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あいさつ

『湖畔』、『もるる日影』、『虞美人草』などの芳醇な叙情あふれる絵画を描き、名実ともに、明治洋画界の指導者として敬仰された黒田清輝は、鹿児島島津藩士の家に生まれました。

17歳のときに黒田はパリの地をふみ、当初志した法律の勉強を放棄して、画家となるべく、フランス・アカデミスムの巨匠、ラファエル・コランの門を叩きました。いわゆる外光派画家への道は、師コランの指導によって開かれることになります。『読書』や『プレハの少女』は、このフランス留学中の成果というべきものでしょう。明治26年(1893)に帰国した黒田は、画家としての秀れた才能、鋭敏な知性、加えて恵まれた社会的地位を縦横に活かして、沈滞ぎみの画壇に、外光派の作風を持ち込んで、華やかな改革者として登場しました。その後間もなく、『朝妝』をめぐる裸体画問題で衝撃を与え、白馬会を結成するとともに、東京美術学校教授に迎えられ、後進の指導にあたることになります。黒田が構想した、いわゆる理想画の試みは、『智・感・情』の三部作によって世に問われ、また風俗画的性格を示す『昔語り』は、後代に多大な影響を与えました。

本年は、日本近代洋画の展開を運命づけた重鎮、黒田清輝の生誕120年にあたります。この展覧会は、その業績を今日的視点から回顧、再検討することにあります。

本展を開催するにあたり、全面的なご協力をいただきました東京国立文化財研究所、また貴重な作品を快くご出品くださいました美術館、博物館、所蔵家の皆様、ならびに協賛の花王株式会社、ご支援を賜りました関係各位に厚くお礼申し上げます。

1986年

主催者

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