このページではjavascriptを使用しています。JavaScriptが無効なため一部の機能が動作しません。
動作させるためにはJavaScriptを有効にしてください。またはブラウザの機能をご利用ください。

ごあいさつ

児島善三郎(1893〜1962年/明治26〜昭和37年)は独立美術協会の結成に際して、世界に誇り得る新日本美術の実現を期すことを僚友とともに宣言しました。つまり、日本独自の新しい絵画−いわゆる「日本人の油絵」を創造することを目標に、日本的感性に立脚した個性の表現を目指したのでした。

しかし、児島とともに「日本人の油絵」を推進した独立美術の画家たちの一般的な作風は、フランスのフォーヴィスムに日本古来の画風を加味した、いわゆる南画風フォーヴと呼ばれるものでした。それに対して児島が意図したものは、あくまで西洋絵画の写実的な造形の骨格を基本としながら、その西洋的な造形と日本の伝統的様式との融合をはかることでした。これを児島流に言えば、西洋絵画の特質たる写実的な骨格と量感を、おおらかで優美な日本的装飾様式で肉付することにあったと思われます。写実と様式との格闘のなかで、児島は1930年代後半の日本的風景画、あるいは40年代以降の風景画や静物画のなかで、新しい装飾的な伝統様式を復活する画家となっています。

このように児島善三郎における「日本人の油絵」は、その生涯をつらぬく絵画思考となり、絵画精神と呼ばれるべきものとなっていますが、それは3年にわたるフランス留学(1925〜28年/大正14〜昭和3年)の中で準備されたことは言うまでも・?りません。そこで本展は、従来殆ど紹介される機会のなかった児島の滞欧作品を数多く展示し、その独自な「日本的油絵」思考の形成についての推移を検証したいと思っています。さらにその造形思考がその後の児島の制作に対して、具体的にどのような指針となっていたのか、あるいはこのような伝統様式に近づこうとする日本洋画の自己回帰的な試みが、近代美術史上どのような意義をもつものか、などの問題について考究したいと思います。

今日、児島善三郎が近代日本の洋画史を代表する画家であることは言うまでもありませんが、児島の生誕100年を迎えた記念すべき本年、この展覧会によってその画業が、さらに一段と高く評価されることを心から願っています。

最後に、開催にあたり、多大のご協力を賜わりましたご遺族をはじめ、各所蔵家、その他関係各位に対し心からお礼申しあげます。

1993年

主催者

ページのトップへ戻る