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『造形の心理』に倣つて

東俊郎

今回の展覧会を題して「眼のゆくえ、手の変幻」としたことについて、ちょっと気どってはいても、とりわけ奇をてらったつもりはなくて、狙いどうりに焦点がぴたりとあっていないとしても、その方向性とか雰囲気はでているならそれだけでいい。だいいちこの一種の対句的な表現そのものが交換可能というか、つまり「眼の変幻、手のゆくえ」でもよかったし、そうでなけれは「千の眼、千の手」でも「手の造形と眼の心理」でも、「眼と手−形と無形のあいだに」でもトポロジー的に同型なものはそれこそいくつもかんがえられるので、そういうなかでのこれはひとつにすぎず曖昧といえば曖昧だけれども、ありようは、眼と手というふたつの極さえはっきりあたまにいれておけばそこにながれるはずの磁力のごときは、天網恢恢疎にして漏らさずとまではいわなくても、おおまかさこそがじつは命の、だいじなのは作品とのそれぞれの対面という場においてそれこそ千変万化の姿をあらわすそのすべてをよしと認めようというこころである。ややこしい題などわすれて絵のせかいを自由気ままに散歩することになってもいっこうにかまわないという風にこの題はなっている。強制するちからはできるだけ消しながら気がつけば目的地のちかくにきているという自然さにしたがいたいからだ。題にとらわれることはないが、ただしときどき眼と手ということばをおもいだして呪文のようにとなえてみるほうがいいにはいいので、それでなにかちがった風景がみえてくるかもしれないということくらいはいっておこうか。

そういったところでいそいでつけくわえておくと、この『眼のゆくえ、手の変幻』に出品されるのはもっぱら神奈川県立近代美術館が蒐集してきた作品にかぎられている。そういう意味ではこれは日本の代表的な近代美術館の所蔵品のうちからすぐれた作品をえらんで構成した展覧会であって、てみじかに『神奈川県立近代美術館所蔵作品展』とよんでよべるのだけれど、ただそこにささやかながら藝と工夫があるとしたらその工夫こそがさきにかたろうとした「眼」と「手」にかかわることになっている。

ところでいまここで「かかわることになっている」という、過去と未来がないまぜになった予定調和の時間にひとをさそう底の不思議なことばづかいをしてしまったのだが、もしここで思わず顔をほころばせたひとがいて、さらにそのひとに「であるから、」と追打ちをかけたとして、それそれと膝でもたたかれるならきっとそのひとは土方定一さんを丹念に読んだ過去をもつひとだといってまちがいない。なぜならこのどちらも土方さんが頻発する常套句なので、どこか暢びやかに草原をゆくような、はなしが横道から横道にわたって、あともどりできそうもないところで身をひるがえしながら気づけばもといたところにもどっている手品つかいも同様の文章のあちこちで、この「であるから」や「…することになっている」に、そして「ぼくは」「ぼくには」という一人称単数主格のリフレインにであうたびに、土方さんをよんでいるのだなあとあらためて確認することになるわけで、こんなことは美術批評文ではふつうありそうでなかなかない、スタイルの波にのせられたきわめて稀な感興のひとときなのである。

それはそれとして、でもその土方定一っていったい誰のこととどこからか半畳をいれられそうな気配がするからはなしをすこしもどすと、この土方さんこそ神奈川県立近代美術館を拠点としてさまざまな展覧会を大胆に細心に企画しアカデミズムをむこうにまわした在野の精神で日本近代の風土に根ざした美術のみちなきみちをさぐって、社会のなかで美術館のもつ可能性をひろげてくれたという意味で、美術館人にとって功罪半ばするどころではない、わすれてはならないひとなのである。いま美術館人といったが、そんなひとつの肩書きではおさまりきれないその型破りのゆえんについてはいまここでかたる余裕がないけれど、その土方さんがながく館長であった時代に神奈川県立近代美術館のコレクションの基礎がかたまったといっていいのだから、その作品の選定に土方さんの影響がないということはありえない。ないどころではないだろう。もっともほんとうに土方さんの眼がねにかんった逸品ばかりを蒐集するなどはじめから無理にきまっているが、すくなくとも藝術を特殊な才能のせかいにせまくとじこめず視野ひろく社会の現実をみわたした懐のふかさをもってあそびごころゆたかにえらびわけた土方好みのひとたちの作品であるだろう。これは逆にいうこともできるので、神奈川県立近代美術館の蒐集品がたとえば美術史的にみたときそんなに体系だっていないこと、これはたしかだとしても、審美の思想のないことの裏返しであれもこれもわかったふりをしてみせる気前のよさなど断然すてるにきまっている土方さんの視線の資質によりそったバイアスがつよくかかったせいとみれば、とがめるすじあいなどないどころか、いったいそのきれいにつじつまがあった美術史なんかおよそあたまのなかでしか存在できない虚仮なのではと問いかえしたほうがいいくらいだが、それはそれとして、ようするに神奈川県立近代美術館所蔵の作品たちは、ニュートラルな性格からはみだした或る共通の軸がたしかにあるはずなのに、切口あざやかにうまくことばになってくれそうな顔をちらりとみせながらにぎれば掌から砂のようにこぼれてゆく。

かたちになってくれない思いをかたちにするためにここであらためて土方さんをよびだすこと。ぼくのやったことはそれで、『眼のゆくえ、手の変幻』という発想はじつはそこからうまれてきた。というのも土方定一さんは『藝術新潮』の昭和32年1月号から「生きている絵画」という連載をはじめていて、これはのちに題を『造形の心理』とあらためて出版されている。骨ふとく気組みのおおらかな絵画論である。絵画のもつ魅力の根元をさぐっていくつかの要素をとりあげ、それを人体のあれこれと照応させるというのがそれ自身斬新なこころみなのかどうかはともかく、こっちの空想もひろがる風とおしのよさがあって、あたまのかたい学者などぜったいにこうはいかない、やはり詩人の感性ゆたかにそなわったひとならではのその現場での飛躍をゆるす造形思考の、その第一回目と二回目のタイトルが他でもない「眼」と「手」なのだった。絵画にとってもんだいなのはそれが生きているか死んでいるかであり、およそ生きている絵画はかならず人間と同じような身体をもつという定理とじっさいの絵画作品のあいだをなんども往復しながら、はなしがすすめられている。ちなみに「眼」にはじまったそれは、「手」「大人と子供」「顔」「空間」「肌」「足」とつづいて最後は「頭」でおわっているのだが、よんでみて充実して示唆にとんでいるとみえたのはやはり「眼」と「手」についてかたるときである。水至って渠成る。展覧会がうごきだす最初のひとおしをたすけてくれるものとしたらこのへんが恰好であるし、だいいち、これならぼくだけでなく誰もがそれぞれのリアリティーにふれる経験をたやすくおもいだすことができそうである。眼はひくく志はたかく。絵はだいじだが、それとおなじくらい絵をみるひともだいじだというみかたにひきつけながら、土方さんに発するながれをいかしつつもっととおくまでゆくこと。そういうかんがえから『眼のゆくえ、手の変幻』はすこしずつできあがってきた。

せんだって花田清輝の「モラリストとはなにか」をよんでいたら、『葉隠』をダシにしてその生態をかたるその調子はいつもの、あの花田節でことばのアクロバットをたのしんだあげく、急転直下、それまでのすべては手品だよとでもいいたげにしめくくる引用に眼のはなしがでてくる。

  人相を見るは、大将の専要なり。正成湊川に正行に相渡し候一巻の書には、眼ばかり書きたりと
  云ひ伝へたり。人相に大秘事これあるなり。

あの花田のことだからほんとうに『葉隠』にでているのかと眉に唾をつけたくなってくるが、まあそれはどうでもいいので、もんだいはこれが正しいとすると人相は眼相にきわまるということになりはしまいかということだろう。ようするに眠が象徴する特殊具体性にかかわるのだが、いっぽう眼はこころの窓というとき、それが含意しているのはもっぱら精神性のせかいであって、それならそれは個別を撥無して普遍につながろうとする傾きがありこそすれその逆ではないはずである。これは矛盾ではないのか、などというのはまともな記号論理学者にさえも笑われてしまうこどもっぽい未熟といえばこんどはこどもにわるい。いっけん撞着とみえるところにこそいっそう深い次元の真が顔をみせる契機がやどるので、これをようするに眼は個別でありつつ普遍であるとしてもいいなら、それを個別から普遍へ、また普遍から個別へ自由自在に変換する器官だといってもかまわないことになる。おおげさにいえば神と動物のあいだの無限のへだたりのすべてをふくんだパラメーターである。

と、こんな風に空想をもてあそぶことを土方さんはしていない。それはペンをとるまでの準備体操ではあっても、その夢想の混沌がやがて静まるにしたがってそこにまずもっとも関心のあるイメージが姿をあらわすのを待つのが自然だ。そんなわけで土方さんの『造形の心理』第一講にあたる「眼」はその冒頭に自画像をとりあげることからはじまっている。とおくレンブラントからゴッホをへてエゴン・シーレまで、日本でいえば中村彝、村山槐多、麻生三郎だけでなく近代の画家ならだれでも自画像をいちどはかいているので、それはたしかに土方さんの指摘どおり「何か自己を凝視しながら確信したいときに自画像が画かれている」*1のだから、それをまづとりあげるのはわるくないどころか、自画像のもんだいがふかいところで「眼」につながっていることの核心にいきなり手ぶらで大胆にはいってゆくことにもなる。


そもそもみるとはいったいなにかなどとおおげさに構えればはなしは空疎になってしまいそうだが、ともかく科学にとってそれは説明可能な純粋に「物理」的なプロセスだろう。あるものが光によって眼にとどき、そこから一種の信号に変換され、その暗号を脳が解読する。入力と出力のあいだはどこまでも透明で神秘などはいるすきまもない。しかしほんとうにそうか。たとえは明晰無双のショーペンハウエルにたいするゲーテの機知にみちた反論が『造形の心理』のべつのところにのっているが、これなどいまここでもんだいになっていることにこそあてはめていいたとえじゃないか。


  光はただ、君がそれを見る限りで存在するだけだというのですか?−そうじゃない、もし光が君を
  見なかったら、君は存在しないでしょうよ。*2


チェスの名人に対する詩人の直観。それはまた相手の逆手をとったことば遊びにも似て、きまじめさをはぐらかし、ついでにここでゲーテはレンブラント的ともみえるようなどこか内部から発する精神の象徴としての光についてかたらずにかたる、隠しながらあらわそうとしたかのようでもある。もちろん詩人のイロニーだけが神秘をうけいれるわけでもなくて、「みる」ことをめぐるずいぶん微妙で奥のふかい身体のしくみを、おなじ繊細さをもってあつかいながら哲学者は美ではなくて真のことばでかたろうとするだろう。


  もしわれわれの眼が自分の身体のどの部分をも一切見ることができないようになっていたり、あるい
  は何か意地の悪い仕掛けがあって、われわれが物には自由に触れるが、自分の身体には触ることが
  できないようになっていたりすると、(略)自分を観ることのありえないこの身体は自己を感じることもな
  いだろう…*3


こういったのは他でもないメルロ=ポンティで、かれはその『眼と精神』のなかで、それにつづけてこんな風なこともさりげなくかたってぼくらを驚かせる。


  また物のもつ顕然たる可視性は、身体のなかで秘かな可視性によって裏打ちされているに違いない。
  だからこそ、セザンヌも「自然は内にある」と言うのだ。*4


はなしがどちらにむいてゆこうとしているのか、われながらすじみちがたどりがたくなってきたが、すくなくとも人間にとって、みるということは、それによって自我という永久運動に初動があたえられたあと、みることとみられることと仮によぶことにするもののあいだを往復することのなかから、さらなるみえることが形成というよりむしろ生成してくるような精神のはたらきだと、どうもいっているらしい。ぼくらはぼくらであると同時にぼくらをこえた視覚でもあることのかすかな予感を、たとえば鏡をまえにして感じて驚くときをおもいだせば、その不思議さの感覚は眼が鏡のなかの眼にであったときにきわまるということ、どうやらそれはまた、自己をめぐるものがたりの急所を暗示しているようだと、メルロ=ポンティの難解な表現をよみあぐねたぼくのあたまに浮かんでくるものといったらおよそそんなことくらいで、そしてこれがそんなに見当ちがいでないならば土方さんのつぎのような文にじゅうぶんつながることはたしかだ。


  鏡に映った自己の顔を見てはキャンヴァスに描くのであるから、自画像の殆どの眼は、見ているわれ
  われを見ている。
見ているわれわれは、その自画像を見るとき、自画像の眼を見ることになり、われ
  われの眼は少なくとも自画像の眼に視点をしばらくは固定させられ、そこに吸われるようになる自己の
  眼を感ずる。*5


いったい立体よりも二次元の平面にえがかれた眼のほうがこわいのもキャンヴァスが鏡となっているからであり、そのうえでみつめている自己をみつめかえすのはけっして自己と無縁ななにかでないことの不可解さがかさねあわせられるとき、自画像の眼と画家の眼と絵をみるひとの眼をつらぬく世界視線によって眼と精神はみわけのつかない双生児となるので、そういう精神のはたらきをあまさずたどろうとしたら哲学は一語に一語の光を継いで闇のまわりをわずかにてらしてゆくほかない。それなのに哲学が難解にならざるをえないそのおなじことを画家たちははるかに自由に存在に魔術をかけることで空をとぶ鳥のようにかるがるとやってのけていると兜をぬいで感嘆することをかくさないメルロ=ポンティは、だから、すくなくともセザンヌの絵のまえでは素朴な直感にたよるしかないぼくらとそうちがっているわけでもなくて、かれのことばは一種の風変わりな詩とみなしてもいいのではと、これは半分負け惜しみながらわすれずにいっておこう。これをいわないとまえにすすめないからで、メルロ=ポンティがわからなければ絵がわからないなどという無駄な手間をはぶいたあとはメルロ=ポンティとともにぼくらはセザンヌでもだれでも、じっさいの作品のまえになんども手ぶらでたつしかない。


古代エジプト美術の眼の正面性、モジリアニにみられる表情を拒否する眼(これはギリシア彫刻のもんだいにもつながる)、空中にうかぶルドンやクレーやミロの眼(それをめぐって中世以来のキリスト教美術の歴史が論じられていい)、類似をめぐるジャコメッティの形而上学的でさえある眼のはたらき、それから動物の眼についてなどとりあげたいことはすくなくないが紙数がない。ただ透視図法における眼のことについてはルネサンスの線遠近法のまえに魔術的遠近法があって、たとえばグリューネヴァルトの木版で悪魔の眼がその消失点になっていることを土方さんが紹介していることを指摘しておくことにして*6あとひとつだけ、今回の展示でいえば牛島憲之の《タンクの風景》や岩橋英遠の《仙》など、どこにも眼らしきものなどえがかれていない作品についてすこしばかりふれておこう。これは土方さん的にいえば画面の造形上の眼があるということになる。『造形の心理』ではその例としてニコラ・プッサンやコローがとりあげられているがどこにも眼などあるはずのない風景画とか静物画にもそれが「生きている絵画」であるかぎり眼とよんでいい機能をもつ造形の工夫があって、それをしばらく眼とよんでおこうというこころである。絵画じたいがいきいきした生命をもつかぎりその全体にもかならず人体にひとしいとみなせる部分があるから、それならそこからアレゴリーとして「眼」をとりだせないはずはないということが前提になっている。


  プッサンの風景画の中の出来事は、ぼくに画面の心理的な神話的な眼に思われてくる。プッサンの
  偉大さが画面の静かな秩序にあったことはいうまでもないが、その秩序の背後に人間心理と精神の
  ドラマの諸相をもっていたことだといわねばならない。ここでは、神話の出来事が眼のように画面
  を支配し
、生命づける中心になっている。*7


できごとが眼だということになる。なるほどそうもいえると感心するのか或いはちょっと強引すぎると首をかしげるか、どちらにしてもここは意見のわかれそうなところであるが、そんなことはじつはどうでもいいのだ。だいじなのは、正しいとかまちがっているとかの判断ではなくて、こんな風にみてもぜんたいがこわれないほど絵には、というよりより正確には絵をみることにはおおきな自由度があるよといいたげな土方さんのまなざしであって、だからぼくらは無理を承知でもひとまづそれをうけいれたくなるのはそこにあるひらかれた感覚を感ずるからである。その開放感にみちびかれたぼくの視線をさらにのばしてみたさきで、それなら松本竣介の《橋》や牛島憲之の《タンクの風景》や岩橋英遠の《仙》にも眼がみえてくると、めずらしい昆虫をみつけたこどもみたいに報告してみたいわけだが、その理由はときかれたらすこしばかり困惑するしかない。こまりながら、でもといって、セザンヌの、


  自然は内にある。*8


という、さきにあげた引用をもういちどつぶやくのがいいかもしれない。どんな思考にもたえるこのアフォリズムのようなみかけはうけとるほうのうけとりかたで月にもスッポンにもなるというべきだが、どっちかといえばスッポン的なぼくなど、この一種簡潔な宣言をよんだときほとんど瞬時にいちどきいたらわすれられない謎めいた呪文のような、「自然のなかにこころがあるのではなく、こころのなかに自然がある」ということばをおもいだした。この連想はさらにつぎのことばを呼んで気がつくといまもんだいにしている絵もそのなかにつつまれているようなのは、そのまなざしの虚無綜渺のあいだをぬって「胸中山水」とか「神の眼」とかすかに聞こえるようなこえがたしかにすることでわかる。無限のとおさを旅していまは平行線となってふりそそぐ天外天からの視線。或いはどこをみてもそこに内から色をつきやぶってあふれだそうとするまなざし。また或いは自己を透明な無とみたてるしかない状況と固有の資質が同調したときにだけあらわれるだろう死者の、たったいまわかれてきたばかりの風景をみつめかえす眼。とにかくそれら絵画が絵画として生きているかぎり絵はぼくらをみつめている。

(注)

*1
土方定一『造形の心理』〈生きている絵画〉、新潮社、1958年 p.28(以下『造形の心理』と略する)



*2
『造形の心理』p.170



*3
M.メルロ=ポンティ『眼と精神』滝浦静雄・木田元訳、みすず書房、1966年初版 p.259



*4メルロ=ポンテイ『眼と精神』p.260



*5『造形の心理』p.30



*6
『造形の心理』pp.148−149(このグリューネヴァルトの木版画『トルンの騎士 悪魔と一緒に鏡の前に立つ婦人』(1493年)の図版は、この図録のp.17に掲載されている。)



*7『造形の心理』p.44



*8
 *4を参照


「手の変幻」はすでにおなじタイトルのエッセイが清岡卓行にある。かつていちど手にとってはみたものの題名をのぞいてほとんど記憶にのこらなかったこの本をあらためてひろげてみると、ミロのヴィーナスの失われた手の復元に熱中する考古学者の努力を多としつつ、しかし「ほかならぬその欠落によって、逆に、可能なあらゆる手への夢を奏でる」*9ことのほうにしかかれの関心はなくて、それは手がなくなることによって手のもつ象徴的な意味がかえってはっきりするからであるとして、手についての考察をこうしめくくる。


  ここには実体と象徴のある程度の合致がもちろんあるわけであるが、それは、世界との、他人との、
  あるいは自己との、千変万化する交渉の手段なのである。言いかえるなら、そうした関係を媒介す
  るもの、あるいは、その原則的な方法そのものなのである。*10


「交渉の手段」か、なるほど。ところでこういったとき清岡がかたろうとするのはいわば絵でいえば描かれた手のほうであって、いっぽうそれならその反対というか、エッシャーの作品にあるような手をえがく手、つまり描きだそうとする手のほうもまたそれと無縁ではないどころか右手と左手のように微妙な対応をしめしているかもしれないということがある。じっさいその消息をおしえてくれるひととしてだれよりもまづ『手の称賛』のアンリ・フォーションを数えていいだろうか。


  人間の顔面は、なによりもまず受信器官の複合体である。それに対して、手は活動なのだ。*11


フォーシヨンはここから出発する。そしていかにもフランス系の美術史家らしく比喩から比喩へとたくみな修辞をかさねてゆくなかで眼の夢を手は行動するという、メルロ=ポンティとはぜんぜんちがった発想からみた手と精神の交渉をねりあげてその最上の例を藝術家の手にみつけだしレンブラントに筆をすすめている。


  ついに彼の生涯のたそがれにいたって、彼の手は無条件の自由ではなく、ましてや名人藝ではなく、
  あらたな冒険に必要な大胆さを体得するのである。彼の手は、一挙に、形、色彩そして微光をと
  らえる。彼の手は、暗闇の永遠の住人たちを生者の真昼に連れもどす。彼の手は、一瞬の移ろいの
  うちに数世紀を凝集させる。平凡な市井人を描きながら、彼の手は独自なもののそなえている固有
  の大きさを目ざまさせる。身辺の見慣れたものに、ありふれた不段着に、彼の手は例外の詩情をあ
  たえる。彼の手は、貧しい人々のいじけた心や心労から、信じられないほどの豊かさを取り出してみ
  せる。どうしてこれが可能だったのか。彼の手が素材の核心にまで深く押しこまれ、ついに素材に
  変貌を余儀なからしめるからだ。*12


そういえばメルロ=ポンティもまた「世界というこの不思議なものを組み立て、〈見えるもの〉をわれわれに見させるには、物がどうなっていればよいのかを、物に尋ねる」*13画家のまなざしをかたろうとしてレンブラントの『夜警』をとりあげていたのがおもいだされて、こんな風にメルロ=ポンティにもフォーシヨンにも賞讃されるレンブラントの絵にでてくる手をつぶさにみてみたくなってくるが、こんなことばかりしているとはなしが横道にそれてゆくばかりだからもういちどもとにかえりたいが、そのときもまた土方さんが手がかりになる。『造形の心理』の「手」の章をみると土方さんはまづ具体的な例として中村彝の《老母像》など数点をあげて、中村がレンブラントやセザンヌから手の表現をまなんでいることにふれたあと、さらに安井曾太郎と藤田嗣治の手をみることをすすめているのだが、そこでこれらの手がはたす役割をおおきく「画面の構図のうえのしめくくり」と要約している。


  この手のために腕全体がつくっている形のしめくくりがあり、見ているわれわれの眼は下に流れて行か
  ないで、手で画面のしめくくりがつけられることである。*14


手は視線がさいごにたどりつく見晴台となって、絵のぜんたいをもういちどふりかえってみたひとがここちよい余韻とともにそこをたちさるための出口だとでもいうべきか。それならふりかえって眼のほうは不思議な絵のせかいにひとを誘う入口かもしれず、眼から手へぬける力の線といったものをおもいえがいて絵をみれば、画家の個性などといったほんとうはあまりだいじでないことよりもっと肝腎のその絵を絵にしている魂がみえてくるといえばおおげさか。このことはもうすこしあとにでてくる「関係と統一をあたえる」ことともまんざら無縁ともおもわれないが、そのことのまえに、この手の章のなかで土方さんがもっとも心をこめてかいたとみえる部分を引用してみたい。もんだいにしているのはセザンヌの『黄色の椅子に腰かけているセザンヌ夫人』である。


  ここでは、両腕が顔と同じように横から見られながら斜めから見られた卵形をつくり、両手は静かなシ
  ンメトリーをなして力強く組みあわされている。手がもつ構図のうえの積極的な役割は明かである。
  それを全体の構図が一層、際立たせている。ここで全体の構図は、画面に対角線を引き、中心か
  ら縦、横に線を引いて四等分されれば自然と現れてくるものである。画面のなかに置かれた黄色い
  椅子は背景より前面にでて、その椅子にセザンヌ夫人は腰かけることになる。椅子、夫人の身体は
  画面に対して同じ角度に傾いており、顔と椅子の低部の中心は画面の中央の垂直線上にあることに
  なる。このことによって、椅子、夫人の身体はともに安定感を持ちながら画面に斜めに置かれてい
  る。そして、斜め卵形の夫人の首の下に一層、大きい斜め卵形の夫人の上体が置かれている。
  やや前方になった感じで静かなシンメトリーをなした両手が組みあわされている。*15


土方さんにしかかけない文のエッセンスがつまっているようで息づかいまでがかんじられることはべつにしても、とにかくぼくらも土方さんに倣ってこんな風に絵をみてみようという気にさせるのはたしかだろう。手がその絵全体をしめくくっているかいないかをたえずたしかめながら。たとえばぼくなら中村彝よりも藤島武二と前田寛治のえがいた人物の手のことがずっと気にかかっている、ということをここでついでにいっておこう。


さて、このへんでおわりにしておいたほうがまとまりがよさそうだがもうひとつ眼のところでふれた画面の造形上の眼に対応する、画面の造形上の手についてのことがのこっていた。画面にあらわれない手をさがせというわけで、これは眼のばあいよりもっと抽象度がたかいというより、もっと荒唐無稽といったほうがいいくらいの手のない「手」である。へたな要約より土方さんがこの手をみつけだす手口を追ってみるにしくはない。ファン・アイクやウッチェロの手をかたったところははしょることにして、セザンヌ(またしても!)とその影響が濃いブラックの風景画のなかで「三つか四つの同じ形、たとえば四角形、三角形、半円形を重ねながら幾度も反覆」*16している造形に注目するところからはじめよう。で、なんの助走もなく土方さんはこう断言する。


  同じ形を重ねて幾度も反覆すること、これがキュビスムの手だ。*17


たぶんこのとき土方さんのあたまには「関係と統一」*18をあたえるもの=手という等式がうかんでいたような気がする。いやきっとそうなのだ。だからそれをもうひとひねりして、「同じ形を反覆」するが「重ねるのではなく、二つの形を透明に重ねる」*19パウル・クレーの造形言語がうまれるのは手を中心としてみればごく自然のなりゆきとなる。


  ここでは矩形が透明に何度も反覆して重ねられている。そのことで、二人の子供、兄と妹の二つの
  身体は離れ離れにならないばかりか、同時に二つの顔まで生れてきている。*20


これはクレーの作品《荷物をかついでいる二人の子供》《兄と妹》をかたったところだけれど、そこをよんでいてぼくはおもわず三重県立美術館にある鶴岡政男の《黒い行列》をおもいだしてしまった。そうかあれにも手があったのだ。


(ひがし・しゅんろう 三重県立美術館学藝員)






*9清岡卓行『手の変幻』、美術出版社、1966年初版 p.14



*10清岡卓行『手の変幻』p.14



*11アンリ・フォーシヨン『形の生命』杉本秀太郎訳、岩波書店、1969年 p.166



*12フォーシヨン『形の生命』p.198



*13メルロ=ポンティ『眼と精神』p.268



*14『造形の心理』p.51



*15『造形の心理』p.54



*16『造形の心理』p.68



*17『造形の心理』P.68



*18『造形の心理』pp.64−65



*19『造形の心理』p.70



*20『造形の心理』p.70

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