、勢いよく画面を走る黒々とした線の中から、パリの教会が浮かびあがってきます。その際、実は、黒や灰色のすきまに残された紙の白がたいせつな役割をはたしているのではないでしょうか?
9 岸田劉生 1891-1929 冬瓜茄子の図 1926年 37.0×50.6 絹本着色
岸田劉生 冬瓜茄子の図 劉生は、大正時代にきわめて厳しいほどの写実による油絵を制作したかたわら、日本や中国の伝統に関心を寄せました。この日本画もそうした関心に基づくもので、丸みを帯びた輪郭とぼかしを交えた色が、飄々とした表情を浮かべています。
10 宇田荻邨 1896-1980 雪の嵐山 1961年 71.0×92.5 紙本着色
  松阪生まれの荻邨は、京都で活動した日本画家です。この作品では、ほぼ白と緑にかぎられた色と、曲線の響きあいが、しんとした冬山の雰囲気を伝えています。その際金色が、アクセントになるとともに、小さな人物へと視線を導きます。
11 斎藤清 1907-1997 会津の家 1972年 66.8×96.5 紙本墨画着色
  斎藤は、木版画や墨絵によって故郷である会津の雪景色などを好んで描きました。この作品でも、大胆な構図や墨と和紙の肌合いが、柔らかく暖かい雰囲気を感じさせています。向井の《遅春》(6番)と雰囲気の違いを比べてみてください。
12 長谷川潔 1891-1980 版画集「ポートレート」より 1963年 33.0×25.5 銅版画・紙
  長谷川は、パリの地で、さまざまな銅版画の技法を用いて、独自の息づかいを感じさせる作風を築いた版画家です。この作品は、銅版を直接彫刻刀で刻むビュランという技法で描かれています。そのため硬そうな線が、花たちに時間を止められたかのような存在感を与えています。
13 オディロン・ルドン 1840-1916 ベアトリーチェ 1897年 33.5×29.5 リトグラフ・紙
オディロン・ルドン ベアトリーチェ ルドンは、目に見える世界の奥にある見えないものを描きだそうとしたフランスの版画家・画家です。この作品では、女性の横顔は淡く空に消えいりそうです。手の届かないものへのあこがれや思い出が表されているのでしょうか?
14 M.C.エッシャー 1898-1972 物見の塔 1958年 46.1×29.5 リトグラフ・紙
  エッシャーは、現実にはありえないけれど、紙の上でだけ実現するイメージを描いたオランダの版画家です。この作品でも、はしごと一階・二階との関係がどうなっているか、確かめてみてください。
15 橋本平八 1897-1935 猫 A 1922年 35.0×23.7×14.5 ブロンズ
橋本平八 猫 A 伊勢の朝熊村に生まれた平八は、伝統的な木彫りを近代という時代にあったものにしようとした彫刻家です。この作品は、古代エジプトの彫刻にヒントを得て制作されたということです。のばした前脚と後脚に対する首筋のねじれ、そして背中の丸さの組みあわせが、猫に動きと安定感とを同時に与えています。
16 中原悌二郎 1888-1921 若きカフカス人 1919年 42.0×19.0×18.0 ブロンズ
中原悌二郎 若きカフカス人 中原は、大正時代にロダンなどの影響を受けつつ、生命感あふれる彫刻をめざした作家の一人です。この作品は、当時日本に滞在していたロシアの青年をモデルに制作されました(「カフカス」はコーカサスのこと)。しっかりした骨組みを与えつつ、秀でた額、そげた頬、がっしりした顎が、モデルの顔立ちを印象的なものとしています。
17 柳原義達 1910-2004 赤毛の女 1956年 62.0×14.0×13.0 ブロンズ
  柳原は、単なる物ではなく、生命を宿すものとしての人間や鳩・鴉などを表そうとした彫刻家です。この作品でも、モデルの目鼻立ちが細かく刻まれているわけではありませんが、かえって生き生きしたうねりきが感じられるのではないでしょうか?
18 三木富雄 1937-1978 1965年 40.5×25.9×9.5 アルミニウム、亜鉛
  三木は1963年以来、ひたすら耳を作り続けました。この作品もその一例です。ふだんまじまじと見ることのない耳の、形としての面白さとともに、ものが本来あるべき場所から切り離された時や、小さなものが大きくなった時に見せる、奇妙な感じをもしめしています。
19 堀内正和 1911-2001 うらおもてのない帯 1963年 78.0×21.0×43.0 ブロンズ
  堀内は、ひねりのきいたアイデアを好んで形にした彫刻家です。この作品は、表をたどっていたはずなのにいつのまにか裏になっているという、〈メビウスの輪〉を彫刻にしたものです。それはまた、無限の記号∞をも暗示しているのかもしれません。
特別展示 元永定正 1922- 版画集『ほへと』より「ほへと」 1986年 56×75 リトグラフ・紙
特別展示 元永定正 1922- 版画集『ほへと』より「ぎざぎざのなかはきいろ」 1986年 75×56 リトグラフ・紙
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