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美術館 > 刊行物 > 展覧会図録 > 1990 > ごあいさつ 森芳雄展図録

ごあいさつ

1950年(昭和25)に,昭和の洋画史上の記念碑ともいうべき「二人」を描いて,日本の美術界に大きな足跡を残した森芳雄は一貫して人間像を追求した画家として知られております。第二次大戦後の日本では,才能ある多くの画家たちが,さまざまな人間像を絵画化しましたが,とりわけ森芳雄の人物表現は,戦後の一時期の象徴というべき印象深い性格を示し,日本の具象絵画の歴史に新たな一貫を付け加えたといえるでしょう。その重厚で精神性あふれる人間像からは,時代を告発するかの悲痛な呟きが聞こえてくるようにも思えます。

1908年(明治41),東京麻布に生まれた森芳雄は,慶応義塾普通部在学中の1925年(大正4)に,白瀧幾之助に石膏デッサンの手ほどきを重け,その後,本郷絵画研究所に通いました。1928年(昭和3)には1930年協会洋画研究所で中山巍に師事し,翌年,同協会展に「冬の郊外風景」が初入選いたしました。1931年(昭和6)には渡仏して,サロン・ドートンヌでも入選しております。帰国後は,独立美術協会,自由美術家協会,さらに主体美術協会に属し,山口薫,海老原喜之助,長谷川三郎,村井正誠,矢橋六郎,麻生三郎らと親交を結んで,縦横に活躍しました。長い年月にわたる制作活動を振り返ってみますと,光が充満する静かな風景画や静物画にも目を奪われますが,詰まるところ,「母子像」などの人物画で偉業を成し遂げたことが理解できるでしょう。人物を扱っても,ごく限られたポーズの組合せによって,構図のヴァリエーションを研究し,繰り返し同じモチーフを描いております。こうした作風は,初期から今日まで一貫しており,この画家が愛したイタリア・ルネサンスの記念碑的な性格,しかも,あくまで気品のある静謐な画面は,森芳雄が到達した造形世界のすばらしさを直截に伝えてくれます。しかも,饒舌な修辞を嫌う簡潔な作風は,絵画芸術の純粋さを,他のいかなる画家にもまして明白に示しているといえるでしょう。加えて,地中海美術を髣髴させる明快で力強い画面構成には,心に染みる温かくてヒューマンな感情が見られ,多くの人々の胸に深い感銘を刻み込んできました。

今回の展覧会は,戦前から現在にいたる油彩103点と素描51点によって,半世紀以上にも及ぶ森芳雄の画業を回顧する初めての大規模な展観です。80歳を越えた今なお旺盛な制作活動を続ける森芳雄の作品群は,必ずや多くの人々を魅了するものと確信しております。

本展を開催するにあたり,貴重な作品を快くご出品くださいました美術館,所蔵家の皆様,並びにご協力をいただきました関係各位に厚くお礼申し上げます。

1990年12月

茨城県近代美術館
三重県立美術館
日本経済新聞社

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