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児島善三郎年譜

田中善明編
三重県立美術館学芸員

(註)本年譜の作成にあたっては、『児島善三郎資料集(一)(福岡市美術館建設準備室〈現・福岡市美術館〉尾野正晴編、ふくおか美術叢書1、1978)と『近代の美術No.59』(古川智次編、至文堂、1980)の年譜とを参照し、若干の訂正と補足を行なって作成した。なお前書(児島年譜の1893年から1935年までに限定し記述)には年譜記述を裏付ける長大な後注が付属しているが本年詣では都合により割愛した。以上、付記しで謝意を表します。

1893(明治26)年
0歳
2月 13日、福岡県福岡市中島町38番地(現在の福岡市博多区中洲2番1号)に紙問屋児島本家の第9代当主児島善一郎、トヨの長男として生まれる。幼名を義太郎といい、兄弟はほかに長女シナ、次男隆助、三男善十郎、四男脩吉、五男耕輔、次女フミであった。
中学修猷館時代 1907〜1912年
1899(明治32)年
6歳
4月 博多・中市小路尋常小学校(現在の福岡市立奈良屋小学校)に入学する。
1903(明治36)年
10歳
4月 福岡高等小学校(現在は廃校)に入学する。
1907(明治40)年
14歳
4月 11日、福岡県立中学修猷館(現在の福岡県立修猷館高等学校)に入学する。
1909(明治42)年
16歳
  11日、福岡県立中学修猷館(現在の福岡県立修猷館高等学校) に入学する。
この頃、初めて母親に油絵具を与えられ、福岡城後址で写生などをしたといわれる。
中学3年のとき、絵画同好会「パレット会」をつくり、中心的な役割を果たす。柔道の強い尚武の学校であったので、まわりからはだらしのないという意味の博多弁で「テレット会」と呼ばれていた。メンバーはほかに中村研一(故人・芸術院会員)、太円清蔵(故人・元東邦生命会長)、中島正貴(故人・旧姓不破・後年草土社の重鎮)、中村琢二(研一の弟・一水会会員)らであった。
1912(明治45)年
19歳
3月 25日、福岡県立中学修猷館を卒業。その後9月11日、長崎医学専門学校薬学科(現在の長崎大学薬学部)に入学する。児島は、薬学科に入学したが医者になる気はなく、ただ長崎は景色がよいから絵が描けるだろうという考えであったらしい。
家族と共に左から母・トヨ、善三郎、祖母・ヱイ、弟・脩吉、父・善一郎、姉・シナ
1907〜1912年
1913(大正2)年
20歳
2月
長崎医学専門学校を中退。
画家になりたいという気持ちをあきらめることができず、家出して上京し、子供時代からの友人を頼って駒込の染井に住む。当時の駒込には萬鉄五郎ら多くの画家たちが住んでいた。当時画家になることに反対していた父親ではあったが姉の名義で送金している。
1914(大正3)年
21歳
  父の勧めもあって東京美術学校(現・東京藝術大学)を受験するため、岡田三郎助の指導する本郷洋画研究所に2ケ月ほど学んだが、同校の受験に失敗し、以後、師につくことはなかった。
この頃セザンヌに傾倒する。

中学修猷館時代 前列左から3人目、善三郎 1907〜1912年
1915(大正4)年
22歳
  過労のため胸を病み、年末に福岡市に帰郷する。そのあと市近郊の津屋崎や市内西公園などで転地療養し、サナトリューム・病院生活を余儀なくされる。
正確なことは分からないが、12月11日、長男義郎が誕生する。善三郎はこのときすでに東京府日本橋区浜町1丁目(現・中央区日本橋浜町1丁目)の山本留吉の娘はると事実上の婚姻関係に入っていたらしい。従って年末の帰郷もひとりであり、御徒町に妻子を残したままであった。
1919(大正8)年
26歳
  この年まで故郷で保養する。父親善一郎から出されていた長男善三郎の家督相続人廃除が裁判で確定、弟の脩吉が家督相続人とすることになる。8月9日付で町役場に受理される。
東京、代々木の自宅にて 左から善三郎、長男・義郎、長女・百恵子、妻・はる 後に「青衣の母像」(本展出品作品no.2)が見える 1921年頃
1920(大正9)年
27歳
1月
5月
10日、長女百恵子が誕生する。
5年間の闘病生活ののち健康を回復して上京、板橋に居を構えて再び制作を始める。
1921(大正10)年
28歳



9月
新築アトリエの工事現場の監視もあって、代々木に転居する。
日本美術院の洋画部・光風会に出品したが落選し、光風会に出した作品をそのまま二科へ出品して入選する。
第8回二科会展に初入選する。(9・9−29 於:東京上野竹の台陳列舘、10・15−11・5 於:京都岡崎公園第二勧業館、於:大阪商品陳列所)「十一月風景」「早春の下板橋附近」−B「雪景」−C「麻繰工場のある風景」「早春の池畔」
1922(大正11)年
29歳






3月




4月








6月
8月
9月
石原雅夫を中心とする「アンボールの会」に中村研一、中村祐美、野口弥太郎らと共に参加する(のちには小林和作、林垂義も加わる)。これはアンボール社製の絵具の愛用者たちのフランス語の勉強会で大正12年秋の震災後まで続いていたらしい。
この年はじめ市外代々木初台572(現・渋谷区初台2−30)にアトリエを建てて移る。近くの代々木本村には野口弥太郎のアトリエもあり、林武を交えて三者は親しく交際するようになる。
10日、山本留吉の娘はるとの婚姻を東京府豊多摩郡代々幡町役場に届け出る。
東京府主催平和記念東京博覧会美術展に出品、褒状を受ける。(3・20−7・31 於:上野竹の台陳列館)「肖像」
児島善三郎個人展覧会を開催、大正3年以降の作品を出品する。(4・12−16 於:東京神田流逸荘)
「自画像」「静物(鴨)」「浅き春」「代々木風景」「丘上の家」「秋」「代々木風景(秋)」「霜解けの頃」「義郎七歳の像」「残照」「代々木風景」「静物(桃)」「原の枯草」「板橋風景」「早春」「麦畑」「茅ヶ崎風景」「逆光の森」「裸体習作」「峻坂」「静物」
福岡市通俗博物館主催の黒田長政公三百年祭記念美術展に出品する。(4・2−8? 於:福岡市通俗博物館・福岡市記念館)
「早春の下板橋附近」一B
7日、長女百恵子が死亡する。
1日、次男徹郎が誕生する。
第9回二科会展で5点が入選、二科賞を受賞する。なお、このとき古賀春江、林武も二科賞を受賞。野口弥太郎が初入選をしている。(9・9−29 於:東京上野竹の台陳列館、於:京都・大阪)
「裸女」「代々木風景(冬)」「春近き郊外」「浅き春」「横臥像」−E

「アンボールの会」の仲間たちと 左から3人目・中村研一、4人目・野口弥太郎、1人おいて善三郎 1922年

善三郎 1923年
1923(大正12)年
30歳
1月 萬鉄五郎を中心とする「円鳥会」が成立、林武らと会員として参加する。
滞欧時代(1925〜1928年)のパスポート。ただし善三郎は渡仏そうそうにパスポートを紛失しており、これは1925年7月1日在フランス日本大使館より再発行されたものである。

門司港出帆の鹿島丸船上にて、第3列左から4人目・善三郎、第4列右端、伊原宇三郎、1925年

モデルと共に、立体感の研究のため彫塑に親しんだことが伺える 滞欧時代
1925〜1928年
3月 福岡美術会主催の第3回福岡美術展に出品する。(3・25−4・10 於:福岡市記念館・県立図書館)「春近き郊外」
6月 第1回円鳥会展に出品する。(6・1−10 於:星製薬楼上)「薔薇色の背景」「若き女の首」「日本髪の女」など
9月 第10回二科会展に出品する。(9月1日は二科会の招待日だったが関東大震災のため東京会場は中止となる。10・9−27 於:大阪商品陳列所、10・31−11・13 於:京都岡崎勧業館、於:福岡商品陳列所楼上)「花を持てる若き女の立像」「窓外早春」「子供の首(彫塑)」
このころ基礎的な研究に専念するため外遊を決意する。
12月 竣工した福岡市新庁舎を飾るため「花を持てる若き女の立像」「福岡市展望」−Fを同市に寄贈する。
1924(大正13)年
31歳
3月 福岡美術会主催の第4回福岡美術展に出品する。(3・25−4・15 於:水鏡神社横旧市役所)「丘上の我が家」「或るアトリエにて」
4月 第2回円鳥会展に出品する。(4・10−16 於:帝国ホテルホール)「裸体」「花」
9月 第11回二科会展に出品する。(9・2−29 於:東京上野竹の台陳列館、10・8−26 於:京都第二勧業館、10・30−11・9 於:白木屋呉服店・大阪、於:福岡商品陳列所楼上)「丘上の家」「曇日薄暮」
11月 第3回円鳥会展に出品する。(11・30−12・13 於:東京竹の台陳列舘)「裸婦化粧」「背光の裸婦」「汽車通る早春田園」「素描」
なお、「裸婦化粧」と「背光の裸婦」は風俗上害があるという理由で当局から撤回を命じられる。
12月 17日、三男輝郎が誕生する。
1925(大正14)年
32歳
3月下旬 門司出帆の鹿島丸で宿願の欧州留学の途につく。偶然にも伊原宇三郎と同じ船室だった
5月 5日、マルセイユ着。15日、パリに到着。船中で再発した結核の療養を兼ねて、5月末から9月末ころまで、パリ南東100キロのモレー・シュール・ロアンに滞在。その後も南仏ニースに赴く。
9月 第12回二科会展にフランスから出品する。(9・1−29 於:東京上野竹の台陳列館、10・8−25 於:大阪天王寺公園内勧業館、11・20−29 於:京都岡崎公園勧業館)「堰のある風景」「ロアン河畔」
10月 第4回円鳥会展が開催される。(10・30−11・6 於:明治神宮外苑日本青年会館)
1926(大正15・昭和元)年
33歳
5月 18日、父善一郎が死去する。
滞仏中に父の死を知らされたが、滞仏計画そのものは変更しなかった。5月末から6月のはじめにかけてイタリア旅行。フィレンツェ、アッシジ、ローマ、ナポリ、ヴェネツイアなどを巡遊する。
1927(昭和2)年
34歳
  この年のはじめ、南仏ル・カンネに滞在。
左)白壁、赤い屋根の風景を描いている一コマであろう 滞欧時代1925〜1928年
右)「少女」(本展出品作品no.31)のモデルであろうか 滞欧時代1925〜1928年

善三郎 イタリア・フィレンツェにて 滞欧時代1926年6月1日付写真葉書

いわゆる「パリ豚児の群れ」最前列左端、善三郎 1925年(写真裏に年記)

妻・はる、と共に、代々木時代
1928〜1936年

数多くのモチーフとなった〈代々木の庭〉、代々木時代 1928〜1936年
3月 福岡市主催の東亜勧業博覧会に出品する。(3・25−5・23 於:西公園下博覧会会場〈現・大濠公園〉)「ロアン河畔」
5月 パリのシテ・ファルギエール14番地のアトリエ・アパートに落ち着き、制作に専念する。油絵の基本をもう一度最初からやり直す覚悟であった。
9月 上旬、かつて佐伯祐三が住んだリュ・デュ・シャトー13番地のアトリエに移る。
この年、パリの日本人倶楽部で開催された展覧会に南フランスの風景を2点出品する。
1928(昭和3)年
35歳
2月 第5回円鳥会展が開催される。(2・18−22 於:丸善・東京日本橋、3・24−28 於:丸善・大阪)
3月 3月はじめ、南仏カーニュに滞在。3月中旬、スペイン旅行に出かけ、マドリッドのプラド美術館やトレドを訪れる。4月パリに帰り、アトリエで裸婦の制作に専念する。
7月 7月はじめ、イギリスに赴き、美術館を訪れる。7月7日、パリを出立、帰国の途につく。
7月末、シベリア鉄道経由で帰国。
9月 第15回二科会展に滞欧作22点が特別陳列される。(9・2−10・4 於:東京府美術館、10月 於:福岡市記念館及博物館、12月 於:大阪商品陳列所)「横臥」「ポーズ」「カーニュ」「G夫人」「赤い背景」一52「梳る女」−38「小路」「座像」「椅子による」−43「鏡」「一つのポーズ」「ロシヤの女」−29「廃屋」「エビチヤの帽子」「立てるソニヤ」一39「ポーズ」「壁によりて」−40「一つの人体のコンポジション」「リイの上に」「オリーヴの高原」「裏道」「座せる女」
10日、二科会会友に推挙される。
10月 滞欧作品展を開催し、滞欧作83点を陳列する。(10・11−14 於:福岡県商品陳列所)
1929(昭和4)年
36歳
4月 第10回中央美術展に出品する。(4・10−25 於:東京府美術館)「ヴエールの女」−49?「スープニール・オー・モレー」
二科会会員と共に鑑査そのほかの任務を担当する二科会展覧会委員に互選される。会友の里見勝蔵、小島善太郎、鈴木亜矢、古賀春江も鑑査に加わる。
9月 第16回二科会展に出品する。(9・2−10・4 於:東京府美術館、10月中旬 於:大阪商品陳列所)「パノラマ」−28「六月」「五人の女」−55「臥す」−53「立つ」−54「目」「粧」「胸像」(彫塑)
11月 鈴木千久馬、伊原宇三郎、鈴木亜夫、川口軌外、福沢一郎、古賀春江らと一九三○年協会に加わる。
12月 14日、第11回一九三○年協会美術講演会で講演を行う。
21日、古賀春江、里見勝蔵と共に二科会会員に推される。従って一九三○年協会の方は必然的に脱会する。
1930(昭和5)年
37歳
1月 藤田嗣治の渡仏送別会に出席する。
3月 第2回聖徳太子奉讃美術展に出品する。(3・17−4・14 於:東京府美術館)「長椅子の上に」
6月 第2回国際美術協会内国美術展覧会に出品する。(6・10−7・3 於:東京府美術館)「洋人横臥」
9月 第17回二科会展に出品する。(9・4−10・4 於:東京府美術館、10月 於:大阪府立貿易館、11月 於:福岡県立商品陳列所)「桜の頃」−72?「五月の庭」「孟春」「マンチリヤを着けたる舞踏家高田せい子氏像」−56「仰臥」−57「習作小児の首」(彫塑)「裸婦」(彫塑)「裸婦」(彫塑)
11月 1日、二科会を脱会。林垂義、里見勝蔵、林武、高畠達四郎、三岸好太郎、川口軌外、小島青太郎、中山巍、鈴木保徳、伊藤廉、清水登之、鈴木亜夫、福沢一郎(創立直前に招聘される)と共に独立美術協会を創立する。
11月 4日、上野精養軒で雑誌記者との懇談会を行う。
1931(昭和6)
38歳年
1月 第1回独立美術協会展に出品する。(1・11−1・31 於:東京府美術館、そのあと大阪、京都、福岡、名古屋、台北の各市で開催)「独立美術首途」−60「横臥」一57「青いソファ」「赤い背景」−52「長椅子の上に」「立像」「プロフィル」「黄色のソファ」「二月ノ郊外」「五月」「山水」「彫塑女の顔(A)」「彫塑女の願(B)」  
9月 第1回独立美術協会秋季展に出品する。(9・19−9・29 於:東京朝日新聞楼上、その後大丸呉服店・京都)「新緑」「紅色の帽子」「午睡」「紅衣の婦人」「躑躅咲く五月」「窓外満春」
1932(昭和7)年
39歳
  電話を開設する(四谷257番)
この頃、児島は立体感の把握のためか、かなり集中的に彫塑に取組んでいる。(本展出品作品no.149〜152を制作した頃)代々木時代1932年
3月 第2回独立美術協会展に出品する。(3・19−4・14 於:東京府美術館、4・21−3 於:名古屋鶴舞公園、5・5−15 於:大阪朝日会館、5・28−6・8 於:福岡、福井、京都)「臥女」「庭の雪」「春待つ庭」「サンルームの見える裸体」−62「無衣の女」「青空」−65「首飾りと女」−64「座したる女(裸体)」−63「肖像」
4月 独立美術協会展に出品している福岡在住の新人の展覧会のため、福岡に帰る。
5月 26日、横浜新興洋画研究所の創立一周年記念の講演を行う。
7月 美術工芸会から自作解説付の「児島善三郎画集」が刊行される。
8月 10日、林武、児島善太郎、中村研一、高畠達四郎、里見勝蔵、三岸好太郎が文集に掲載した「新芸術家叢書7 児島書三郎画集」が刊行される。
10月 第2回独立美術協会秋季展に出品する。(10・2−9 於:朝日新聞社楼上)
「新緑の庭」?など3点
児島善三郎展を開催し60余点を展覧する。
(10・6−12 於:松屋・銀座)「マンチェリヤを着けたる高田せい子氏像」−56「サンルームの見える裸体」−62「フランスの田舎道」「カンネ風景」「椰子の夜」「南仏の小さな公園」「ロシヤの女」−29「晩春の庭」「南国の春」「初秋の庭」「春を待つ庭」「七月」「ビーチ・バラソール」「荒磯」など
1933(昭和8)年
40歳
2月 福岡県出身の作家、彫刻家によって筑前美術会が結成され会員となる。
大作「春」(no.67)をバックに、前列左から4人目、善三郎 代々木時代1937年頃
※従来この写真は1931年第1回独立展会場(アサヒグラフ別冊1982年)として紹介されているが、「春」(1933年)がある以上、誤りであろう。また、上部に九州の百貨店である井筒屋の屋号らしきものも見えるところから1937年の小倉・井筒屋での個展会場であろうか。
3月 第3回独立美術協会展に出品する。(3・10−31 於:東京府美術館、4・13−19 於:名古屋鶴舞公園美術館、4・25−5・5 於:大阪朝日会館、5・8−14 於:大丸・京都)「鏡」−66「春」「曇れる上高地(徳本峠)」−78「新春の庭」「朝の庭」
4月 30日、母トヨが死亡する。
6月 1日、「東京府美術館借館料値下運動」の陳情に参加する。
筑前出身で東京在住の美術家によって筑前美術会が組繊され、6月、筑前美術会第1回展に出品する。(6・24−29 於:三越5階新館・日本橋)「桜」「春の山」など
10月 児島善三郎氏色紙展を開催。(10・13−17 於:美術新論社画廊)
第3回独立美術秋季展に出品する。(10・16−22 於:松坂屋・上野、於:大阪市)「田園初夏」「池辺」
10月末 福岡県と大分県の県境にある英彦(ひこ)山に登る。
1934(昭和9)年
41歳
3月 第4回独立美術協会展に出品する。(3・20−4・12 於:東京府美術館、4・20−27 於:名古屋鶴舞公園美術館、5・17−26 於:大阪朝日会館、於:京都、広島)「山麓の秋」「初秋」−71?「松ヶ枝」「赤松の丘」「雪後」「山嶺の秋」「庭(秋の午後)」
瀬戸内海、尾道にて 代々木時代
1934年4月写真葉書

第4回独立展のおり、東京府美術館にて、後列・立像から、善三郎、林重義、伊藤廉、福沢一郎、川口軌外、鈴木保徳、清水登之、三岸好太郎、里見勝蔵、前列・座像から小林和作、野口弥太郎、高畠達四郎、中山巍、小島善太郎、鈴木亜矢、代々木時代1934年3月

国分寺時代 1936〜1951年
4月 児島善三郎氏個展を開催。(4・21−25 於:実術新論画廊・大阪)
5月 大礼記念京都美術館開館記念京都市美術展に出品する。(5・1−25 於:大礼記念京都美術館)「新緑の庭」
第2回筑前美術展に出品する。(5・19−23 於:松坂屋・銀座)「仰座裸婦」ほか風景画3点
6月 洋画・六月展に出品する。(6・19−怒 於:紀伊国屋画廊)「庭の松」
27日、「近代美術館建設促進運動」の発起人に参加する。
11月 第4回独立美術協会秋季展に出品する。(11・17−23 於:三昧堂・銀座)「庭の雨」
12月 児島善三郎氏近作油絵個展を開催し31点を展覧する。このときの作品について、南画を描くような気持ちで制作したと述べている。(12・15−18 於:日動画廊・東京)
「瀬戸風景」「裸婦五」「庭の松」「江の島雨情」「秋景山水」「アネモネの花」「瀬戸の島山」「宮島」「島と松ヶ枝」「松と岩」「初秋の庭」「池畔」など
1935(昭和10)年
42歳
3月 第5回独立美術協会展に出品する。(3・6−25 於:東京府美術館、4・2−11 於:福岡、於:名古屋鶴舞公園美術館 於:大阪朝日会館)「山路」「滝壷」−77「庭の松」「老松」「庭のはつ春」−70?「代々木の原」−74「瀬戸風景」
東京府美術館開館十周年記念現代綜合美術展に出品する。(3・31−4・21 於:東京府美術館)「鏡」−66
6月 第3回筑前美術展に出品する。(6・19−23 於:松坂屋・銀座)「波涛」ほか3点
7月 某氏所蔵洋画入札展に出品する。(7・18−19 於:鯉川筋画廊・神戸)
第1回三越洋画展に出品する。(8・14−29 於:三越・東京日本橋)「鎌倉の午后」「松島備轍」など
10月 第5回独立美術協会秋季展に2点を出品する。(10・7−13 於:銀座青樹社、10・18−24 於:丸善・名古屋、12・4−6 於:朝日会館・京都)「躑躅咲く庭」など
11月 福岡日日新聞社(現・西日本新聞社)主催の第3回西日本美術展の審査員となる。(11・10−19 於:福岡日日新聞社講堂)
1936(昭和11)年
43歳
  この春、代々木初台から北多摩郡国分寺多喜窪2386蛮地(現・国分寺市泉町1丁目)に転居する。
3月 児島善三郎油絵個展を開催し37点を出品する。(3・25−30 於:日動画廊・銀座)「伊豆の海」「雨」「初夏の庭」「初冬の池」「写影」「庭」「涼風」など
3月 福岡市主催の博多築港記念大博覧会に出品する。(3・25−5・13 於:須崎裏町埋立地博覧会会場)「松島腑瞰」
4月 第6回独立美術協会展に出品する。(4・25−5・14 於:東京府美術館、その後大阪、名古屋で開催)「岩と松」「瀬戸の風景」「初夏の池」
10月 再び児島善三郎近作油絵個展を開催し約40点を展覧する。(10・20−24 於:日勤画廊・銀座)「中禅寺湖展望」「灯台風景」「雨後の漁港」「細雨」「仲秋」−79「伊豆」「松」など
11月 独立美術協会秋季展に出品する。(11・1−7 於:銀座三昧堂,11・27−29 於:京都朝日会館、12・14−18 於:三角堂・大阪)「仲秋」−79
第4回西日本美術展の審査員となる。
(11・12−18 於:福岡日日新聞社講堂)
1937(昭和12)年
44歳
3月 第7回独立美術協会展に出品する。(3・13−4・4 於:東京府美術館 4・14−18 於:岡崎大禮記念美術館、大阪、名古屋)「渓流A」−81「渓流B」「残雪」「松」  
4月 大阪朝日新聞主催、大阪市賛助の明治大正昭和三聖代名作美術展に出品する。(4・25−5・25 於:三角堂・大阪)「五人の女」−55
5月 児島善三郎個展を開催し、84点を出品する。(於:井筒屋・福岡県小倉市)「裸婦(璧に倚る)」−40?「パノラマ」−28「スペイン風の舞姫」−56「座せる女」−63「無衣の女」「代々木の原」−74「渓流A」−81「渓流B」「サンルームの見える裸体」−20「新緑の庭」など
9月 独立美術協会秋季小品展に出品する。(9・25−29 於:日動画廊)「風景」
1938(昭和13)年
45歳
3月 第8回独立美術協会展に出品する。(3・13−4・3 於:東京府美術館、於:大阪朝日会館)「箱根峠」「山湖」「菊」「箱根」−83「ダリヤ」
独立会員小品展(3・27−31日動画廊・数寄屋橋)全会員の小品41点を並べたとある。
6月 筑前美術第5回展に出品する。(6・14−19 松坂屋・銀座)
10月 独立美術協会秋季展に出品する。(10・9−13 於:青樹社・銀座)「ダリヤ」
11月 児島善三郎近作展を開催し、近作16点を出品する。(11・1−4 於:資生堂画廊・東京)「薔薇」「アネモネ」「牡丹」「仲秋」「炎天」−88「小径」「さみだれのころ」「初夏の午後」「雲仙」「晩秋」「庭の雨」「松籟」−86「松と稲」「高原」など
1939(昭和14)年
46歳
3月 第9回独立美術協会展に出品する。(3・10−30 於:東京府美術館、その後、名古屋、大阪で開催)「富士晴朗」「風景」「蓮花」−111「春待つ農家」「東風」−89
10月 独立美術協会秋季展に出品する。(10・25−29 於:青樹社・銀座、11・14−18 於:三越・札幌、12・5−10 於:丸物・京都、12・17−21 於:阪急百貨店・大阪)「ダリヤ」
1940(昭和15)年
47歳
3月 第10回独立美術協会展に出品する。(3・10−24 於:東京府美術館、4・7−14 於:大禮記念京都美術館 5・17−26 於:大阪市美術館)「菊」「武蔵野」「ダリヤ」「涼風」「ダリヤ」
アオリエ内部、奥に「立てるソニヤ」(no.39)が見える 国分寺時代
1936〜1951年
10月 紀元二千六百年奉祝美術展に出品する。(前期に出品10・1−22 於:東京府美術館、11・3−17 於:大禮記念京都美術館)「松桜図」
独立美術協会秋季展に出品する。(10・4−7 於:青樹社・銀座)「秋風」
11月 第1回福岡県美術協会展に出品する。(11・26−12・5 於:福岡・岩田屋)「ダリヤ(10号)」
12月 児島善三郎近作展を開催する。(12・6−9 於:資生堂画廊・東京)「浅春」「芦の湖」「新樹」「樹間」「虞美人草」−112?「菊」
この時期、はっきりとした新しい立体の処理方法と重量感のある絵画を創造するため、再度、ルネッサンス美術への回帰と個性の没却を考える。
1941(昭和16)年
48歳
3月 第11回独立美術協会展に出品する。(3・5−25 於:東京府美術館、4・12−21 大阪市美術館。これらの作品のうち、会員展のみを5月に上海、南京の両市にて開催)「ダリヤ」「菊」「箱根秋晴」「寒空」「虞美人草」
独立美術会員会友小品展(3・15−19 於:日動画廊)
夏から秋までダリアを主な題材に絵の制作を続ける。
 
11月 第2回福岡県美術協会展に出品する。(11・21−26 於:福岡・岩田屋)「ダリヤ(8号)」
1942(昭和17)年
49歳
3月 第12回独立美術協会展に出品する。(3・5−23 於:東京府美術館、その後大阪で開催)「箱根秋晴」「夏草」「菊」−113か114「早春」「菊(二)」−113か114
独立美術会員会友小品展(3・21−25 於:日動画廊)
1943(昭和18)年
50歳
1月 制作のため信濃路を訪れる。
2月 制作のため箱根を訪れる。
3月 第13回独立美術協会展に出品する。(3・2−21 於:東京府美術館)「静波」「あねもね」「厳冬」「ダリヤ」「岬」
独立美術会員春季小品展に出品する。(3・16−20 於:日勤画廊・銀座)「古池」
6月 5日、福岡での独立展のため帰郷する。
9月 第6回文部省美術展覧会(新文展)審査員を委嘱される。
12日、三重県志摩を訪れる。
10月 第6回新文展に審査員として出品する。(10・16−11・20 於:東京都美術館)「上げ汐」
11月 12日写生のため箱根を訪れる。
1944(昭和19)年
51歳
1月 4日、富士を描くため富士宮などを訪れる。そのとき、「スナヲニカク」ことを心掛けた。
2月 第14回独立美術協会展に出品する。この展覧会は例年の出品者中より会員の推薦によって出品される。(2・23−3・15 於:東京都美術館)「秘園」「菊」「富士早春」
6月 独立美術協会会員展(6・6−10 於:高島屋・日本橋)
9月 児島善三郎小品展を開催する。(9・20−24 於:美交社・銀座)
10月 児島善三郎油絵展を開催する。(10・9−13 於:美交社・銀座)
11月 文部省戦時特別文展に出品する。(11・25−12・5 於:東京都美術館)「冬山寒村」−94
このころ箱根・富士宮を訪れる。
12月 川口軌外、中川紀元、野口弥太郎、児島善三郎、佐野繁次郎、菅野圭介六氏近作展を開催する。(12・9−12 於:資生堂・銀座)
1945(昭和20)年
52歳
1月 3日から15日まで富士の写生に出かける。
末、郷里に疎開の相談のため帰る。住む家を探し、大事府の観世音寺の境内寺務所を借りる。
5月 飛騨に家を借りることになっていたが、ままならず国分寺に落ち着く。
畑仕事をしながら制作を続ける。
1946(昭和21)年
53歳
3月 読売新聞社主催の新興日本美術展の審査員となる。(3・1−? 於:三超・日本橋)「ダリヤ」ほか
4月 8日から12日にかけて桜の咲く熱海、伊豆山を描く。
5月 西部美術協会主催の西部美術協会第1回展に出品する。(5・3−5・9 於:西日本新聞社講堂)「朝霧」「虞美人草」「風景」
5日から6月26日にかけて、帰福する海老原喜之助に会い、彼の推めで人吉など九州各地を巡る。
6月 独立美術協会会員小品展(高島屋 日本橋)
10月 15日から29日まで札幌に滞在し、風景・肖像の制作にかかる。帰京後、すぐに九州に行く。
12月 再び九州・原鶴温泉に滞在
1947(昭和22)年
54歳
1月 独立美術協会在京会員小品展に出品する。(1・7−17 於:北荘画廊・日本橋)「白笄の女」「ダリヤ」
3月 読売新聞社主催の泰西名画展を見る。そのときに平和の春が訪れたことを感じるとともに日本人の民族性に根ざした日本人の芸術の国際化を考える。
4月 第15回独立美術協会展に出品する。(4・9−28 於:東京都美術館)「菊花」「M氏像」「雪景」−97「立春」「熱海の桜」
5月 東京都と朝日新聞社主催の新憲法実施並に東京都美術館開館二十周年記念現代美術展覧会に出品する。(5・1−20 於:東京都美術館)「野辺の桜」
6月 札幌に10月まで滞在し、制作を続ける。
9月 札幌で個展を開催する。(9・11−13)「富士」など
11月 終戦前に描きかけていた作品4、5点をもって箱根に行く。
読売新聞社主催の第2回新興日本美術展に審査員として出品する。(11・23−12・7 於:東京都美術館)「初夏の池」「箱根の秋」「立秋」「北都の秋」「武蔵野の春」「声の湖晩秋」
1948(昭和23)年
55歳
4月 個展を開く。(4・14−30 於:高島屋・大阪)
東京都主催の第2回現代美術総合展に出品する。(4・15−5・10 於:東京都美術館)「初冬」
奈良に旅行し、東大寺法華堂仏像の現代に通じる新鮮な造形に感動する。その後、四国、九州に行く。

新築された荻窪のアトリエ 荻窪時代1951〜1962年
5月 毎日新聞社主催の第2回美術団体連合展に出品する。(5・25−6・16 於:東京都美術館)「満開」−100
10月 第16回独立美術協会展に出品する。(10・4−17 於:東京都美術館)「牡丹図」「青田」「アネモネ」「ダリヤ」
1949(昭和24)年
56歳
2月 読売新聞社主催の第1回アンデパンダン展に委員として出品する。(2・11−3・3 於:東京都美術館)「ダリヤ」
1950年代以降、多く描かれた婦人像、モデルは三田佳子 荻窪時代 1958年頃

アトリエ内部、イーゼルには「熱海」(no.124)が見える 荻窪時代
1957年頃

荻窪の自宅より武蔵野を眺める
荻窪時代 1951〜62年

アトリエにて婦人像を描く 荻窪時代1951〜62年

アトリエにて 荻窪時代 1951〜1962年

日傘、イーゼルと代々木、国分寺、そして荻窪時代といつも見られる屋外写生風景 荻窪時代1951〜62年
3月 独立美術会員展(3.25−29 於:日動画廊)
4月 東京都教育庁主催の第3回現代美術総合展に出品する。(4・17−5・9 於:東京都美術館)「水温む」
5月 常習の不眠症と下痢を治すため、国府津の関東断食寮で11日間の断食を行う。
第3回美術団体連合展に出品する。(5・14−6・5 於:東京都美術館)「早春」−101
資生堂画廊主催第3回6人展に出品する。(5・24−28 於:資生堂画廊)「桜の丘」
7月 児島善三郎小品展を開催する。(7・12−16 於:数寄屋橋画廊・銀座)
8月 再び断食寮を訪れる。
10月 第17回独立美術協会展に出品する。(10・9−27 於:東京都美術館)「壷のある静物−115「ダリヤ」「静物」−116「虞美人草」「静物」
第5回福岡県美術展の審査員となり作品を出品する。(10・20−30 於:福岡・岩田屋)「アネモネ」
1950(昭和25)年
57歳
1月 読売新聞社主催の現代美術自選代表作十五人展に出品する。(1・11−29 於:高島屋・東京日本橋)
「鏡を持つ女」−40「裸婦群像」「虞美人草」「スペイン装の高田せい子像」−56など。
2月 写生のため富士宮、熱海を訪れる。
3月 朝日新聞社主催第1回秀作美術展に選抜展示される。(3・15−31 於:三越・日本橋)「壷のある静物」−115
再び断食を行い、4月末まで国府津に滞在する。
5月 児島善三郎個展(滞欧作回顧展)を開催する。(5・1−9 於:北荘画廊・日本橋)「パノラマ」−28「薄紅の子供」「南仏の子」「イヴォンヌ」「マリー」「ギャルソンヌ」「青衣の女」「黒のマンテニヤ」「海老茶のリボン」「小公園にて」「エグリズ遠望」など
第4回美術団体連合展に出品する。(5・14−6・7 於:東京都美術館)「花」「春遠からじ」−102
第4回六人展に出品する。(5・15−20 於:資生堂画廊)「花」「五月」
夏日本アルプスに行く
9月 児島善三郎・寺内万次郎二人展を開催する。(9・26−10・1 於:大丸・大阪)
10月 第18回独立美術協会展に出品する。(10・10−27 於:東京都美術館 その後、大阪、名古屋で開催)「夏山」−104「青物」−117「立秋」
児島善三郎個展を開催する。個展の後始末などで体調を崩す。(10・17−22 於:高島屋・東京日本橋)
この年、第17回独立美術協会展出品作「壺のある静物」−115が政府買上作品となる。
1951(昭和26)年
58歳
1月 朝日新聞社主催の第2回秀作美術展に選抜展示される。(1・20−31 於:三越・日本橋)「花」「春遠からじ」−102
2月 日本美術会主催の第4回日本アンデパンダン展特別陳列80点の滞欧作に出品する。(2・5−14 於:東京都美術館〉「曇り日のパリー郊外」
読売新聞社主催の第3回日本アンデパンダン展に委員として出品する。(2・27−3・18 於:東京都美術館)「秋霽」−106
3月 再び断食を一遇問おきに行う。
5月 第5回六人展に出品する。(5・14−19 於:資生堂)
第5回美術団体連合展に出品する。(5・22−6・13 於:東京都美術館)「緑の丘」
7月 再び日本アルプスに行く。
杉並区新町78番地(現・杉並区上井草4−12)にアトリエが竣工し、国分寺から転居する。
8月 14日から写生のため箱根を訪れる。
9月 犬吠崎を訪れる。
10月 個展を開催する。(10・3−8 於:福岡・岩田屋)
第19回独立美術協会展に出品する。(10・9−27 於:東京都美術館 その後、大阪、長崎、福岡、福島で開催)「老松」、「アルプスへの道」−108(国立近代美術館買い上げとなる)
第7回福岡県美術展に出品する。(10・11−21 於:福岡・岩田屋)「静物」
第1回サンパウロ・ビエンナーレに出品する。(10・6− 於:サンパウロ近代美術館)「伊豆の海」−118
12月 児島善三郎、野口弥太郎二人展が開催される。(12・10−15 於:フジカワ画廊・大阪)
1952(昭和27)年
59歳
1月 第3回秀作美術展に展示される。(1・16−2・3 於:三越・日本橋)「アルプスヘの道」−108
児島、野口、鳥海、川口、海老原素描展に出品する。(1・24−31 於:東京画廊)
2月 読売新聞社主催の第4回日本アンデパンダン展に選考委員として出品する。(2・3−14 於:東京都美術館)「早春」−101
3月 既往の胸部疾患が再発、以後病状は一進一退をくり返す。
5月 毎日新聞社主催の第1回旧本国際美術展に招待出品する。(5・22−6・13 於:東京都美術館)「芦之湖秋暉」
5月 独立美術会員小品展(於:三越・日本橋、松江、大阪)
9月 第8回福岡県美術展に出品する。(9・18−28 於:福岡・岩田屋)「熱海」
10月 第20回独立美術協会展に出品する。(10・9−26 於:東京都美術館 その後、大阪、福岡、福島で開催)「高原」「百合」
ピッツバーグ国際現代絵画彫刻展に出品する。(10・16−12・14 於:カーネギー美術館・アメリカ・ピッツバーグ)「小さい花」
1953(昭和28)年
60歳
6月 独立美術協会会員展に出品する。(6・30−7・5 於:大丸美術部・大阪、7・14−19 於:三越・日本橋)「小さなバラと壺」
9月 国立公園絵画展に出品する。(9・15−20 於:三越・日本橋)「発哺よりの展望」−121
10月 第21回独立美術協会展に出品する。(10・9−26 於:東京都美術館 その後、大阪、京都、福岡、宇部、名古屋で開催)「ダリヤ」「立雲」−120「犬吠岬」−119
11月 児島善三郎油絵個展を開催し、15点を発表する。(11・16−21 於:サエグサ画廊・銀座)「犬吠岬」−119「灯台」「熱海の桜」「菊花」「虞美人草」など
1954(昭和29)年
61歳
1月 第5回秀作美術展に選抜展示される。(1・12−24 於:三越・日本橋)「犬吠岬」−119
4月 独立春季会員展に出品する。(4・13−18 於:三越・日本橋)
5月 毎日新聞社主催の第1回現代日本美術展に出品する。(5・19−6・5 於:東京都美術館)「ミモザと百合その他」−138
10月 第22回独立美術協会展に出品する。(10・9−26 於:東京都美術館 その後、福岡、長崎、仙台、福島、札幌で開催)「百合」「カイウと麒麟草」「トリトマ・虞美人草など」
12月 児島善三郎水彩画展を開催する。(12・14−8 於:サエグサ画廊・銀座)
この年以降、しばしば不眠症に悩む。
1955(昭和30)年
62歳
1月 第6回秀作美術展に選抜展示される。(1・11−23 於:三越・日本橋)「カイウと麒麟草」  
4月 独立美術協会会員春季展に出品する。(4・13−17 於:三越・日本橋)「薔薇」
5月 第3回日本国際美術展に出品する。(5・20−6・12 於:東京都美術館)「椿」−140
6月 児島、中川、海老原、野口、佐野1955年展に出品する。(6・10−15 於:松坂屋・銀座)
独立美術協会会員展に出品する。(三越・日本橋)
9月 第11回福岡県美術展に出品する。(9・13−22 於:福岡・岩田屋)「静物」
10月 第23回独立美術協会展に出品する。(10・9−26 於:東京都美術館 その後、大阪、京都、岡山、諏訪、広島、福岡、熊本、宮崎、長崎、鹿児島で開催)「女と花」−132
1956(昭和31)年
63歳
4月 独立美術協会会員春季展に出品する。(4・17−22 於:三越・日本橋)「バラ」







34

熱海風景写真いろいろ 特に34は「熱海」(no.123・124)を連想させる

「児島善三郎自選展」(松屋・銀座)会場にて、次男・徹郎と共に 荻窪時代 1959年

晩年、数多く描いた静物「花」、構図のためであろうか生けなおす善三郎 荻窪時代 1951〜1962年
5月 毎日新聞社主催の第2回現代日本美術展に出品する。(5・22−6・8 於:東京都美術館)「雪柳と海芋に波斯の壺」(この年、国立近代美術館に寄贈)
6月 国立近代美術館主催の巨匠の二十代展に出品する。(6・1−30 於:国立近代美術館・東京)
児島善三郎小品展を開催する。(7・10−16 於:なびす画廊・銀座)
7月 国立近代美術館主催の日本の風景展に出品する。(7・20−8・26 於:国立近代美術館・東京)「箱根」−83「アルプスヘの道」−108
1955年会第2回展に出品する。(7・27−8・1 於:松坂星・銀座)「薔薇」
9月 日本橋画廊主催の現代作家8人自選展に出品する。(9・8−17 於:日本橋画廊・東京)
10月 創立25周年記念第24回独立美術協会展に出品する。(10・9−26 於:東京都美術館 その後、大阪、福山、京都、名古屋、福岡、八幡、新潟、長崎で開催)「婦人座像A」「婦人座像B」(いずれかが133?)
12月 独立美術協会友の会油絵展に出品する。(12・20−25 於:大丸・東京、於:梅田画廊・大阪)
1957(昭和32)年
64歳
1月 第8回秀作美術展に選抜展示される。(1・5−20 於:三越・日本橋)「雪柳と海芋と波斯の壺」
5月 毎日新聞社主催の第4回日本国際美術展に出品する。(5・23−6・16 於:東京都美術館)「熱海」−124
7月 毎日新聞社主催の現代美術10年の傑作展に出品する。(7・17−25 於:東横・渋谷)「アルプスヘの道」−108
9月 第13回福岡県美術展に出品する。(9・10−22 於:福岡・岩田屋)「ミモザの花その他」−141
10月 第25回独立美術協会展に出品する。(10・9−26 於:東京都美術館 その後、大阪、岡山、広島、熊本、名古屋、鹿児島、福岡、佐賀、長崎で開催)「熱海夜景」−125「婦人座像」「熱海夜景」−126
17人の作家展に出品する。(10・1−27 於:国立近代美術館・東京)「ダリヤ」「芦の湖」「婦人像」「ミモザその他」「デッサン」
この年は病状も小康を得て、熱海に2度にわたり写生旅行に出かける。
1958(昭和33)年
65歳
1月 第9回秀作美術展に選抜展示される。(1・5−19 於:三越・日本橋)「熱海夜景」−126
ヨーロッパ巡回日本現代絵画展に出品する。(1・21−26 於:高島屋・日本橋)
「山湖」「アルプスヘの道」−108「ミモザの花その他」−141
日本洋画商連盟主催の1958年度展に出品する。(2・4−16 於:白木屋・上野)
2月 第2回国際具象美術展に出品する。(2・25−3・9 於:高島屋・日本橋)「箱根」
9月 日本現代美術展に出品する。(9・4−10 於:国立近代美術館・東京、11月初旬から翌年8月にかけてシドニー・メルボルンなど9都市で開催)「花」
桜彩会洋画展に出品する。(於:大丸画廊)「静物」
10月 第26回独立美術展に出品する。(10・12−30 東京都美術館 その後、大阪、京都、広島、福岡、八幡、大分、長崎の各市で開催)「花」「少女座像」「森と聚楽」−127
八幡市美術工芸館開館記念現代九州巨匠展に15点を出品する。「窓外早春」「老松」「炎天」−88「春待つ農家」など
1959(昭和34)年
66歳
1月 第10回秀作美術展に選抜展示される。(1・6−18 於:三越・日本橋)「森と聚落」−127
朝日新聞社主催の戦後の秀作展に出品する。(1・23−3・1 於:国立近代美術館・東京)「春遠からじ」−102
3月 近代日本の静物画展に出品する。(3・5−29 於:国立近代美術館・東京)「雪柳と海芋に波斯の壺」
5月 独立春季展に出品する。(5・12−17 於:高島屋・日本橋)
10月 朝日新聞社・東京国立博物館主催、国立近代美術館後援の明治大正昭和三代名画展に出品する。(10・2−11 於:松坂屋・銀座)「椅子に立つ裸婦」
朝日新聞社の主催により児島善三郎自選展が開催され、初期より近作に至る絵画・彫刻102点を出品する。(10・9−21 於:松坂屋・銀座)「新緑」「五人の女」−55「独立美術首途(第二の誕生〉」−60「春遠からじ」−102「アルプスヘの道」−108「犬吠岬灯台」−119「森と聚落」−127など
第27回独立美術協会展に出品する。(10・12−30 於:東京都美術館 その後、大阪、京都、福岡、八幡、大分、熊本で開催)「青衣」「熱海」「花」−144
八幡市立美術工芸館・朝日新聞社主催の西都秀作展に出品する。(八幡市美術工芸館)「花」
1960年(昭和35)年
67歳
1月 第11回秀作美術展に選抜展示される。(1・5−17 於:三越・日本橋)「花」−144
4月 朝日新聞社主催、フランス大使館後援の第3回国際具象派美術展に出品する。(4・5−13 於:松坂屋・銀座)「紅衣」−134
5月 第4回現代日本美術展に出品する。(5・10−21 於:東京都美術館)「伊豆山早春」
児島善三郎新作展が開催され、32点を出品する。(5・30−6・11 於:日本橋画廊・東京)「薔薇(ペルシャの壺)」「早春山麓」−131「早春(梅)」−129「芦ノ湖の秋」「花」「熱海」「熱海山手」「早春山荘」「熱海(雲)」など
7月 児島善三郎新作展を開催する。(−7・30 於:梅田画廊・大阪)「新樹の丘」
10月 第28回独立美術協会展に出品する。(10・12−30 於:東京都美術館 その後、大阪、京都、広島、岡山、福岡、宇部で開催)「ダリヤ」「コッポ編のスエーター」
1961(昭和36)年
68歳
1月 第12回秀作美術展に選抜展示される。(1・5−15 於:三越・日本橋)「熱海」
アトリエにて 荻窪時代 1951〜1962年
2月 再び渡欧を決意したが、その前に持病を徹底的に治療をするため、千葉市稲毛町5118の額田病院に入院する。
10月 第29回独立美術協会展に出品する。(10・12−30 於:東京都美術館 その後、大阪、京都、名古屋、広島、岡山、福岡、宇部で開催)「西伊豆」−130
11月 国立近代美術館所蔵 近代日本の洋画展に出品される。(11・3−12・3 於:大阪市立美術館)「静物」−115
1962(昭和37)年
69歳
1月 第13回秀作美術展に選抜展示される。(1・5−14 於:三越・日本橋)「西伊豆」−130
3月 22日、午前10時25分、肝臓ガンのため千葉市稲毛町額田病院で死去する。そのとき同病院には未完の絶筆「花」「婦人像」「バラ」などが残されていた。同月26日に東京築地本願寺で独立美術協会葬が行われる。死去する2、3日前に「こんど生まれかわったら世界一の絵描きになりたい」と看護婦に話している。法名、即心院玄誉美観書勝居士。
4月 第4回国際具象派美術展に出品される。(4・10−22 於:松坂屋・銀座)「バラ(遺作)」ほか
5月 第5回現代日本美術展に遺作10点が特別陳列され、その遺業をたたえて毎日美術特別賞が追贈された。
(5・9−2 於:東京都美術館)「東風」−89「春遠からじ」−102など
西日本新聞社の主催により児島善三郎画伯追悼展が開催され、59点が展観される。(於:博多大丸・福岡)
10月 独立美術協会30周年記念展に遺作5点が展観される。(10・12−30 於:東京都美術館 その後、大阪、京都、広島、山形、福岡、福井、諏訪で開催)「静物」「伊豆早春」「花」「カテドラル・ド・ナント」−R「鏡を持つ女」−40
1972(昭和47)年 10月 近代日本洋画の巨匠たち(全国美術館会議加盟館所蔵作品を中心として)に出品される。(10・17−11・3 於:新潟県美術博物館)「立てるソニア」−39「海芋とキリン草」「犬吠崎灯台」−119
児島善三郎遺作展カタログ(国立近代美術館、京都分館)表紙 1964年
1973(昭和48)年 10月 近代洋画を築いた50人展に出品される。(6・20−7・1 於:福岡県文化会館)「立てるソニア」−39「スペイン装の高田せい子像」−56
1974年 10月 近代日本美術巨匠100人展に出品される。(10・26−11・6 於:愛知県美術館)「箱根」−82
11月 大阪市立美術館主催、朝日新聞社共催の近代日本風土派洋画名作展に滞欧作を含む16点が展観される。(11・1−24 於:大阪市立美術館)
昭和の洋画−戦前の動向展に出品される。(11・3−27 於:京都市美術館)「レースを看る女」−30「南仏カーニュの小橋」−N「無衣の女」
1975(昭和50)年 3月 近代日本洋画の巨匠展に出品される。(3・1−23 於:茨城県立美術博物館)「立てるソニア」−39「花」−144
6月 日本洋画史展 秘められたコレクションに出品される。(6・15−30 於:日動画廊・名古屋、その後日動サロン・東京で開催)「少女座像」
1976(昭和51)年 7月 児島善三郎遺作素描展が開催される。(7・16−28 於:日本橋画廊・東京)
9月 画壇九州の人脈展に出品される。(9・14−26 於:東京セントラル美術館)「東風」−89
11月 「南仏カーニュの小橋」−N「レースを着る女」−30「無衣の女」
福岡県、福岡県教育委員会、福岡県文化会館の主催により、児島善三郎展が開催され、油彩画96点、水彩画・デッサン23点、彫刻4点計123点が展観される。(11・14−12・5 於:福岡県文化会館)

アサヒグラフ別冊児島善三郎(朝日新聞社)表紙 1982年
1977(昭和52)年 10月 日本洋画巨匠展(近代洋画あけぽのから現代まで)に出品される。(10・12−17 於:岩田屋・福岡)「箱根風景」「薔薇」
日本洋画を築いた巨匠展に出品される。
(10・15−11・23 於:神奈川県立近代美術館)「立てるソニア」−39「鏡」−66「熱海」−123
1978(昭和53)年 6月 児島善三郎未発表裸婦デッサン展が開催される。(6・1−10 於:不忍画廊・東京)
9月 児島善三郎展実行委員会・北海道新聞社共催により、児島善三郎展が開催され、129点が展観される。引き続き神戸新聞社主催で神戸でも開催される。(9・1−13 於:そごう・札幌、9・22−27 於:そごう・神戸)
福岡日動画廊開設記念、現代洋画秀作展に出品される。(9・1−10 於:日動画廊・福岡)「花籠」
10月 九州近代洋画展に出品される。(10・21−11・12 於:長崎県立美術博物館)「鏡」−66「福岡市展望」−F「無衣の女」「静物」「早春の富士」
1979(昭和54)年 5月 絵はもう一人の人間−日本洋画の巨匠・異才展に出品される。(5・3−9 於:そごう・松山)「花」  
9月 房総を訪れた巨匠たち展に出品される。(9・14−10・18 於:千葉県立美術館)「黄色い花の枕の裸婦」−36「鏡」−66「田植」−93「春遠からじ」−102「燈台」−119
現代巨匠が描く風景画78景・国立公園名画展に出品される。(9・13−18 於:丸井今井デパート・札幌、その後函館、旭川、帯広、北見、釧路で開催。「発哺よりの展望」−121
10月 現代美術・戦後展に出品される。(10・27−12・16 於:神奈川県立近代美術館)「犬吠岬」−119「椿」−140
1980(昭和55)年 3月 近代洋画と福岡県展に出品される。(3・2−23 於:福岡県文化会館)「上げ汐」「秋霽」−106「雪柳と海芋に波斯の壺」「森と聚落」−127
10月 現代日本洋画展−戦前から戦後ヘ−に出品される。(10・4−11・3 於:群馬県立近代美術館)「箱根」−82「春遠からじ」−102
日本の洋画家による滞欧作展に出品される。(10・18−11・16 於:北九州市立美術館)「トレド風景」−24「鏡を持つ女」−40
1981(昭和56)年 5月 日本近代洋画の展開展に出品される。(5・16−7・5 於:神奈川県立近代美術館)「鏡」−66「箱根」−82
1982(昭和57)年 5月 フジカワ画廊創業45周年記念展シリーズNo.1物故作家による名作展に出品される。(5・13−6・5 於:フジカワ画廊・東京、6・17−7・3 於:フジカワ画廊・大阪、7・10−7・20 於:フジカワ画廊・福岡)「富士早春」
所蔵作品による全館陳列開館30周年記念展 近代白木の美術1945年以降展に出品される。
(5・21−7・11 於:東京国立近代美術館)「アルプスヘの道」−108「雪柳と海芋に波斯の壺」

生誕100年記念児島善三郎展(福岡市美術館)ポスター 1993年
9月 ヨーロッパ・日本の代表作家による近代洋画の巨匠大家展に出品される。(9・15−20 於:東急百貨店・北見)「熱海風景」
10月 巨匠の眼がとらえたその時代の女たち〈描かれた女〉展に出品される。(10・7−19 於:東急百貨店・札幌)「少女坐像」
日本近代の洋画家たち展に出品される。(10・28−11・21 於:三重県立美術館)「西洋婦人像」−49「アルプスヘの道」−108
11月 日本の洋画展 戦後30年の展望に出品される。(11・13−12・5 於:広島県立美術館)「犬吠岬灯台」−119「紅衣」−134
1983(昭和58)年 9月 日本の洋画とフランス展に出品される。(9・3−10・12 於:千葉県立美術館)「黄色い花の枕の裸婦」−36「レースを着る女」−30「立てるソニア」−39
昭和前期洋画の展開展に出品される。(9・3−28 於:茨城県立美術博物館)「箱根」」−83
日本美術交流会による 洋画一世紀展に出品される。(9・29−10・4 於:松坂屋・上野)「ダリア」
10月 近代美術にみる群馬展に出品される。(10・4−11・3 於:群馬県立近代美術館)「山湖(榛名湖)」「風景(榛名湖新緑)」
Modern Nude Paintings 1880−1980 裸体画100年の歩み展に出品される。(10・7−12・4 於:国立国際美術館〉「無衣の女」
11月 開館記念特別展 海・そのイメージと造形に出品される。(11・19−12・25 於:下関市立美術館)「西伊豆」−130
1984(昭和59)年 9月 日本の洋画の三代−明治、大正、昭和−展に出品される。(9・22−10・28 於:石橋美術舘・久留米)「トレド風景」−24「風景」(水彩)「海芋とキリン草」  
10月 近代洋画の200年展に出品される。(10・4−11・25 於:東京富士美術館・八王子)「静物」−115
11月 近代日本の人物画展に出品される。(11・2−25 於:富士美術館・富士宮)「レースを着る女」−30
1985(昭和60)年 10月 近代洋画の展開 初期独立美術協会の作家たち展に出品される。(10・5−28 於:和歌山県立近代美術館)
「レースを着る女」−30「黄色い花の枕の裸婦」−36「鏡を持つ女」−40「無衣の女」「鏡」」−66「ダリヤ」「箱根」−83
12月 パリを描いた日本人画家展に出品される。(12・3−1986・2・2 於:カルナバレ美術館・パリ、神奈川県立近代美術館、三重県立美術館)「パリの冬」−21「立てるソニア」−39
1986(昭和61)年 4月 大原美術館所蔵品展・近代日本洋画の名作に出品される。(4・19−5・18 於:福島県立美術館、その後滋賀県立近代美術舘、三重県立美術館、そごう美術館で開催)「少女像」−50
5月 児島善三郎鑑賞展が開催される。(5・23−6・4 於:日動画廊・東京)
8月 近代日本の洋画と西洋模倣と創造の一世紀展に出品される。(8・15−9・26 於:静岡県立美術館)「鏡を持つ女」−40「鏡」−66
10月 日本近代洋画の歩み 描かれた人間像展に出品される。(10・7−11・3 於:鳥取県立博物館)「レースを着る女」−30「黄色い花の枕の裸婦」−36「立てるソニア」−39
1987(昭和62)年 2月 青木繁と日本近代洋画の青春像、石橋美術館名作展に出品される。(2・19−3・15 於:名古屋市博物館 3・19−4・12 於:浜松市美術館)「トレド風景」−24
3月 第23回名作展 描かれた室内に出品される。(3・4−22 於:岡山県総合文化センター)「鏡を持つ女」ー40
7月 FBS福岡放送収蔵作品による近代絵画の流れ展・ヨーロッパと日本に出品される。(7・25−8・30 於:笠間日動美術館)「果物」「薔薇」
10月 日本近代洋画の歩み展に出品される。(10・30−11・29 於:大分県立芸術会館)「フランス風景」−O「箱根」−83
1988(昭和63)年 2月 日本の洋画 −そのルーツ−展に出品される。(2・25−3・5 於:フジヰ画廊)「バラ」
3月 イメージの風土学(川の筑後と海の筑前)展に出品される。(3・19−4・17 於:福岡県立美術館)「椀る女」−38「代々木の原」−75「婦人座像」−133「ミモザの花その他」−138「箱根」
昭和前期洋画の歩み展に出品される。(3・19−4・17 於:姫路市立美術館)「鏡を持つ女」ー40「箱根」−83
4月 花の表現展に出品される。(4・6−5・5 於:埼玉県立近代美術館)「雪柳と海芋に波斯の壺」
名画が彩る日本の近代洋画展に出品される。(4・29−5・22 於:世田谷美術館)
9月 近代日本の洋画と西洋展に出品される。
11月 児島善三郎とその周辺展が開催される。(11・15−12・18 於:福岡市美術館)
常設企画展示 所蔵品「福岡市展望」−F「鏡」−66ほか
1989(平成元)年 4月 日本油彩画の独自性を求めて展に出品される。(4・11−6・7 於:東京都美術館)「下板橋雪景」−C「福岡市展望」−F「梳る女」−38「春遠からじ」−102など12点。
7月 日本的フォーヴィズムの一断面展に出品される。(7・1−8・6 於:福島県立美術館)「窓からの風景」−I「丘の見える村−L「独立美術首途」−60「春待つ田園」−80「箱根」−82
10月 昭和の洋画百選展に出品される。(10・25−11・6 於:松屋・銀座、その後三越・広島、大丸・心斎橋で開催)「立てるソニア」−39「アルプスヘの道」−108
11月 日本経済新聞社主催により児島善三郎展が開催される。(11・15−12・3 於:奈良そごう美術館)「青衣の母像」−Aなど
児島善三郎水墨・水彩画展が開催される。「箱根」−153「瀬戸の松」−155「渓流」−156「炎天」−157「田園図」−158「富士山」−160「田園雨後」−161「薔薇」−162(11・24−12・6 於:兒嶋画廊・東京)
1990(平成2)年 10月 −明治・大正・昭和の洋画−画家たちの女性像展に出品される。(10・3−11・25 於:メナード美術館)「レースを着る女」−30
11月 今西中通と熱き画家たち展に出品される。(11・15−12・16 於:北九州市立美術館)「黄色い花の枕の裸婦」−36「箱根」−82「春待つ田圃」−80
1991(平成3)年 1月 画家達の青春と留学(明治から大正へ)展に出品される。(1・15−2・11 於:西宮市大谷記念美術館)「黄色い花の枕の裸婦」−36「南仏カーニュの小橋」−N
3月 近代洋画の名作(東京国立博物館蔵)展に出品される。(3・21−4・21 於:呉市立美術館、その後福岡県立美術館、福島県立美術館、豊橋市美術博物館、北海道立旭川美術館で開催)「アルプスヘの道」−108
5月 西洋絵画への挑戦(洋風画から洋画へ、そして)展に出品される。(2・20−3・3 於:長崎県立美術博物館、その後福岡県立美術館、佐賀県立美術館で開催)「梳る女」−38「代々木の原」−74「蓮花」−111
7月 昭和の絵画 第一部 戦前−伝統と近代展に出品される。(7・13−8・11 於:宮城県美術館)「箱根」−83
10月 20世紀・日本の絵画展に出品される。(10・12−11・24 於:ふくやま美術館)「箱根」−82
1992(平成4)年 4月 日本のリアリズム・1920’S−50’S展に出品される。(4・11−6・7 於:北海道立近代美術館)「立てるソニア」−39「鏡を持つ女」−40
6月 物故作家シリーズNo.3・巨匠たちの名作展に出品される。(6・22−7・4 於:フジカワ画廊・東京、7・9−7・22 於:フジカワ画廊・大阪)「薔薇」「アルプスヘの道」
10月 フォーヴィズムと日本近代洋画展に出品される。(10・30−12・20 於:愛知県美術館)「カテドラル・ド・ナント」−R「箱根」−82「鏡を持つ女」−40「東風」−89「鏡」−66
1993(平成5)年
児島善三郎実行委員会主催により児島善三郎展が開催される。(7・14−8・8 於:福岡市美術館、8・20−9・12 於:千葉そごう美術館、9・18−10・31於:茨城県近代美術館、11・17−12・5 於:小田急美術館、1994・1・4−2・6 於:三重県立美術館)
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