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村山槐多《自画像》のエックス線画像

三重県立美術館では、1997年より透過エックス線撮影装置を導入し、人間の眼では観察することのできない作品内部の損傷を写真フィルムに記録している。油彩画では、絵具や下地(地塗り層など)の亀裂、欠損箇所の発見がおもな目的であるが、このエックス線撮影によって、作者の技術、途中の描き直しも確認でき、真贋の判定につながることもある。

本作品は、以前から下の層に別の画像があることが指摘されていた。というのも、槐多の頭部向かって右付近には、表面からでもはっきりと別の頭部の輪郭が眼で確認できるからである。1997年開催した『村山槐多』展直後のこと、エックス線撮影でどれだけ下の肖像が明確に浮かぶのか、今回の撮影に限り、関心はそこに集中していたが、いざ現像してみると、もうひとつ別の画像が浮かびあがった〔22〕。この作品の下には2枚の画像が隠されていたことになる。本来ならば、こうした絵具が厚く塗られた作品は、エックス線撮影をしてもこれほどまでにはっきりと下層の画像が認識できることは稀だが、この《自画像[21]では肌の部分に原子量が大きく、エックス線を透過しにくいシルバーホワイト(鉛白)などの絵具は使われず、かわりとして光のあたる部分には黄土色を中心に描かれていることが幸いした。

槐多の《自画像》すぐ下に隠された肖像は、《自画像》と反対向きに描かれている。楕円形のめがね、丸刈り頭、そして太くて意思の強そうな眉の形状などが共通している。下の肖像は、ややほっそりとした面持ちではあるものの、槐多の自画像である可能性は高い。ちなみに、前述の、表面からも確認できる下の肖像のはみ出た領域のみ、絵筆の柄の先端などでひっかくように打ち消した跡がエックス線像で確認できた。油絵具が経年変化で透明度が増し、下の肖像が透けて見え出したのではなく、槐多が自画像を制作した時にはすでに見えていたということになる。絵具がまだ完全に乾燥して固まらないうちに現在の《自画像》が描かれたのであろう。

一方、最下層に描かれた作品は、牛のいる牧場風景。エックス線画像を反時計回りに90度回転させてみると中央やや下に牛が草原で休んでいる姿が見えてくる[22bis]。地平線が広がり、空には雲が漂っている。光のあたる明るい部分にはその明るさのちがいに従って白絵具の厚みが調整され、しかも硬い毛と柔らかい毛の筆をモチーフの違いによって的確に使い分けられている。まさに西洋のアカデミックな描き方を習得したものでなければ描くことのできない技術が駆使されていて、槐多の描き方とは明らかに異なる。この風景は、はたして日本の風景なのかそれとも外国の風景なのか。槐多の作品でないとすると誰が描いたのか。彼の周囲でこれだけの力量のある画家といえば従兄であり槐多を支援していた山本鼎だろうか、それとも槐多が上京した際に世話をしてくれた小杉未醒であろうか。この風景画が気に入らなかったので、貧しい槐多にキャンバスを譲ったのだろうか、それとも・・・。残念ながらこの風景画に該当する図版が発見できていないでいるのでまだ確実なことは言えないが、槐多が関わるだけにさまざまな想像をかき立ててくれる作品である。

(田中善明)



[22]村山槐多《自画像》(エックス線画像)


[22bis]


「村山槐多《自画像》」 子ども美術館Part5−さくひん解剖学 2000.7
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