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フォルムと風景

毛利伊知郎

 風景画と風景彫刻、ともに風景を主題としているが、両者の違いはどのように考えたらよいのか、あるいは風景を彫刻によって表現するとはそもそもどういうことなのだろうか。山本正道の風景彫刻作品を見ていて、こうした素朴な疑問が浮かんだ。風景画と山本正道の風景彫刻との関連など考えても全く無意味だという指摘もあるだろう。

 しかし、山本正道がつくる風景彫刻における風景の扱い方を考えるとき、いわゆる風景画のことを全く無視して考えるのは片手落ちといえなくもないだろう。彼の風景彫刻には、この彫刻家にしかない風景の扱い方、風景の意義があるはずだからである。

 山本正道には、マッスの効果を活かした少女や母子の像、樹木を主題とした作品、街中の広場や家屋を主題とした作品もあるが、イタリアやアメリカの風景を主題とした風景彫刻がこの彫刻家の作品中、最も重要な位置を占めていることは多くの人が認めるところであろう。

 山本がはじめて風景彫刻的な作品を制作したのは、現存作品を見る限り、1969年のローマ留学中の作品《紙芝居》あたりのことと思われる。この作品は高さ20cm足らずの小品で、ローマの町中をまわってくる街頭紙芝居を子どもたちが見ている情景を表している。手捻りで造形したこの作品からは、邪心のない素朴な喜びと、のびやかな心のありようが見るものに伝わってくる。1971年にイタリアから帰国した山本は、73年に《オリーヴの樹》を制作している。この作品は、大きなオリーヴの樹木の周囲に小鳥と人を乗せたロバを配したもので、大地を表す平坦なベースを備えている。風景彫刻の形式は、本作品で整えられたといってよいかもしれない。

 また、そうした形式面だけでなく、この作品ではオリーヴの樹木、ロバなどイタリアの田園地帯に見られる象徴的なモチーフが登場して、のどかな牧歌的雰囲気が漂っている。この時点で内容面でも山本正道の風景彫刻が完成に近づいていたことが窺える。それでも、この《オリーヴの樹》は横幅50cm、奥行24cmという作品としては小振りのもので、後年の風景彫刻に見られるスケールを獲得するには至っていない。

 こうした作品を経て、イタリアの自然や風物による風景彫刻が本格的につくられるようになるのは、1970年代半ば以降のことで、《追憶》(1975年)、《遺跡の見える風景》(1976年)、《古代への夢》(1977年)といった作品が生まれている。

 こうした風景彫刻の成立とも関わる山本の自然観は、以下のようなテキストに見て取ることができよう。

 「普段何気なく見ている私達のまわりの自然に、よく見ると実に様々なフォルムが魅力ある空間を作り出しているのだ。例えば山の起伏や、打ち寄せる波、空行く雲のように無限に変化して行く形、樹々の空に向かって枝を張った多様な構成、それに樹が葉に被われた際の豊かなフォルム、それらはそれを取りまく周囲の環境に合わせて必然性を持った美を創り出している。又、自然の中に置かれた小さな物、……河原の小石や一枚一枚の葉の様子にも、年月を経て整えられた形態の美しさや自然の摂理を感じ取る事が出来る」(『山本正道作品集』)

 ここには、自然の摂理に対する山本の敬虔な姿勢と、彫刻家としての自然のフォルムに対する鋭敏な観察力とが示されている。この二つが、山本正道の風景彫刻の源泉であることは疑いない。この文章を読むと、山本作品に登場する木の葉のモチーフの意味も自然に了解することができるだろう。

 また、第5回平櫛田中賞を受賞した《追憶》と関連して、山本は以下のようにも語っている。

 「風景を作るのは『フォルムの面白さにひかれるんです。物、人、動物、みんな(同質に)同じ眼でみているつもり。南画の、自然の中に人も、動物も、点景として在る。あの面白みに、興味がありますね』。だから『追憶』も『樹間の空間形成の妙、それを一番表わしたくて』。自分では『抽象作品だとおもっています』」(『中國新聞』1976年3月2日)

 この文章で山本は、南画(文人画)と関連させて自己の作品について語っている。古代ローマやエトルリアなど地中海世界を想起させる山本の風景彫刻と、東洋の理想化された風景表現である南画の山水表現との取り合わせというと、いかにも唐突な印象を受ける。しかし、少し時間をかけて山本作品の印象を反芻してみると、つくり手の意識のレベルでは、意外に通じ合うものがあるのかもしれないと思えるところもある。つまり、ひとことで言ってしまえば、山本は決して風景を描写しない。風景を創造しているということなのだろう。

 いうまでもなく、中国で生まれた山水表現は、現実の風景の描写ではない。そこで描かれるのは、観念的に理想化された自然景観であって、実景ではない。山水画を前にした人は、描き込まれた高士や牧夫など画中の人物に同化して、小宇宙としての絵画世界に遊ぶというのが山水画に対する本来の接し方である。

 作者の言をそのまま受け取れば、山本がつくる風景も現実のそれではないだろう。「フォルムの面白さにひかれる」という作家の言葉から窺えるように、この彫刻家が心を寄せるのは、点景として配される樹木、家屋、ロバ、人物、大地の起伏など個々のモチーフのフォルムと、それらが組み合わされて構成された時に生まれる作品全体のフォルムの双方である。

 フォルムの重視ということは、《雲の形》(1971年)など人体をモチーフにした作品、少女や母子の像、《ニューヨークの王様》(1979年)といった動物の作品など風景彫刻以外にも見て取ることができるこの彫刻家の大きな特質である。

 風景彫刻における個々のモチーフのフォルムということでは、樹木が最も象徴的だろう。山本は、住まいの前に植えられていた樟を通じて、少年時代から樹木には愛着を寄せていたという。樹木のかたちを意識したと思われるデッサンも初期から現在に至るまで数多く描かれている。彫刻ではローマ留学時代の《紙芝居》(1969年)や《ローマの松》(1970年)に、非常に素朴な形の松の木が登場し、やがてオリーヴが松に取って代わることになる。

 1973年の《オリーヴの樹》に見られた素朴なかたちのオリーヴは、75年の《追憶》になると、こんもりと丸みを帯びたフォルムヘと姿を変える。そして、現在に至るまでこの樹形は山本作品を特徴づけるモチーフとなった。その間に、山本の樹はオリーヴという特定の種類から普遍的な樹木となって、イタリアに取材した作品だけでなく、アメリカ滞在に基づく作品にも登場した。さらに《風の音》(1983年)《こだま》(1986年〉《風の音’92》(1992年)など大形の単独作品が制作されているのは周知のことである。

 こうした高さ2m以上に拡大された樹木の作品は、自然公園などに設置されて、周囲の景観と一体となって新たな風景をつくり出すことになる。いわゆる風景彫刻とは異なるが、既存の風景を取り込んで新しい風景を現出させるという樹木の作品のありようにも、南画などの山水表現に一脈通じる風景創造への指向を認めることができる。

 ところで、山本が最も数多く制作している風景彫刻は、形式的には大地を表すベースと、その表面に配された樹木、遺跡や家屋、人物や動物などによって構成されている。

 それは作者自身の言によれば、「長方形の区切られた空間の中に樹とロバと遺跡を配して構成してみた。これまで自然、とりわけ大地の微妙な起伏や広がり、又その大地に根を下ろす樹木の必然性のあるフォルムに強くひかれ、それらを象徴的に作品の中に表現して来たが、この彫刻では樹の生命感、遺跡という人の手になるものへの郷愁、そしてロバは自分自身の投影、その三つの組み合わせで一つの世界を創り出すよう努めた。」(『山本正道作品集』《旅の記憶》についてのコメント)ということになる。

 ベース上の樹木やロバ、遺跡などは、山本作品に漂う時間、空間、詩情などを生む重要な要素となっているが、それだけで作品は成立しない。大地を表すベースが、作品の根幹と関わる大きな役割を果たしている。

 このベースには、身体のそれを思わせるなだらかな起伏がかたちづくられている。それは、決して機械的で無機的なベースではない。作者の手の動きとぬくもりが伝わってくるような穏やかさに満ちている。この大地の起伏にも、フォルムに対する山本らしい感覚が働いている。そして、作品を見る角度や光線の状態によって、大地の起伏は微妙に表情を変化させるのである。このベース部分が醸し出す穏やかさ、安らかさの上に山本作品が成立しているといっても過言ではなかろう。

 1980年代の終り頃から、《旅の記憶’88》(1988年)、《遺跡の見える風景’92》(1992年)等のように、ベース部分が高さ1mほどの作品もつくられるようになった。これによって、山本の風景彫刻は水平方向への広がりだけでなく、それまで見られなかったヴォリュームを獲得することになった。そうした意味で、巨大なトラバーチンの塊からつくられた長さ4m以上の大作《Versilia’99》(1999年)は、石材が持つマッシヴな効果と同時に、風景が持つ空間的広がりの効果をも狙っていて、風景彫刻における新しい可能性を提示した作品ということができるだろう。

 山本正道がつくる風景は、決して現実のそれではない。イタリアを主題にした作品に、他国で作者が眼にして興味を抱いた家屋などが点景として加えられたこともあったという。山本がつくり出す風景はどこにも存在しない。そこに提示された世界は、山本によって創造された一つの小宇宙であり、そこで私たちは想像力を働かせて、自由に遊ぶことができるのである。これから、山本正道は私たちにどうのような風景を見せてくれるのだろうか。

(三重県立美術館学芸課長)

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