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一人の日本人が見たスペイン現代美術

中谷伸生
三重県立美術館学芸課長

 20世紀後半のスペイン絵画は,世界の美術史の中で,どのように位置づけられるのであろうか。スペイン現代絵画は,いうまでもなく,スペイン独自の造形感覚と思考を顕著に表わしているが,それらの絵画はまた,フランス,ドイツ,アメリカ,そして日本の現代絵画とも,よく似た様式を示している。初めてマドリードやバルセロナで,こうした第二次大戦後のスペイン絵画を見たとき,私は,自分がスペインにいるというよりも,ニューヨークや東京の美術館や画廊街にいるような錯覚にも似た気持ちにとらわれた。

 1991年4月,「100の絵画・スペイン20世紀の美術−ピカソから現在まで−」の作品調査のため.私はマドリードとバルセロナの美術館,そしてそれらの収蔵庫の中,画廊,画家のアトリエ,個人所蔵家などを駆け足で回って,スペインの戦後の美術を見た。当然ながら,限られた時間の中で,現代スペイン美術の全貌を見るというわけにはいかなかったが,それでも,およそ200作家の,少なくとも700点以上の作品を見たはずである。これまで日本では,スペイン現代美術の紹介は,残念ながら,小規模な展覧会が数回開催されているだけで,多くの日本の美術愛好家,あるいは美術史家や批評家たちも,その全体像はおろか,限られた作家たちとその作品群しか知らないのが現状だといってよい。スペインのある若手画家が,「日本はスペインの現代美術に対して冷淡である」と語るのを聞いたことがあるが,確かに,スペイン現代絵画は,これまで日本では,不思議なぐらいに等閑視されてきた。というのも,日本人は,近代以降の美術としては,フランス美術と戦後のアメリカ美術,それにイギリス,ドイツの美術に目を向ける偏った文化的経緯をもっていて,スペインといった場合,たいていは,グレコとゴヤとベラスケス,そして現代では,ピカソ,ミロ,ダリの名前が浮かぶのみである。かくいう私も,戦後のスペイン美術として,以前からよく知っていたのは,タピエスとクラベとその他数人の作家たちぐらいで,今回見ることができた多くの画家たちの作品群は,過去の展覧会図録や美術雑誌などによる乏しい知識として,頭の片隅に入っていただけである。実際に目の前で,これだけたくさんのスペイン現代美術を見て,作家や画廊関係者たちと会話を交わしたのは初めてであった。そして,このスペイン滞在中に,私の頭の中に,戦後のスペイン美術が,混沌としたイメージとしてではあるが,初めて,あるまとまりのある姿を現したのである。スペイン美術史や批評の専門家ならともかく、大半の日本人は,マドリードのレイナ・ソフィア芸術センターや各地の画廊などを巡り歩くと,おそらく,私とよく似た印象を抱くであろう。

 当初,私は,これらスペインの現代美術が,戦後のアメリカ美術の展開に酷似しているという印象をもった。つまり,抽象表現主義あり,ミニマル・アートあり,キネティック・アートあり,オプティカル・アートあり,ポップ・アートあり,コンセプチュアル・アートあり,といった印象をもったのである。それらはまた,日本の現代絵画の状況ともよく似ている。こうした印象は,一面では正しいのかも知れないが,丹念に作品を検討していくと,速断は危険であることが分かってくる。というのも,当然のことながら,これらの現代絵画には,スペイン的な特質が刻印されているからである。例えば,青年時代にイタリアのキリコに傾倒したグラネイは,ダリやミロらと同世代の知性溢れるシュルレアリストであり,「π鳥の昼間の飛翔」(1952年)[cat.no.21]において,ダリやミロと共通する明暗差の激しい色彩感覚と,ユーモラスかつ強靱な形態モティーフとを絵画化している。彼の1980年以降の作品は,少し造形力が弱くなったが,1950年代のグラネイの作品群の質の高さは忘れがたい。自宅を訪問したとき,天井まで積み上げられた無数の蔵書を背にして,静かに語る老画家の姿は,苦難の時代を乗り越えてきた自信にあふれていた。次に戦後スペイン屈指の画家で,アンフォルメルの旗手タピエスであるが,この画家は,世界的にも,また日本でもすでに高い評価を得ている。近年,その評価はますます高まりつつある。本質的にダダイスト的な性格をもつタピエスは,かつてピカソがそうであったように,倦むことなく既成の絵画を破壊していく強烈な造形力を見せつける。しばしばいわれるように,土壁を想わせるタピエスの絵肌と,黒の絵具は,カタロニアの風土と結びつくのかも知れない。とにかく,タピエスの魅力は,あらゆる秩序を激しく打ち壊す根源的なエネルギーの爆発にある。彼は,物質感にあふれる素材の力を利用しつつ、既存の芸術への懐疑と,芸術存在の根源を問い続けるラディカルかつスケールの大きさを露にする。黒を駆使するといえば,サウラ,ミリャーレス、ムニョス,そしてクラベを挙げねばならないが,抽象化された人物や,コラージュを多用するクラベの作品は,ピカソの作品との共通性を想わせる。モンポは,「無題」(1962年)[cat.no.45]などで,東洋の書を想起させる線描の形態を画面に散りばめながら,深みのある空間を獲得した。その多少ともユーモラスな形態は,ミロの画面の自由さと,どこかで響き合う。精悍な印象の人物アレクサンコは,強靭な意志を秘めた造形の力を本領とする秀抜な画家であって,いずれの作品も質が高い。彼は,「Soldiver」(1990年)[cat.no.73]において,スペイン現代絵画の特徴でもある材料の用い方,つまり,砕いた石や砂を絵具に混ぜ合わせ,幾何学的形態を構成する。強さのある色彩を駆使しているにもかかわらず,画面は渋く調和がとれていて,この画家の並々ならぬ力量が示されている。ケヒードは,アーチの見える部屋の中を絵画化したシリーズを試みている。このモティーフは,マドリードにある彼のアトリエの情景でもあるが,バロックの巨匠ベラスケスの室内空間を象徴的に仄めかすようでもある。それらの光の描写は,透明感あふれる美しいものであって,とりわけ,「仕切り壁X」(1991年)[cat.no.76]は,このシリーズの中でも,最も複雑な色調と,透き通るような光の把握を示す卓抜な作品だと私は思う。ディス・ベルリンは,「創造Y」(1990年)[cat.no.100]などで,シャープな曲線を用いた装飾的な形態モティーフで画面を引き締めている。作品全体に漂う雰囲気は,いくぶんミロと共通する雰囲気を感じさせる。以上の記述によって,私は,スペイン的な要素を,必要以上に,また時代錯誤的に強調するつもりは毫もない。しかし,スペイン現代美術が,他の国のそれと明確に区別される重要な特質として,スペイン的な要素を,最低限,しっかりと押さえておく必要がある。

 このように,スペインの現代絵画は,注意深く観察すると,過去のスペインの造形感覚や素材の処理,それにスペイン的な主題やモティーフといった具合いに,スペインの文化的蓄積を,予想以上に大きく背負っているといってよい。これらスペイン現代絵画が,フランスのアンフォルメルやアメリカの抽象表現主義の影響下に制作されたと,簡単に結論づける前に,われわれは,まずピカソやミロの影響を考えねばならないし,加えて,タピエスらのスペイン的要素をも考慮しなければならないであろう。こうした特質を考慮に入れた上で,これらの作品が,スペイン的要素を超えて,アメリカ美術をはじめとする国際的な美術の潮流と関連する共通項を検討しなければならないのである。

 スペイン的ということにこだわらずに,スペイン滞在中に印象に残った画家を挙げてみると,まずカサマダの名前が浮かぶ。具象から始めて,近年は抽象的な作品を制作するカサマダは,「黄金都市」(1990年)[cat.no.36]において,軟らかい筆致による抒情的で美しい画面をつくり上げた。カサマダの魅力は,穏やかに調和のとれた色彩と,ゆったりとした空間の把握にある。続いて,故センペレは,スペインのキネティック・アートやオップ・アートの旗手であった。マドリード郊外に残る彼の瀟洒なアトリエには,繊細きわまりない多数の作品と,種々様々な道具類が置かれてあって,この画家の緻密な気質を髣髴とさせる。アルバセテは,作品の良し悪しの差が大きく,今後に課題を残すが,卓れた作品は,かなり質が高く,有望な画家である。基本的に彼は,観念の反復によるコンセプチュアルな絵画を目指しているが,「幻影1」(1990年)[cat.no.92]などを見たときに,私はむしろ,手仕事の見事さに感心した。日本人が好むであろう深みのある淡い色調と端正な線描は,この画家の特筆すべき長所だといってよい。またレオンの「ゴペイ」(1990年)[cat.no.82]は,黒の使い方に,若干の難ありとはいえ,力作である。次に,ミラの「孤独な鳥」(1988年)[cat.no.88],カンパーノの「ルース・ボーツ(R・B)」(1990年)[cat.no.80]などは,近年,世界中に広まっている新表現主義に呼応する。

 さて,以上のスペイン現代美術の状況を踏まえながら,ひとつの問題提起を行ってみたい。エドワード・ルーシー=スミスは,『現代美術の流れ−1945年以後の美術運動−』(Edward Lucie-Smith,“Movements in art since 1945”,Thames and Hudson,London 1969/1975)の中で,1945年以降の美術は,アメリカ合衆国を中心に展開したことを跡づけ,フランス,イギリスなど,ごく一部の例外は別として,日本をはじめとするアジア諸国,あるいは他の多くの資本主義国の戦後美術が,主としてアメリカ美術への追随,模倣の歴史であったと主張する。例えば,具体美術協会の吉原治良をはじめ,日本の戦後の画家たちの作品は,日本においてしか価値がないと主張する。また,スペインに関しても,タピエスや彫刻家のチリダなど,ごく少数の例外を除いては,戦後美術の流れの中では,スペインの大半の画家たちを,ルーシー=スミスは重要視していない。例えば,キネティック・アートあるいはオップ・アートの解説には,センペレは登場しないし,ポップ・アートでは,エキーポ・クロニカやアロヨの名前は見あたらない。確かに,ルーシー=スミスが主張するように,1945年以降の世界の美術界においては,アメリカ合衆国が,主導的な役割を果たしたことは事実である。多くの画家たちが,アメリカ美術を手本にして,自らの作品制作を検討したことも,大局的に見れば事実であった。ともかく,資本主義国の作家や批評家たちは,アメリカのエネルギーに目を奪われ,他の国の作品のほとんどがオリジナルなものを欠いている,と感じるに至ったようである。そうした価値観の導入によって,1945年以後,スペインで活躍した画家たちの多くもまた,アメリカはいうに及ばず,日本をはじめ,世界の国々で,あまり注目されない結果になった。鋭い洞察力を誇るルーシー=スミスの主張が,基本的に大きく間違っているとは思わないが,見逃せないのは,戦後美術の問題に関して,今や,すべてをひとつの〈核〉,つまりニューヨーク中心に考えることに疑問が生じてきている,という事実である。その意味では,ルーシー=スミスの立場そのものが,近代的な思考の枠内での主張であって,現在の,そして今後の世界の美術の現実を把握するには,多少とも古びて見えるようになった,というべきかも知れない。

 では,スペインの戦後美術をどのように位置づければよいのであろうか。おそらく,アメリカの影響を受けていようが,受けていまいが,戦後の国際的な様式を反映するスペインの美術は,いうまでもなく,質の高さという物差しで評価されるべきであろう。作品の質の高さとは,実のところ曖昧なものであるが,それでも確かに,われわれが卓れた作品を前にして感じる,あの〈直観的な何か〉である。加えて,われわれの知的領域に,さまざまなやり方で衝撃を与える,あの〈観念の型〉である。結局,美術作品の評価というのは,最終的に,この〈質〉の問題に帰着する。スペインには,スペインのキネティック・アートあるいはオップ・アートがあってもよいわけだし,スペインのネオ・ダダが,さらにスペインのポップ・アートがあってもよいはずだ。誰の影響を受けたかという詮索も意味があるが,それよりも,作品自体の〈質〉の問題は,一層重要である。スペインの現代美術も,タピエスのみならず,これまで国際的にあまり知られなかった戦後の画家たちの作品群の中で,スペインという地域を超えて,後世に名を遺す画家たちがいるであろう。こうした20世紀後半の,一種の国際的な様式は,狭い地球を覆いつつあり,世界中の美術が,ある共通の性格をもちつつある。21世紀以降のいつの日にか,世界中の人々は,ヨーロッパ各国における中世ロマネスク美術と同様に,例えば,スウェーデンやフィンランド,またオーストラリアやインド,あるいは日本や韓国に,20世紀後半の国際的な様式の価値ある美術作品が散在していたことを再確認することになろう。そのときに,これらスペイン絵画の多くも,世界中の人々の目を,今以上に引きつけることになるだろう。われわれは,ルーシー=スミス及びそれに同調する批評家たちの価値観を,これまで,あまりにも絶対視しすぎてきたのではなかろうか。そういう疑いを生じさせるほどに,私が見た戦後のスペイン絵画という広大な領域は豊饒であった。

 今回,スペインに旅立つ前の私は,スペイン現代美術が,世界の美術と呼応しつつも,一方で,強烈にスペイン的な特質を示してくれるだろうと考えていた。しかし,マドリードで,またバルセロナで,私の目に入ってきた作品群は,そして,私が会話を交わした画家や画廊の人々は,スペイン的というよりも,日本やアメリカのそれと非常に似通っていた。各地域間の交流が進む世界の状況を考えてみれば,それは当然のことなのであるが,それでもなお私は,予想を上回る共通点の多さに,「やはりそうだったのだ」という衝撃を,少なからず隠せなかったのである。

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