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あいさつ

ひとりの芸術家の初期から晩年にいたる作品群が,美術史上の歴史的転換期と重なっている場合,その芸術家が,同時代の他の卓越した作品を,如何にして自家薬籠中のものにしたかを跡づけることは,きわめて興味深いことだといえるでしょう。近年いよいよ名声が高まりつつある,オランダ象徴主義絵画の代表者ヤン・トーロップ(1858−1928)は,まさにその貴重な例を示してくれる注目すべき画家のひとりといってよいでしょう。

トーロツプが生きた19世紀後半から20世紀初頭にかけての時代は,世紀の転換期として,美術史上ではかつてないほどの激しい“革新”がなされました。つまり印象主義に始まって,新印象主義,後期印象主義,象徴主義と続き,やがて現代美術の幕開けを用意する野獣派や立体派が登場するという,激動の時代でした。この時期は,ひとりの個性的な芸術家のインスピレーションが,芸術家同士の交流を通じて,驚くほど短期間のうちに,彼らの集団を越え,さらに国境をも越えて世界中に広がり,時代の“先端”となった時代でした。

ジャワ島に生まれ,後にデン・ハーグに渡り,アムステルダム,そしてブリュッセルで絵画を学んだトーロップは,ブリュッセルにおいて,その運命的な歴史の渦中に身を投じることになります。当時ヨーロッパの前衛美術の拠点であった「二十人会(レ・ヴァン)」への加入を契機に,トーロップは,ヨーロッパの数多くの前衛芸術家や文学者との交流を深めて,やがて初期の印象主義的な様式から,点描主義,象徴主義へと自己の様式を展開していきました。その上,彼は当代の先端をゆく様式や観念に見事に適応し,また深く的確な理解に到達しました。これはトーロップという画家の旺盛な探求一心と豊かな感受性,加えて卓抜なデッサン力に支えられた活動の成果に他なりません。とりわけ,線描家と呼ばれるほどに精緻を極めた流麗かつ律動的な描線には目を見張るものがあります。また一方で,彼の絵画には生まれ故郷ジャワの風土に由来する特質が,色濃く反映されていることも忘れてはならないことでしょう。とくに彼の象徴主義的絵画は,古いジャワの芸術を想起させる魅力ある神秘と謎めいた雰囲気を醸し出しています。

あるときはアール・ヌーヴォーの先駆的なグラフィック・アーティストとして,またあるときはカトリックの宗教画家として,さらには前衛美術を紹介する展覧会の企画者として,トーロップに冠せられる称号は多岐にわたっています。まさに一見したところ,無定見とも思われる掴みどころのない,多彩で変幻自在な活動は,世紀末の芸術家たちの中にあってもひときわ異彩を放っています。

本展はヴィクトリーヌ・ヘフティング女史の地道な研究とご尽力によって実現したもので,世紀末に活躍した異色の画家ヤン・トーロップの全貌を,129点の作品で展観するものです。展覧会開催にあたり,ご協力を賜りました所蔵家および関係各位に厚くお礼申し上げます。

1988年
主催者

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