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大橋歩 等身大の背伸び

圧巻。この一言に尽きる。ページをめくる度、その多彩さに驚くばかりだ。一つのスタイルに拘泥することなく、時代と共に変化を遂げながらも、そこにはまぎれもなく「大橋歩」が息づいている。

このカタログには1962年、まだ多摩美術大学在学中に描いたスケッチから、本展のためのインスタレーションにいたるまで、イラストレーター大橋歩の活動の軌跡が刻まれている。その数400点あまり。手のひらに隠れてしまうほどの小さなカットから、10メートル四方の展示室をも圧倒する巨大なアートの作品まで。雑誌、書籍、広告、デザインと、様々な形をとって私達の生活に浸透してきたイメージは、今なおその輝きを失っていない。

大橋さんと三重県立美術館との繋がりは、1995年元永定正さんのタピストリーを寄贈して頂いたことに始まる。大橋さんの言葉によれば、ある日画廊で目にしたその作品をいたく気に入り購入したものの、自宅に置くには大きすぎて、何より「使ってしまうにはもったいなく」思われて、おふたりの出身地である三重の県立美術館への寄贈を決められたとのことである。以前から大橋さんの活動に関心を寄せていた美術館であったが、こうして細いながらも関係の糸が結ばれたことにより、「いつか、きっと」との思いは一層強くなっていった。

そんな願いの種がようやく芽吹いたのは2006年のことであった。同年10月から銀座で開催された個展を目にし、ギャラリーの壁一面に並ぶ作品が放つ力強さに打たれるや、すぐさま展覧会の開催を提案した。初めての打ち合わせは、翌2007年の1月。当時渋谷の南平台にあった事務所のドアを前にした時の胸の高まりは今でも鮮明に記憶している。そこで展覧会の開催年や概要など、基本的な項目について合意に達し、いよいよ実現への一歩が踏み出された。

広範囲にわたる大橋さんの活動の全体像を把握すべく、先ず始めに課された作業は作品調査であった。事務所やアトリエなどに保管されていた作品を美術館に預かり、1点1点写真に収め、保存状態を確認、さらに発表媒体やサイズなどの基本情報を整理する作業を続けていった。総数優に5000点以上。この広大な資料の海から、大橋さん自身の手によって今回の作品は掬い取られていった。試行錯誤を繰り返しつつも、決して迷いのないその姿勢に、それぞれの作品が大橋さんの中に残した足跡の深さと重さを知るのであった。

「等身大の背伸び」。本展を準備するうちに、いつともしれず頭に浮び、響き続けた言葉。それは日を追うごとに輪郭を濃くし、いつしか展覧会の基調をなす旋律へと膨らんでいった。思えば、『平凡パンチ』の表紙から、「ピンクハウス」のポスター、雑誌や書籍の挿し絵、さらには『アルネ』の発行にいたるまで、大橋さんの手になる世界は、決して特別なものを特殊な形で提示したものではなかった。手の届かない遠い向こう側ではなく、身近でありながらも憧れをかき立ててくれる存在。ほんの少し背筋を伸ばし、今よりわずかに顔を上げることによってやってくる幸福。やっきになって流行を追いかけて無理に型に当てはめるのではなく、あくまで自分らしさを大切にするところから出発する「素敵さ」の発見は、性別を問わず、世代を超え、あらゆる層へと届けられた、これ以上ない雄弁なメッセージであった。

自身のあゆみを語るとき、大橋さんは決まって「好きなようにやっていた」と振り返る。この一見するとさりげない述懐、恐るべき自然体とも言うべきしなやかさは、大橋さんを支える強さの一つであると言えるだろう。常に「一歩先ではなく半歩先」を見つめ、等身大の自分を愛おしみ、背伸びする勇気を後押しする。そんな絶妙な平衡感覚にこそ、大橋さんの作品がいつまでも色あせない秘密が潜んでいることをこのカタログは教えてくれる。

(三重県立美術館 学芸員 生田ゆき)

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