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土のワークショップをプランニングして

近藤真純

今回、阿山町を開催地として選んだのは、過去に土を題材にしたワークショップを当館が実施したことがなく、人々の生活と密接に関わりながらも日常生活の中で子どもたちがなかなか目を向けることのない土を扱うワークショップを筆者自身がやってみたいと考えたことが発端である。阿山町は、起源を7世紀後半から8世紀とする伊賀焼の産地であり、耐熱度の高い陶土が探れることを利用して土鍋などの生活雑器がつくられてきたところである。そこに住む子どもたちが土の新しい可能性を探るようなワークショップを体験することで、土や伊賀焼への愛情を深め、新しい視点で土を見つめられるようなきっかけになればと考えたのである。

次に、アーティストに関して。「発見!わたしの村わたしの町」ワークショップにおけるアーティストの役割は、子どもたちと関わりながら、子どもたちに芸術的・創造的な刺激を与えていくことである。また、準備段階では、ファシリテーターが必ずしも取り扱う題材について専門的な知識を身につけているわけではないので、アーティストの知識や技術などにより、プログラムの作成などに技術的な裏付けを与えていくのもその役割である。アーティストには、いくつかの条件がかんがえられる。まず、やろうとしているワークショップのテーマにあった造形活動をしているかどうかという点。次に、作品が魅力的かどうかという点。最後に、心が子どもに向かって開かれているアーティストかどうかという点である。以上3点を考慮して阿山町ワークショップのアーティストは、造形作家の西村陽平氏に依頼した。西村氏が生み出す作品は、雑誌をそのまま焼いたものなど様々あるが、どれも不思議な美しさをたたえたものであり、さらにその背景には日常我々が目にするものに対するアーティストの考えが明確にあったことも大きい。ぜひ子どもたちに西村氏と、そして同氏の作品と出会わせたいと思ったことが始まりである。西村氏は、陶芸と立体造形の二分野を活動領域とし、焼成と土そのものにこだわって様々な可能性を模索している。また、千葉県の盲学校に長く勤務し、国内外で土を使ったワークショップ実施の体験も豊富である。

西村氏に阿山町ワークショップの趣旨を説明し、それに沿った形でお互いがプログラムのアイディアを考え、持ち寄って相談することにした。西村氏のアイディアは、後述する3番目のプログラムとして採用しているが、非常に大がかりであったため、プログラムのメインに据え、そこにつなげる形で筆者のアイディアであった1・2番目のプログラムを圧縮して前半部分を組み立てることにした。

ワークショップを開催する場所も、ワークショップを構成する上で非常に重要なことである。子どもたちの活動を支える場のカといったものが感じられるような場所を選ぶ必要がある。場所選びの条件としては、「プログラムに合い、その中味をさらに深いものとすることができるか。」、「活動するのに十分な広さがあるか。」、「安全であるか。」、「真夏に活動するのに、子どもが快適に過ごせるような日陰があるか。」等々の他、「水の供給はどうか。」、「トイレは確保できるか。」などの基本的条件も忘れることができない。しかし、本当に良い場所、適した場所というのは、そういった諸条件だけでなく、その場所自体から発する一種の力も大きな要素である。阿山町ワークショップの会場となった旧まるばしら保育所跡地と秋野美和子氏宅の庭もそういった場所であった。旧まるばしら保育所跡地は、前半のプログラムには、最適の場所であった。後半のプログラムについて西村氏よりアイディアを聞いたとき、筆者は周りの風景も取り込んだ作品づくりをしたいと考えたのだが、「後半のプログラムについてはより適した場所があるのでは‥・・・・。」との思いを一部に残していた。旧まるばしら保育所跡地の近くで、土を掘り出させてもらえる場所はないかと付近をさがしていたところ、秋野氏宅と出会った。そこは、なだらかな山の斜面に子どもたちが斑ごとに作業をするぐらいのスペースがいくつも点在し、そのスペースを取り囲む風景もそれぞれが美しく展開していた。後半のプログラムにふさわしい場所で、「この場所しかない!!」という思いがわき上がるような所であった。

そして、ワークショップの計画は、地域の人々と実行委員会を組織する段階に進んだ。「発見!わたしの村わたしの町」ワークショップは、子どもたちが様々な体験をすることが最大の目的であるが、それ以外にも大切な目的がある。それは、ワークショップが単に一夏のイベントで終わるのではなく、子どもたちの日常生活に返っていくものになることである。もし、幸いにしてワークショップでの体験そのものが子どもたちの財産となった時に、これを生活に生かそうとする子どもたちの気持ちに答えられる地域や家庭があることを願っている。そのため、わたしたちは子どもたちに地域に住む大人たちと関われるようにしたり、大人たちにも子どもたちや地域に目やJL、を開けるようにしたり、子どもたちを支える大人同士のつながりを深めてもらおうと、地域で実行委員会を組織して活動しているのである。

阿山町ワークショップ実行委員会には、事務局の呼びかけに答えて、伊賀焼関係者、PTA連絡協議会・青少年育成指導者連絡協議会・スポーツ少年団、町職員、学校教育関係者など実に様々な立場の人が参加した。そして、実行委員会に筆者とアーティストによってつくられたプログラムの原案が出された。この原案は、「直接伊賀焼と関わるようなワークショップではなく、様々な土の可能性を探り、子どもたちが土に対して目を開き愛情を深めることを入口にして伊賀焼に光を当てるようなワークショップをしたい。」という考えから作成したものである。「焼く」ということは、土の可能性の大切な一つの方向であると考えたが、3日間の中で焼き物としての形をなすことは、難しいように思われた。「後日、作品の焼成を大人に委ねるのではなく、また、日程とプログラム進行を考えて、3日間で完結し、子どもたちが最後に立ち会えるようなワークショップにしたい。」という考えから、乾かないうちにバーナーであぶって焼き色を付けてもはじけないように粘土に混ぜものをして、焼くことの疑似体験をしてもらおうと考えた。予想していたことであったが、伊賀焼関係の方々から「焼き物に直接関わるプログラムを入れたい。」という意見が出された。そして、「子どもたちに成功の喜びを味わわせたい。」という思いから、「作品を乾かした後、後日大人が焼成する。」という意見が出された。しかし、「子どもたちには、常識に縛られることなく、ワークショップ期間中に様々な可能性を試す態度を体験してもらいたい。」ということもあって、「たとえ失敗しても良い。そのフォローはできるし、失敗の体験から見えてくることがある。」と考えた。「子どもたちにこのワークショップでしか味わえないようないろいろな体験をしてもらう」という基本的な考えを確認した上で、プログラムが詰められていった。そして、地元関係者も体験したことがない3日間で成形から焼成・窯出しまでする野焼きにチャレンジすることになった。

今回のワークショップでは、「土つちワールド阿山 ふれる・感じる・つくる〈まち〉」をテーマにし、「五感をフルに使って土を味わうこと」をキーワードにして、主なプログラムとして次の3つを考えた。

  1. 全身で土と触れ合う班別対抗ゲーム。
  2. 「大地から生まれ出るもの」をイメージしてそれぞれが形をつくり、バーナーであぶって焼き色を付けたり、3日間の中で窯出しまでする超高速野焼きをする。
  3. 「大地のエネルギー」をイメージして、班ごとに制作場所を決め、枝などの形を利用しながら、その場所にあった形の巨大なオブジェをつくる。

1のプログラムでは、人とも土とも仲良くなることを目的とした。最初のプログラムということもあって、ここでどれだけ全身を使って土を扱えるか、3日間斑行動を共にする人とどれだけコミュニケーションをとれるようになるかが、3日間のワークショップをうまく運ぶために大切ではないかと考え、ゲーム仕立てのプログラムを設定した。

2のプログラムでは、普段やったことのない粘土の扱い方を体験してもらおうと考えた。このプログラムの前に、アーティストの作品を紹介したり、陶芸の可能性を地元で追究している三重県窯業センター伊賀分場長の北川幸治氏などの話を通じて、発想を柔らかくして、新しい可能性を追究することの大切さを感じてもらった。このことは、3のプログラムにもつながっていくことだと考えた。

3のプログラムでは、場の力・場の特性を感じ、そこを取り込んで作品をつくっていくことを考えた。自分の思いを表現するだけではなく、感じることも大切にしたかったし、また、アーティストの考えや方法にもふれる機会であると考えたのである。

2と3のプログラムのテーマをイメージする手がかりとして、元永定正氏の「もこもこもこ」という絵本を子どもたちに読み聞かせた。元永氏によれば、これは「大地から生まれ出るもの」や「大地のエネルギー」をイメージしたものではないということであったが、これらのイメージにつながるものを筆者は感じたし、同氏が上野市出身であることもあって、プログラムの中で活用することにした。

他にも、プログラムの幅を広げ、子どもたちの体験がワークショップ後の生活に少しでもつながっていくことを考えて、プログラムの随所に地元関係者による土についてのレクチャー等も取り入れた。また、阿山各地から土を集め、子どもたち自らも土を採取して、阿山の土を存分に味わうことにしたり、阿山の土で栽培された米や野菜を使った食事を味わうことも、プログラムの中に組み込んでいった。

このようなプログラムを用意して、阿山町ワークショップが始まった。子どもたちは、服が汚れたり、泥まみれになることを気にすることもなく、全身で最初のプログラムを楽しんでいた。このゲームの間に、他の学校の子どもや大人たちともすぐに仲良くなっていったようである。その後、2番目のプログラム「大地から生まれ出るもの」づくりとなった。ここでは、少し失敗があった。大人も子どもと一緒にそれぞれの作品を制作をしたのだが、大人が「大地から生まれ出るもの」をイメージせずに器や皿をつくり始め、その影響を受けて子どもも同様のものをつくり始めたのである。「発見!わたしの村わたしの町」ワークショップは、単に子どもたちが制作をする場ではない。子どもたちが表現活動をしながら、様々に大人たちとも交流をして、地元の良さを発見していく場である。したがって、大人も子どもと共に表現活動をするため、このような失敗も起こり得るのである。この失敗に立ち、2日日以降は共同制作ということもあって、大人が意見を出す前に、まず子どもの意見を聞こうということを打ち合わせた後、大きな3つめのプログラムへと入っていった。さらに、3日日が始まる前の打ち合わせでは、大人の子どもへの対応として、子どもたちから意見を開くときに、性急に答えを求めるのではなく、子どもの呼吸を感じ取り、子どものリズムに合わせて答えが出てくるのを待つことが確認された。実際、3日間で子どもたちと接する大人の動きは変化し、それぞれが子どもたちとの関係の中から発見することが多くあったように見受けられた。このプログラムで、子どもたちは、楽しみながらものをつくり、形を自由にイメージしていけるようになったと思う。また、五感全部を使って物事を多角的に体験をすることができたようである。

地域の教育力がなくなったと言われて久しいが、毎年ワークショップをして思うことは、きっかけさえあれば地域の子どもたちのために何かをしてあげたいと考える大人は、どの地にも多くいるし、そういう人々が手を携え合って子どもを育む地域社会をつくっていけるということである。

前述したように「発見!わたしの村わたしの町」ワークショップがこのような人々のつながりのきっかけになればありがたい。また、それぞれの地域での大人の思いがつながって三重の子どもを育むネットワークのようなものが、いつの日かできればと考えている。

(こんどうますみ・三重県立美術館)

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