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ごあいさつ

増山雪斎(1754−1819)は伊勢長島藩の藩主でしたが、一方で風流才子として、書画、詩文、茶などさまざまな分野でその名を馳せていました。

雪斎の生きた江戸時代後期は、前代から始まった一部の知識人たちによる中国趣味が、より広範に裾野を広げ、大衆にまで浸透した時代でした。雪斎の周囲には身分の枠を越えて多くの文人墨客が集まり、雪斎は彼らの庇護者としての地位を得ます。木村兼葭堂、十時梅香A春木南湖、その子南溟らは雪斎の周辺を彩る人物として欠かせない存在であるばかりでなく、この時代を代表する文人・画人として活躍した人々です。

画人としての雪斎は、中国から渡来した沈南蘋の作風に倣った花鳥画を得意としていたといわれています。しかしその作品をみると、花鳥図だけではなく、山水画人物画にも優れていたことがわかります。

今回の展観は、花鳥画はいうまでもなく、あらゆるジャンルの作品を展示して、これまで南蘋派の花鳥画家として位置づけられてきた雪斎像に再検討を加えるとともに、周辺の文人との交遊を示す資料を通して文人雪斎の風雅の世界を明らかにしようとするものです。

最後に、貴重な作品を快くご出品いただきました所蔵家の皆様、並びにご協力を賜わりました関係各位に厚くお礼申し上げます。

1993年6月

三重県立美術館
館長 陰里鉄郎

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