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生きている絵画

酒井哲朗

神奈川県立近代美術館は1951(昭和26)年に創立され、まもなく50周年を迎えようとしている。第二次大戦前にコレクションを公開した大原美術館を別にして、戦後、文化国家をめざしたわが国で、最初に創設された近代美術館が、時に「鎌近」の愛称で呼ばれるこの美術館である。以来半世紀にわたって、日本の近、現代美術の領域において、この美術館が果たしてきた重要な役割は、いまここで事細かにのべるまでもないであろう。

神奈川県立近代美術館といえば、その象徴的人物として故土方定一館長が想起される。卓越した識見と強烈な個性をもった土方定一氏を中心に展開してきた同館の活動は、土方氏の眼力によって選ばれた学芸スタッフの手によって推進されたが、展覧会企画にせよ作品収集にせよ、氏の批評精神が貫徹していた。土方定一氏没後も、故匠秀夫氏、弦田平八郎氏、そして酒井忠康現館長と、同館では、土方氏の薫陶を受けた方々が歴代館長をつとめ、その精神を継承して新たな伝統を形成している。

ひるがえって三重県立美術館は、開館後まだ20年に満たない後発美術館である。当館の陰里鐵郎初代館長は、かつて土方館長のもとで神奈川県立近代美術館の学芸スタッフであったという縁があり、さらに美術館として志向が一致する部分があるため、両館は親密な提携関係を結び、これまでたびたび共同企画展を開いてきた。今回はその延長線上で、神奈川県立近代美術館の所蔵品による特別企画展を開くことになった。「眼のゆくえ、手の変幻」というこの展覧会のタイトルは、当館の希望によるものである。このような試みを快く受け入れてくださった酒井館長はじめ関係各位に、まず心からお礼を申し上げたい。

ところで、「眼のゆくえ、手の変幻」というタイトルは、土方定一氏の著作『造形の心理〈生きている絵画〉』(昭和33年、新潮社〉に由来する。「まえがき」のなかで、氏は、レオナルド・ダ・ヴィンチの「それは二重に死んでいる。それは作りごとだから死んでいるし、次に心の動きも示さなければ、身体の動きも示さないから二重に死んでいる」、という言葉を引用して、次のようにいう。

 「生きている絵画」といっているのは、ダ・ヴィンチのいうように、作りごと、いわゆる絵そらご
 と、ではなく、われわれと同じように、身体の動きも示し、心の動きも示す、生命ある有機体
 のことである。また、絵画は、人間としての作家の身体と心のすべてを画面のうえに投射し
 たものであるから、画面に現れた絵画は、人間と同じように、眼、手、顔、肌、足、頭とい
 っていいものを持っていると想像しても、滑稽とはいえない。ぼくが、ときどき、造型心理的
 アレゴリー(比喩)といっているのは、こういう人間的アレゴリーのことである。

この著作のなかで、土方氏は、「生きている絵画」として、世界美術史のなかから、自画像、肖像画、群像図などに描かれている眼や手、その他身体各器官の宗教的、象徴的、造形的役割についてのべ、さらに風景画や静物画、近代絵画のように、具象的に眼や手が描かれていない作品についても、アレゴリーとして、眼や手がそれらの作品のなかで果たしている役割(機能)について論じている。

「生きている絵画」は、生きている線、形、色、などの絵画的要素によって形成されている。そこには人間としての作家の真理や精神世界の秩序が投射されている。そういう意味で、造型というものは、「画面のなかにあって、われわれをほんとうに見ているもの、われわれをつかんだり、抱いたり、慰めてくれたり、感動させてくれながら、いつも生きている新鮮な秩序をわれわれに示してくれるmのである」、と両義的な美術体験の真諦を説いている。「見せかけの背後にある、生きている造型へと案内するのが、ぼくのこの本の役割である」というのは、この著作に限らず、生涯を通じて、氏の美術批評の基本姿勢であったといっていいものだろう。

この展覧会のタイトルを、大先達のひそみにならって、「眼のゆくえ、手の変幻」としたが、ここでは「眼と手」のアレゴリーは、神奈川県立近代美術館の所蔵品のうち、ジャコメッティの《矢内原伊作像》を除いて、日本の近、現代美術の作品を対象にしている。土方氏は、この著書の「あとがき」のなかで、切株の傍に座って兎がぶつかるのを待っていた百姓の童話のように、造型真理の入口に案内された読者が、「待ちぼうけ」するのではなく、自由に、人間的アレゴリーを画面のなかに直観的に発見することを期待しているが、この展覧会においても、「眼と手」を手がかりに、作品そのものを通じて、新たな体験や発見をしていただきたいと希っている。いずれもそれぞれに深く豊かなメッセージを内包した作品であることは疑いない。

終わりに、神奈川県立近代美術館のみなさまに深い敬意と感謝の意を重ねて表したい。

(さかい・てつお 三重県立美術館長)

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