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美術館 > 刊行物 > 所蔵品目録 > 三重県立美術館とルドン 陰里鐵郎  オディロン・ルドン『聖ヨハネ黙示録』

三重県立美術館とルドン

陰里鉄郎

三重県立美術館が三重県中央の津市西方の丘の上に新設され開館したのは1982(昭和57)年秋、9月末であった。日本国内の公立美術館としては決して早くはないが、東海地方の、独立した本格的な県立美術館としては最初の美術館である。開館当初の収蔵作品は、日本画・油彩画・彫刻・工芸・水彩・素描・版画と、すべての分野の作品を含めて361点による出発であった。

収集の基本方針は、1980(昭和55)年に設置された美術館建設相談役会議において検討され、要約すればはぼ三つのことが決定された。その第1は、地域社会に根をもつ県立美術館として、三重県出身、また三重県の文化と深いかかわりをもつゆかりのある作家の作品、第2に日本の近代化過程におけるすぐれた作家、作品の系統的収集、またそれと関連のある海外の作品、第3に素描・下絵等の収集の三つである。この三つの柱を中心として、大きな視野に立ち、かつ教育的な配慮をももつて収集活動ははじめられたのであった。上記のような基本方針からすれば、美術館の名称として「近代」を冠記しても不思議ではないが、あえてそれを附せなかったのは、近代以前の作品をもときに収集対象とし、歴史博物館とは異なった視点に立つ役割を考慮すべきだと考えたからである。

基礎となるコレクションが皆無であるゼロからの収集活動の困難は想像に難くないであろう。開館までの収集活動は、地域社会の住民の支援と協力に支えられ、また各方面の美術関係者の好意などに鼓舞されて進められ、それはなお継続されている。美術館コレクションとしてはようやく端緒についたばかりであるが、現在までの収集は、日本の近代の油彩画が量的にも大部を占めている。それは、いまなお決して豊かではないが、国立の美術館、博物館の近代関係の収集が、明治末期をもって二分されてしまっている現状では、ある程度の意義をもつものであろうと考えている。

さて、このたび「美術館収蔵名作シリーズ」の一冊として三重県立美術館はオディロン・ルドンの石版画〈聖ヨハネ黙示録〉12枚(表紙絵を含めて13枚)を選んだ。さきに紹介した三重県立美術館の収集方針のなかには、ことさらには版画をあげていない。それは既設の先行美術館に版画収集を方針のひとつとしてすでに豊かなコレクションを形成しているところもあり、また版画美術館の設立も進行している状況のなかで、ことさらにあげなかったにすぎず、版画を収集対象から除いたことを意味しない。かくて現収蔵品には、日本版画としては歌川広重の〈東海道〉(丸清版・隷書東海道)からジョルジュ・ビゴー、長原孝太郎、棟方志功、北川民次、加納光於、若林奮などの作品があり、ヨーロッパ版画はシャルル・メリヨンロドルフ・ブレスダンマルク・シャガールなどの作品で、いずれもいまだ少数でしかなく、今後の課題として多くが残されている。

こうしたなかでルドン〈聖ヨハネ黙示録〉を選んだのは、三重県立美術館の収集でヨーロッパ絵画の最初のものがルドンの〈アレゴリー〉(油彩)であり、〈聖ヨハネ黙示録〉はそれに続く記念的収集品であったことも理由のひとつである。〈聖ヨハネ黙示録〉についての詳しい解説は別稿にゆずるとして、油彩画〈アレゴリー〉について若干のことを記しておくと、この作品は一時期、バルティモア美術館所蔵であったことがあり、ルドンが装飾衝立〈仏陀と赤い木〉を制作していた時期(1905年)のものである。アレゴリーがいかなる寓意であるか、まだ完全には解きあかされていないが、「太陽によって赤く染められたのではない赤い木」と呼ばれてもいる作品であり、ルドン研究家の注目をひいたものである。

三重県立美術館は、開館以来、さして豊かではないコレクションのなかから常設展示を構成し、もう一万で終始、現代的視点と社会教育機関としての視点をそなえた展覧会活動を心がけて、各種の企画展を開催してきている。そしてそれは美術館員の調査研究活動を伸展させ、出版活動を含めての普及教育活動へと広がり、美術館活動をより成果あるものとなしうると信じている。

ささやかな収集のなかから一書を刊行するのもまたそれゆえである。

(三重県立美術館長)

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