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「三重の子どもたち展」と三重県立美術館の教育活動

毛利伊知郎

「三重の子どもたち展」は、1983年2月に第一回が開催され、1995年度から現在のような二部構成となって今に至っている。

その間、松阪市で開催された1994年度、ワークショップ開催を見送って「アトリエ・エレマン・プレザンに集う17人の作家たち」第一部とした1998年度のように変則的な年もあったが、展覧会そのものは既に18年の歴史を持つことになる。

この間に、日本と世界の状況はいうまでもなく、日本の美術館活動、美術館を取り巻く環境は大きく変化してきた。さらに、子どもたちの世界や教育界に大きな変化が起きていることも、周知の事柄である。

美術館活動の変化ということでは、情報サービスや子どもたちを主たる対象とした教育プログラムの重要性が強く叫ばれ、全国各地の美術館で様々な試みが行われるようになった。

そうした子ども向けプログラムの一つの試みとして、三重県立美術館では、子どもたちが少しでも美術館と美術作品に親しみを持ってもらえればと、所蔵作品を活用した小企画展「子ども美術館」を1997年から夏休み期間中に開催してきている。

「子ども美術館」には、「恐怖感」・「リズム感」など造形作品が持つ諸側面や、作品自体の在り方等をテーマに、作品には様々なアプローチの可能性があることを、子どもたちが楽しみながら体で感じてくれればという期待が込められている。

この展覧会は、テーマ設定から展示構成の仕組みまで、その総てが美術館ボランティアと担当学芸員による手づくりによって行われていて、小規模ながらも内容には三重県立美術館らしさが強く現れていると筆者は考えている。

この「子ども美術館」と性質、内容、規模等は全く異なるが、「三重の子どもたち展」も三重県立美術館の子ども向けプログラムの一つとして位置づけられている。

しかし、上記のように「子ども美術館」の運営の大部分が美術館内部で行われているのとは対照的に、「三重の子どもたち展」には美術館外から多くのスタッフが参加している。

それは、事業規模の大きさも要因の一つだが、活動の性質や目的、三重県立美術館の組織の在り方とも大きく関係している。

「子ども美術館」が、いわゆる鑑賞を主眼としているのに対して、「三重の子どもたち展」は子どもたち自身の表現する行為(いわゆる創作)と大きく関係した活動である。

もちろん、鑑賞にかかわる活動についても言えることだが、高度な専門的訓練を積んだエデュケーターを持たない当館のような美術館が、どこまで子どもたちの表現行為に関わることができるのか。それは大きな課題であると筆者は考えている。

現在の「三重垂の子どもたち展」第一部のワークショップ部門は、その大部分を外部に依存して実施している。もちろん、メリットも少なくないのだが、そのことに起因する様々な問題をどのように考えていけばよいのだろうか。特に、企画立案に関する美術館倒の主体性や、この活動の美術館活動全体の中での位置づけをどのように考えるべきなのか、学芸部門も関わった深い議論が改めて必要であると、筆者は反省を込めて考えている。

また、第二部の在り方についても問題は少なくない。学校教育の有り様が大きく変わりつつある現在、軽率な発言は差し控えなければならないが、学校の図工・美術教育一特に創作教育と美術館とはどのように関わっていけばよいのだろうか。

第二部の準備会議に出席していて常々感じることは、学校教育における制度的な諸制約が筆者の予想よりはるかに大きいことと、個々の教員の意識に関わる問題が少なくないことである。諸々の制約を越えて、学校と美術館とが互いの立場や考え方の相異を認めた上での、実質的で柔軟な連携というものが、どのようなかたちで可能なのだろうか。

従来のような出口の見えない試行錯誤を続けながら、今後もこのまま「三重の子どもたち展」を続けていってよいのだろうか。

ゲスト・エデュケーターのようなシステムを美術館に整備することも一つの選択肢であると思われるが、より広範に「三重の子どもたち展」も含めた三重県立美術館の教育活動の在り方全体について、専門的な立場も交えて、オープンに議論することが必要とされる時期が来ているのではないだろうか。

(もうりいちろう・三重県立美術館)

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