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ごあいさつ

岩中徳次郎は、和歌山児西牟婁郡上富田町の生まれですが、1944年に志摩郡阿児町鵜方に移り住み、三重県で画家として活躍しました。1948年の第1回県展の知事賞受賞者であり、1949年から57年までは、県展の審査員をしています。岩中さんは幾何学的抽象の画家ですが、50歳をすぎて具象から抽象へ大胆な転換を成し遂げた点で、きわめてユニークな画家だったといえましょう。

岩中さんは、エジプトのピラミッドとギリシャのパルテノン神殿、日本の前方後円墳、ジオットの絵も雪舟や北斎の絵も、パリの凱旋門も竜安寺の石庭、池妨の立華にも、つまり、古今東西のあらゆる造形の基底に普遍的な図法が存在する、という確信の持ち主で、このことに関していくつかの著述を著しています。このような造形の理法は、自然界にも及ぶべきものとして、岩中さんは、それを独自に考案した計測法によって、実証しようとしました。こういった岩中さんの考えを、一種の調和の思想ということができましょう。

岩中さんの作品の世界は、色彩と形体の織り成すハーモニーの世界です。いわゆる幾何学的抽象と呼ばれる作風ですが、それらは決して理づめの冷たいものではなく、むしろその反対で、澄明な生の喜びに満ちています。画家岩中徳次郎は、理知の人というよりも、感性の人であったように思えます。このような感性は、美しい南紀や志摩の風物と深い関係があるのではなかろうか、と想像してみたくなります。

この度、岩中さんゆかりの阿児町と三重県立美術館の共催によって、岩中徳次郎展を開催し、その画業を回顧することにいたしました。岩中徳次郎の作品の世界を楽しんでいただきたいと存じます。

1994年6月

三重県立美術館長 酒井哲朗
阿児町長   森本隆治

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