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参考文献

(毛利伊知郎・編)

1.石井鶴三作品集・著述文献─単行図書

『石井鶴三素描集』 昭和5年 光大社  
『石井鶴三素描集』 昭和9年 光大社 序に代えて」 新妻莞
「石井鶴三の挿絵」 木村荘八
『凸凹のおばけ』 昭和13年 光大社 「山の幻影」 「凍の追懐」 「踊り子に就いて」 「児童自由画展覧会所感」
「観心寺・高野山・奈良」 「妹の絵」 「中原君と私」 「常吉と鶏の卵」 
「ダリヤについて」 「凸凹の妖怪」 「顔」 「素描と塑造」 「木喰上人の彫刻」
「坂本繁二郎氏小感」 「貧乏時代の回顧」 「犬もあるけばぼうにあたる」
「ある日の日記」 「雲」「泥塑人独語」 「相撲雑歌」 「日清戦争の思ひ出」
「國定忠治の風貌」 「放庵小太刀の由来」 「忘れられぬお正月」
「春陽会明るくなる」 「たばこぎらひ」 「燮痴奇心術論」 「挿絵の話し」
『春陽会随筆五人』 昭和15年 第一書房 「針木岳より爺岳」 「院展の彫刻」 「木彫」 「奥原晴湖の俤」 「立体に生きる」
「心棒」 「中川一政」 「春陽会講習会開講の辞」 「絵画と彫刻」 「室戸岬」
「境峠」 「新文展」 「写生」 「雪をゑがく」 「青梅」
「彫刻と相撲」 「宮本武蔵の彫刻」 「線描」 「春場所三日目」
『宮本武蔵挿絵集』 昭和18年 朝日新聞社 「鶴三氏の挿絵」 吉川英治
『石井鶴三随筆集 凸凹のおばけ』
  中島謙吉編 昭和18年 二見書房
昭和13年発行本に以下を追加。
「二料会美術院両展覧会所感」 「金ちゃんの顔」 「自由画の流行」
「さしゑ画家として」 「写生」 「彫刻の見方」 「木彫の見方」
「《木彫の技法》推讃」 「中村清太郎氏の《雪山》に就いて」 「研究所雑感」
「山の話」 「挿絵」 「画生活雑感」 「日本画の称呼」
『宮本武蔵・現代名作名画全集』第1巻
  昭和22年 六興出版
 
『石井鶴三版画集』 昭和53年 形象社 「はしがき」「彫刻家石井鶴三」 中川一政
「石井鶴三先生と日本の版画界」 橋本興家
「鶴三と私」 池田満寿夫
「版画デッサン論・版画談技」 石井鶴三
『石井鶴三文集T』昭和53年 形象社 「中原君と私」 (『彫刻の生命 中原悌二郎とその芸術』 大正10年)
「彫塑講習会発足にあたって」 (小県上田教育会 大正13年7月)
「奥原晴湖の悌」 (大正15年8月)
「素描集出版に際して」 (『石井鶴三素描集』 昭和5年5月)
「山の話」 (昭和5年7月 東日講堂での講演)
「心棒」 (昭和7年11月)
「『石井鶴三挿絵集』序文」 (『石井鶴三挿絵集 第1巻』 昭和9年7月)
「素描(デッサン)」 (『洋画教本』(学校美術協会版) 昭和10年7月)
「挿絵の話」 (昭和11年4月 NHKラジオで放送)
「絵画と彫刻」 (昭和11年5月)
「室戸岬」 (昭和11年6月)
「新文展」 (昭和11年11月)
「雪をえがく」 (昭和13年2月2日 東京放送局で放送)
「線描」 (昭和14年11月)
「春場所三日目」 (昭和15年1月)
「直線と美術」
「『宮本武蔵』 挿絵集」 (昭和18年4月)
(編者注=定期刊行物の欄に掲載の本書所収文献は除く)
『石井鶴三文集 U』昭和53年 形象社 「山梨御巡幸随行記」 (『天皇の印象』 昭和24年 創元社)
「彫刻について」 (『中学校・美術』 (信濃教育会) 昭和29年)
「彫刻の先覚荻原碌山」 (『彫刻家荻原碌山』 (信濃教育会) 昭和29年)
「『霧の山稜』の復刊に際して」 (『霧の山稜』 (加藤泰三著) 昭和31年3月)
「美術を担当して」 (『婦人之友』愛読者観劇の夕 昭和35年)
「彫刻いろはがるた」 (上田彫塑研究会 昭和41年8月7日)
「挿画の思い出」 (『日本文学の歴史・月報12』 昭和43年)
「山本有三文学碑建設前後」 (『カラー版日本文学全集・しおり18』 昭和43年)
「デッサンについて寸言」 (昭和44年)
「東京パック時代の楽天先生」 (『北沢楽天画集』 昭和46年)
「藤村先生寿像制作の頃」 (『藤村全集パンフレット』 昭和45年)
(編者注=定期刊行物の欄に掲載の本書所収文献は除く)
『山精 石井鶴三資料集』 石井蹊子編
  昭和58年 形象社
「山のこと」 「山に登る時の歩き方」 「山岳と芸術教育」 「彫刻の見方」
「飛鳥人の力と夢」 「伎楽面の彫刻性」 「彫刻の先覚荻原碌山」
「明治時代の彫刻」 「たくましい日本の造型力」 「画の第一義」
「明治洋画家の士魂」「妹の絵」「我古と乾也」 「美術家修業」
「私の好きな酒の肴」 「挿絵寸感」 「木彫」
年譜・書誌
自著目録
展覧会出品目録
ブロンズ作品所在一覧
編者あとがき
『石井鶴三全集 第2巻 1921年〜1924年』
  昭和61年 形象社
「上司小剣の『東京』と石井鶴三の挿絵」 紅野敏郎
「大正末期の石井鶴三」 三木多聞
「石井鶴三さんのこと」(月報) 陰里鉄郎
『石井鶴三全集 第3巻 1925年〜1927年』
  昭和61年 形象社
「『大菩薩峠』の挿絵」 尾崎秀樹
「石井鶴三の挿絵」 匠秀夫
「涼しい君子 鶴三」(月報) 米倉守
『石井鶴三全集 第4巻 1928年〜1930年』
  昭和61年 形象社
「『南国太平記』『春泥』『吉良家の人々』」 紅野敏郎
「石井鶴三は」 三木多聞
「石井さんのこと」(月報) 中川一政
『石井鶴三全集 第5巻 1931年〜1934年』
  昭和62年 形象社
「『國定忠治』などの挿絵」 尾崎秀樹
「『石井鶴三挿絵集』の刊行」 尾崎秀樹
「昭和六〜九年の鶴三の仕事」 匠秀夫
「古代彫刻の見方─石井先生から教えられたこと」(月報) 淀井敏夫
『石井鶴三全集 第6巻1935年〜1937年』 昭和62年 形象社
「『東海美女伝』などの捜絵」 紅野敏郎
「昭和10〜12年の鶴三」 匠秀夫

2.石井鶴三著述文献─定期刊行物 (*印は,『石井鶴三文集』に所収)

「都会が田舎を蚕食して行く」 『楽天パック』1−3 大正元年
*「山の幻影」 『みづゑ』149 大正6年7月号
*「旅の追懐」 『みづゑ』161・162 大正7年7−8月号
*「二科会美術院両展覧会所感」 『みづゑ』176 大正8年10月号
 「『踊り子』について」 『みづゑ』178 大正8年10月号
*「児童自由画展覧会所感」 『中央美術』6−4 大正9年4月号
 「二科所感 上・下」 『東京日日新聞』 大正9年9月9日−10日
*「二科と院展の洋画と彫刻に対する諸家の感想」 『みづゑ』188 大正9年10月号
*「観心寺・高野山・奈良」 『中央美術』6−12 大正9年12月号
*「妹の絵」 『芸術自由教育』 大正10年1月号
*「大家らしい大家」 『中央美術』7−5 大正10年5月号
*「針木岳より爺岳迄」 『みづゑ』199 大正10年9月号
*「常吉と鶏の卵(童話)」 『芸術自由教育』 大正10年10月号
 「私の生活」 『中央美術』7−1 大正10年1月号
 「画家でないかもしれない」 『中央美術』7−2 大正10年2月号
 「金ちゃんの顔」 『中央美術』7−3 大正10年3月号
 「中原悌二郎君を悼む」 『中央美術』7−4 大正10年5月号
*「塩原多助の絵本を見つつ」 『詩と版画』1 大正11年
*「二科展覧会を見て」 『明星』 大正11年5月号
*「自由画の流行」 『婦人之友』 大正12年1月号
 「『ダリア』について」 『みづゑ』217 大正12年3月号
 「春陽会の鑑査に加わって」 『みづゑ』220 大正12年6月号
*「さしえ画家として」 『中央美術』94 大正12年7月号
*「版画の趣味」 『週刊朝日』 大正13年3月16日号
 「新しい日本人の服装」 『婦人之友』大正13年4月号
*「彫刻の話」 『アトリエ』1−2〜10 大正13年4−12月号
*「写生」 『中央美術』10−8 大正13年8月号
*「院展彫刻鑑査所感」 『中央美術』10−10 大正13年10月号
*「顔」 『婦人之友』 大正13年10月号
 「院展の彫刻」 『アトリエ』1−8 大正13年10月
*「帝展の彫刻」 『アトリエ』1−9 大正13年11月
*「素描と塑造」 『アトリエ』2−1 大正14年1月
*「美術院の彫刻」 『中央美術』11−10 大正14年10月
 「木彫のやり方」 『アトリエ』2−2 大正14年2月号
 「春陽会第3回に際して」 『アトリエ』2−3 大正14年3月号
 「木喰上人の彫刻」 『アトリエ』2−8 大正14年8月号
 「美術院の彫刻」 『アトリエ』2−10 大正14年10月号
*「手工芸協会趣意」 『アトリエ』3−1 大正15年1月
*「坂本繁二郎氏小感」 『アトリエ』3−3 大正15年3月
*「素描寸感」 『デッサン』 大正15年3月号
*「大菩薩峠行」 『婦人之友』 大正15年8月号
*「保田君について」 『中央美術』12−10 大正15年10月
*「院展の彫刻」 『アトリエ』3−10 大正15年10月
 「貧乏時代の回顧」 『婦人之友』大正15年12月号
*「彫刻の見方」 『アトリエ』4−1 昭和2年1月号
*「犬もあるけばぼうにあたる」 『アトリエ』4−4 昭和2年4月号
*「腹の修行の事」 『デッサン』昭和2年5月号
 「中村清太郎氏の『雪山』について」 『アトリエ』4−5・6 昭和2年5・6月号
*「ある日の日記」 『婦人之友』昭和2年6月号
 「私と水彩画」 『みづゑ』268 昭和2年6月号
*「雲」 『中央公論』 昭和2年10月号
*「優作は常連にある」 『アトリエ』4−10 昭和2年10月号
 「戸張孤雁を憶ふ」 『みづゑ』276 昭和3年2月号
*「泥塑人独語」 『アルト』1 昭和3年5月号
*「春陽会の水墨」 『アトリエ』5−6 昭和3年6月号
 「太秦広陵寺の彌勒菩薩像」解説 『婦人之友』 昭和3年5月号
 「栗田雄君に就いて寸感」 『美之国』4−8 昭和3年8月号
*「二十一年生へ」 『婦人之友』 昭和3年8月号
 「遠い夢・近い夢」 『婦人之友』昭和3年9月号
*「相撲雑談」 『春陽会雑報』 昭和4年5月
 「ヴォリュームとは何か」 『アトリエ』6−9 昭和4年9月号
 「院展彫刻入選について」 『アトリエ』6−10 昭和4年10月号
 「展覧会月報・山人会第3回展」 『アトリエ』6−12 昭和4年12月号
*「多田良吉君の事」 『アトリエ』7−2 昭和5年2月号
 「研究所雑感」 『春陽会雑報』 昭和5年
*「日清戦争の思い出」 『大衆芸術』1−8 昭和5年8月号
*「院展の彫刻入選作及び同人作 『アトリエ』7−10 昭和5年10月号
 「春陽会明るくなる」 『春陽会雑報』 昭和6年
 「挿絵」 『春陽会雑報』 昭和6年
 「放庵流小太刀の由来」 『春陽会雑報』 昭和6年
*「立体に生きる」 『婦人之友』 昭和6年7月号
*「八ヶ岳」 『婦人之友』 昭和6年8月号
*「クロッキ画法」 『アトリエ』 昭和7年1月号
*「版画デッサン論」 『版画クラブ』 昭和7年3月号
*「院展の彫刻」 『アトリエ』9−10 昭和7年10月号
*「彫刻」 『文藝春秋』 昭和7年12月号
*「國定忠治の風貌」 『春陽会雑報』 昭和8年4月
*「美術季雑感」 『中央公論』 昭和8年10月号
 「塑像に就いて」 『自由学園新聞』 昭和8年10月3日
*「盲人と美術工芸の問題」 『婦人之友』 昭和8年12月号
*「中川一政を評す」 『春陽会雑報』 昭和9年4月
 「現代日本を代表する絵画」 『春陽会雑報』 昭和9年4月
 「春陽会動勢」 『春陽会雑報』 昭和9年4月
*「美術時評」 『アトリエ』1−7 昭和9年7月号
*「忘れられぬお正月」 『婦人之友』 昭和10年1月号
*「煙草ぎらい」 『莨』 昭和10年2月号
 「変痴奇心術論」 『春陽会雑報』 昭和10年
 「電車の乗客いろいろ」 『婦人之友』 昭和10年10月号
*「木村五郎追悼」 『アトリエ』12−9 昭和10年9月号
*「春陽会の版画」 『みづゑ』 昭和12年12月号
*「牧雅雄に橋本平八」 『アトリエ』13−2 昭和11年2月号
*「画生活雑感」 『春陽会雑報』 昭和11年4月
 「文展一部と三部」 『東京日日新聞』 昭和11年11月13−15日
 「日本美術院鑑査後感」 『美之国』12−10 昭和11年10月
*「境峠」 『サンデー毎日』 昭和11年12月20日号
 「写生に就いて」 『南画鑑賞』6−1 昭和12年1月号
*「日本画の称呼」 『春陽会雑報』 昭和12年4月
*「上田獅子舞」 『春陽会雑報』 昭和12年4月
 「山に登る時の歩き方」 『甲子上太郎生活新聞』 昭和12年8月号
*「挿絵の問題」 『中央公論』 昭和12年12月号
*「彫刻と相撲」 『相撲』 昭和14年5月号
*「上田における倉田白羊」 『近代風景』 昭和15年5月号
*「現代日本の画界七不思議」 『近代風景』 昭和14年5月号
 「青梅」『近代風景』 昭和14年5月号
*「私の見た宮本武蔵」 『東京朝日新聞』 昭和14年7月23日〜25日
*「秋山の思い出」 『東京朝日新聞』 昭和15年11月20日
 「身辺笑話」 『19回春陽会パンフレット』 昭和16年
 「挿絵に秘法ありや」 『19回春陽会パンフレット』 昭和16年
 「挿絵寸感」 『日本電報』 昭和16年新年号
*「芸術の低下許さず」 『東京朝日新聞』 昭和18年4月21日
*「無言の命令」 『東京朝日新聞』 昭和18年5月14日
*「松陰とその門下」 『東京新聞』 昭和18年5月14日
 「かまくら」 『月明紅梅号』 昭和19年
*「全信州美術展より」 『信濃毎日新聞』 昭和20年11月27日
*「彫刻の精神」 『方寸』1 昭和21年5月
*「深大寺の釈迦如来倚像」 『ロゴス』1−6 昭和21年6月
*「第一回日本美術展覧会」 『造形』 昭和21年9月号
*「我が画帳より」 『アサヒグラフ』 昭和21年10月5日
 「半農生活」 『風流』第一輯 昭和21年
*「山房雑筆」 『小説と読物』 昭和22年6月号
*「わたくしのすきな人」 『こども朝日新聞』 昭和23年2月
*「山中人随筆」 『毎日新聞』 昭和23年3月1日
*「生活と美術」 『婦人之友』 昭和23年3月号
*「わらび」 『月刊静岡』 昭和23年5月号
*「三月堂本尊の宝冠」 『三彩』19 昭和23年6月号
 「美術の著作権」 『東京新聞』 昭和23年11月4日
 「空間素描」 『春陽会パンフレット』 昭和24年
*「相撲の行者」 『生活文化』 昭和24年8月号
 「美術院の彫刻」 『三彩』36 昭和24年
*「巖本真理の印象」 『芸術新潮』1−4 昭和25年4月号
*「大平小鼻雑詠」 『農』 昭和25年5月号
*「鯉のぼり」 『東京新聞』 昭和25年5月5日
*「立体感教育」 『東京新聞』 昭和25年5月6日
*「みづこいどり」 『信濃毎日新聞』 昭和25年6月17日
*「立体感の教養」 『信濃毎日新聞』 昭和25年8月29日
*「広隆寺の弥勒」 『芸術新潮』1−9 昭和25年9月号
*「やまどり」 『信濃毎日新聞』 昭和25年11月1日
*「キジ」 『信濃毎日新聞』 昭和25年11月17日
*「ストリップ・ショウ」 『信濃毎日新聞』 昭和25年11月27日
 「友人石黒君」 『農』 昭和25年11・12月号
*「相撲場雑観」 『毎日新聞』 昭和26年1月24日
 「馬鹿正直のくせ」 『婦人之友』 昭和26年6月号
*「日本彫刻史」 『芸術新潮』3−4 昭和27年4月号
*「版画談議」 『芸術薪潮』3−5 昭和27年5月号
 「夏の鳥」 『毎日グラフ』 昭和27年6月10日号
 「飛鳥人の力と夢」 『東京新聞』 昭和27年10月23日
*「法隆寺金堂の雲斗・雲肘木」 『芸術新潮』4−1 昭和28年1月号
*「彫刻家としての高村光太郎」 『芸術新潮』4−3 昭和28年3月号
 「極楽絵」 『春陽帖』30 昭和28年4月
 「彫刻の先覚荻原碌山」 『東京新聞』 昭和28年12月2日−3日
 「荻原碌山の彫刻について」 『信濃教育』798 昭和28年
*「交友」 『春陽帖』31 昭和29年
*「月光菩産再建」 『芸術新潮』5−6 昭和29年6月号
 「こわいカッパ」 『週刊朝日 別冊』 昭和29年8月10日
 「明治洋画家の士魂」 『東京新聞』 昭和29年8月21日
 「吉葉山寸感」 『横綱吉葉山後援会機関紙』 昭和29年
*「心をぞ使いにやりし」 『東京朝日新聞』 昭和30年1月1日
*「武蔵と沢庵展」 『芸術新潮』6−3 昭和30年3月号
 「絵」 『春陽帖』32 昭和30年
 「小山正太郎先生(師を語る)」 『朝日新聞』 昭和30年5月18日
*「小学校入学頃の思い出」 『下谷小学校同窓会会報』 昭和30年10月13日
 「彫刻の先覚荻原守衛」 『国立近代美術館ニュース』11 昭和30年
 「初場所四日目観戦記」 『アサヒスポーツ』 昭和31年1月11日
*「高村光太郎氏をおもう」 『婦人之友』 昭和31年8月号
 「彫刻家高村光太郎」 『文芸臨時増刊 高村光太郎読本』 昭和31年
*「杭州西湖」 『月刊趣味の会』 昭和31年12月1日号
*「清水多嘉示編『ブルデル彫刻作品集』」 『信濃毎日新聞』 昭和31年12月8日
 「伎楽面の彫刻性」 『国立近代美術館ニュース』 昭和31年
*「妙な風習」 『春陽帖』34 昭和32年
 「わが仕事場」 『春陽帖』34 昭和32年
*「甲斐の山村における小林さん」 『三彩』87 昭和32年5月号
 「子供の絵」 『芸術新潮』8−11 昭和32年11月号
 「描かれるロダン純化の跡」 『信濃毎日新聞』 昭和32年12月8日
*「黒の世界」 『芸術新潮』9−1 昭和33年1月号
*「庭園小感」 『東京新聞』 昭和33年1月8・9日
 「新聞社の製版」 『週刊朝日奉仕版』 昭和33年5月14日
*「穂高に建った碌山美術館」 『芸術薪潮』9−7 昭和33年7月号
 「白鳳文化」 『芸術新潮』9−8 昭和33年8月号
*「中国農民の絵」 『芸術新潮』10−1 昭和34年1月号
 「公田先生のお言葉」 『帰一』 昭和34年3月号
*「近代木彫の流れ」 『芸術新潮』10−8 昭和34年6月号
*「佐竹蓬平と地方画家」 『芸術新潮』10−8 昭和34年8月号
*「寸感」 『三宅藤九郎舞台五十年記念誌』 昭和34年
*「鬼面山と箕輪山」 『山と渓谷』 昭和35年3月号
*「蛇」 『春陽帖』37 昭和35年
 「佐藤玄々と天女像」 『読売新聞』 昭和35年4月30日
*「放庵画業六十年」 『新春』80 昭和35年6月号
*「月ヶ瀬の梅」 『婦人之友』 昭和36年3月号
*「彫刻とは」 『芸術新潮』12−4 昭和36年4月号
*「画の指導」 『信濃教育』893 昭和36年4月
 「日本アルプス」 『R』昭和36年9月号
*「鷲にさらわれる」 『春陽帖』39 昭和37年
*「山のこと」 『中等教資料』 昭和37年4月号
*「日本上代の彫刻」 『中等教育資料』 昭和38年12月号
*「青年の目老人の目」 『春陽帖』41 昭和39年
*「尾崎士郎氏を悼む」 『報知新聞』 昭和39年2月20日
 「小杉放庵の死をいたむ」 『東京新聞』 昭和39年4月17日
 「ミロのヴィーナス」 『三彩』174 昭和39年6月号
*「加減九点」 『芸術新潮』15−12 昭和39年12月号
*「たくましい日本の造型力」 『月刊文化財』12 昭和39年12月号
 「所感」 『上小教育』75 昭和39年
「放庵老─周忌」 『春陽帖』42 昭和40年4月
*「佐藤玄々のこと」 『三彩』189 昭和40年8月号
*「信州とのご縁」 『信濃教育』957 昭和41年
「私はどうして絵かきになったのでしょう」 『春陽帖』43 昭和41年
*「芸術の山脈」 『婦人之友』 昭和41年7月号
*「画の第一義」 『日本水彩会誌』34 昭和41年
*「中川一政を語る」 『三彩』196 昭和41年2月号
*「知らざるをたのむ」 『潮』昭和41年4月号
*「山・神の国」 『読売新聞』昭和42年8月13日
*「日本創作版画協会発足の頃」 『みづゑ』750 昭和42年7月号
*「折りの折りの人」 『朝日新聞』 昭和42年12月14日〜26日
*「黒部の猿」 『婦人之友』 昭和43年1月号
*「日本三不動」 『芸術新潮』218 昭和43年3月号
*「渓谷残雪」 『ハイカー』 昭和43年3月号
*「『光秀と紹巴』雑感」 『風』 昭和43年9月号
*「漢代の石刻」 『日中文化交流』134 昭和43年
*「私の相撲スケッチ」 『三彩』237 昭和43年11月号
*「東西合派」 『春陽帖』46 昭和44年
*「画と図」 『文芸春秋』 昭和44年5月号
*「上野付近の石造美術」 『美術ニュース』 昭和44年8月15日
*「画業三代」 『日本経済新聞』 昭和44年9月29日
*「雷電為右衛門」 『P.T.A.雑誌』 昭和41年
*「霧の榛名湖畔」 『日本水彩会議』50 昭和45年
*「山岳と芸術教育」 『信濃教育』1000 昭和45年
*「画人中川一政」 『三彩・増刊』263 昭和45年
*「中門の仁王」 『アサヒグラフ・増刊』昭和45年
*「五十年」 『婦人之友しんぶん』 昭和46年6月10日
*「酒井忠正さんをいたむ」 『相撲趣味』56 昭和46年
*「天意」 『読売新開』 昭和45年6月14日
 「山上の自画像」 『春陽帖』48 昭和46年
*「学生と習作にうち込んだ三週間」 『芸術新潮』267 昭和47年3月号

3.石井鶴三挿絵掲載・装幀文献


単行本
『教育おとぎ先生』(挿絵12点) 北沢楽天編 大正3年 光彩社
『東京 第一部 愛慾篇』 上司小剣著 大正10年 大鐙閣
『桐畑』 里見ク著 大正10年 太陽堂
『花道』 上司小剣著 大正10年 玄文社
『東京 第二部 労働篇』 上司小剣著 大正11年 大鐙閣
『ほうほう蛍 童謡楽謡』北 原白秋詩 大正11年 アルス
『日本アルプス縦走記』 窪田空穂著 大正12年 摩雲巓書房
『童謡詩 柴木集』 島田忠夫著 昭和3年 岩波書店
『春泥』 久保田万太郎著 昭和4年 春陽堂
『吉良家の人々 四十八人目』 森田草平著 昭和5年 改造社
『夜明け前 第一部』 島崎藤村著 昭和7年 新潮社
『U新聞年代記』 上司小剣著 昭和9年 中央公論社
『近畿景観 第六篇 近江・山城』 北尾鐐之助著 昭和11年 創元社
『小説 青鵐』 吉田弦二郎著 昭和11年 講談社
『去る日来る日』 尾崎士郎著 昭和13年 講談社
『やせ猫』 岡田弘子著 昭和13年 立命館
『新しき道義』 岩倉政治著 昭和16年 河出書房
『梅里先生行状記』 吉川英治著 昭和16年 朝日新聞社
『海軍日記』 昭和17年 海軍省
『別格官幣社物語』 新妻伊都子著 昭和17年 家庭新聞社
『江戸から東京へ(3)烈公と国防の巻』 矢田挿雲著 昭和17年 六芸社
『陣中の読書』 佐藤観次郎 昭和18年 新興亜社
『遍路随筆』 茂木慎雄著 昭和18年 朋文堂
『登拝頌』 藤木九三著 昭和18年 山と渓谷社
『海軍』 岩田豊推著 昭和18年 利根書房
『朝の蛍』 斎藤茂吉著 昭和21年 改造社
『千里行』 荻原井泉水著 昭和1年 光文社
『野原の郭公』 若山牧水著 昭和21年 改造社
『槻の木』 窪田空穂著 昭和21年 改造社
『花樫』 北原白秋著 昭和22年 改造社
『一○年』 島木赤彦著 昭和22年 改造社
『人間往来』 與謝野晶子著 昭和22年 改造社
『國定忠治』 長谷川伸著 昭和22年 江戸書院
『能』 三宅襄著 昭和23年 講談社
『赤彦病床記』 久保田夏樹著 昭和23年 沙羅書房
『鳴門秘帖』 吉川英治著 昭和23年 日向書館
『鞍馬天狗・江戸日記』 大佛次郎著 昭和26年 中央公論社
『東京駅』 加藤源蔵著 昭和28年 第二書房
『志賀直哉文庫(一)〜(五)』 志賀直哉著 昭和29年 中央公論社
『國定忠治 子母沢寛集 大衆文学代表作全集(16)』 昭和30年 河出書房
『南国太平記 新編大衆文学名作全集(12)』 直木三十五著 昭和31年 河出書房
『過酸化マソガン水の夢』 谷崎潤一郎著 昭和31年 中央公論社
『山なみを追うて 北信東信編』 昭和32年 信濃山の会
『旅とふるさと』 南賢治著 昭和34年 光大社
『小説国技館』 尾崎士郎著 昭和35年 雪華社
『宮本武蔵 第4〜6巻』 吉川英治著 昭和35年 中央公論社
『大砲から大鶴まで』 相撲趣味の会編 昭和36年 万有出版
『國定忠治 子母沢寛全集(2)』 昭和38年 中央公論社
『父子鷹 子母沢寛全集(19)』 昭和38年 中大公論社
『破戒 島崎藤村(一) 日本の文学6』 昭和39年 中央公論社
『暗夜行路 大津順吉 和解 志賀直哉(二) 日本の文学21』 昭和39年 中央公論社
『破戒 島崎藤村 日本文学全集8』 昭和40年 河出書房
『羅生門 芥川龍之介 現代日本文学館20』 昭和41年 文芸春秋社
『嵐 島崎藤村(一) カラー版日本文学全集10』 昭和42年 河出書房
『夜明け前 島崎藤村(二) 日本の文学7』 昭和42年 中央公論社
『志賀直哉(二) 日本の文学22』 昭和42年 中央公論社
『正宗白鳥 日本の文学11』 昭和43年 中央公論社
『椿 久保田万太郎 日本の文学28』 昭和43年 中央公論社
『無限抱擁 瀧井孝作他 日本の文学38』 昭和43年 中大公論社
『真実一路 山本有三 カラー版日本文学全集17』 昭和43年 河出書房
『南国太平記 直木三十五 カラー版国民の文学3』 昭和44年 河出書房薪社
『風の音』 宇野千代著 昭和44年 中央公論社
『耽溺 毒薬を飲む女 岩野泡鳴他 日本の文学8』 昭和45年 中央公論社

定期刊行物掲載
「歩んで来た道」(挿絵) 田村松魚作 『やまと新聞』 大正7年4−7月
「森の家」(挿絵) 上司小剣作 『婦人公論』大正8年8−9月号
「花道」 上司小剣作 『時事新報』 大正9年4−9月号
「東京 第一部 愛慾篇」 上司小剣作 『東京朝日新聞』 大正10年2−7月
「幸福」島崎藤村作 『婦人之友』大正10年1月号
「風輦と小鳥の糞」 秋田両雀作 『婦人之友』 大正10年2月号
「鐘と水と灰」 相馬泰三作 『婦人之友』 大正10年3月号
「笑はない娘」小 川未明作 『婦人之友』大 正10年4月号
「みをかせだぬき」 中村星湖作 『婦人之友』 大正10年5月号
「乳色の里」 佐々木指月作 『婦人之友』 大正10年6月号
「龍宮へ行った娘の話」 野上彌生子作 『婦人之友』大 正10年7月号
「小さな籠つくり」 上司小剣作 『婦人之友』 大正10年8月号
「石をのせた車」 小川未明作 『婦人之友』 大正10年9月号
「小野の小町」 中里介山作 『婦人之友』 大正11年1−12月号
「お婆さんと小豚」 野上彌生子 『婦人之友』 大正11年1月号
「義朝の子」 中里介山作 『婦人之友』 大正12年1−3,5−7月号
「火蛾」 里見ク作 『主婦之友』 大正12年9月−大正13年3月号
「大菩薩峠 無名の巻」 中里介山作 『大阪毎日新聞』『東京日日新聞』 大正14年1−5月
「大菩薩峠 他生の巻」 中里介山作 『大阪毎日新聞』『東京日日新聞』 大正14年9−12月
「人を殺したが」 正宗白鳥作 『週刊朝日』 大正14年6−9月
「大菩薩峠 流転の巻」 中里介山作 『大阪毎日新聞』『東京日日新聞』 大正15年1−5月
「大菩薩峠 みちりやの巻」 中里介山作 『大阪毎日新聞』『東京日日新聞』 大正15年7−10月
「春泥」 久保田万太郎作 『大阪朝日新聞』 昭和3年1−3月
「大菩薩峠 鈴慕の巻」 中里介山作 『大阪毎日新聞』『東京日日新聞』 昭和3年5−7月
「大菩薩峠 Ocean の巻」 中里介山作 『大阪毎日新聞』『東京日日新聞』 昭和3年7−9月
「吉良家の人々」 森田草平作 『東京朝日新聞』 昭和4年4−6月
「小鼓花の瀬」 大倉桃郎作 『講談雑誌』 昭和5年6月号
「南国太平記」 直木三十五作 『大阪毎日新聞』『東京日日新聞』 昭和5年6月−6年10月
「國定忠治」 子母沢寛作 『大阪毎日新聞』『東京日日新聞』 昭和7年11月−8年6月
「松五郎鴉」 子母沢寛作 『サンデー毎日』 昭和8年9月17日−12月14日号
「三十年前と今と」 上司小剣文 『婦人之友』 昭和8年4月号
「松のや露八」 吉川英治作 『サンデー毎日』 昭和9年6月3日号−10月28日号
「國定忠治」 子母沢寛作 『オール読物』 昭和9年7−11月号
「日本剣豪伝」 直木三十五作 『講談倶楽部』 昭和9年6肝12月号
「盤獄は叫ぶ」 白井喬二作 『サンデー毎日』 昭和9年春季特別号
「青鵐」 吉田弦二郎作 『現代』 昭和10年1−11月号
「東海美女伝」 村松梢風作 『大阪毎日新聞』『東京日日新聞』 昭和10年9月−11年12月
「去る日来る日」 尾崎士郎作 『現代』 昭和13年−7月号
「宮本武蔵」 吉川英治作 『朝日新聞』 和13年1月−14年7月
「梅里先生行状記」 吉川英治作 『朝日新聞』 昭和16年2月14日−8月24日
「高杉晋作 乱雲篇」 尾崎士郎作 『富士』 昭和18年3−12月号
「高杉晋作 回天篇」 尾崎士郎作 『富士』 昭和19年1−12月号
「高杉晋作 雲脚篇」 尾崎士郎作 『富士』 昭和20年1−2月号
「明治の鼠」 長谷川伸作 『読売新聞』 昭和22年1−3月
「巣林館」 井伏鱒二作 『文体』第1号 昭和22年
「名作物語 羅生門」芥 川龍之介作 『苦楽』 昭和22年6月号
「高山右近」 吉川英治作 『読売新聞』 昭和23年9月−24年4月
「竹西兄弟」 小杉天外作 『苦楽』臨時増刊号 昭和23年
「国子の手紙」 高浜虚子作 『文体』3 昭和23年
「名作物語」 久保田万太郎作 『苦楽』 和23年3月号
「きらら坂」 直木三十五作 『世間』 昭和23年4月号
「名作物語 阿部一族」 森鴎外作 『苦楽』 昭和24年3月号
「松子『無限抱擁』の中」 瀧井孝作 『日本小説』 昭和24年3月号
「春雁」 尾崎士郎作  『キング』 昭和24年6月号
「春や昔大阪城 後篇」 尾崎士郎作 『キング』秋の増刊号 昭和24年
「蒙古来る」 海音寺潮五郎作 『読売新聞』 昭和28年5月
「シチメンチョウのかがやき」  浜田広作文 『読売新聞』 昭和29年1月9日
「今の力士昔の力士」 草野心平文 『読売新聞』 昭和29年1月25日
「父子鷹」 子母沢寛作 『読売新聞』昭 和30年5月−31年6月
「三代人物史伝」 徳富猪一郎文 『読売新聞』 昭和30年1−8月
「『唐人相撲』を観て」 木村荘八文 『サンケイ新聞』 昭和30年3月12日
「初場所の気分」 高橋義孝文 『東京新聞』 昭和33年1月16日
「一五日間生気満ちる」 尾崎士郎 『報知新聞』 昭和33年1月28日
「中国遊記」 中州一政文 『東京新聞』 昭和33年11月22日−28日
「小説国技館」 尾崎士郎作 『週刊朝日別冊』 昭和34年9月−35年9月
「季節の余白」 荒垣秀雄文 『週刊朝日』 昭和41年12月8・22日号
「宮本武蔵」 司馬遼太郎作 『週刊朝日』 昭和42年
「父と子を結ぶ囃子」 三上慶子文 『婦人之友』 昭和43年5月号
「狂言の修業」 野村万作文 『婦人之友』 昭和45年9月号

4.展覧会カタログ

『石井柏亭・鶴三展』 昭和50年 長野県信濃美術館  
上田市制60周年記念 石井鶴三展・上田彫塑研究55年展』 
  昭和54年 上田市・上田市教育委員会
 
『回顧 石井鶴三展』 昭和58年 板橋区立美術館 「マルチブル人間・石井鶴三」 三木多聞
「石井租三のパック漫画と初期作品」 尾崎貴人

5.参考文献


単行図書
『近代挿絵考』 木村荘八 昭和18年 双雅房  
『現代日本の版画』 恩地孝四郎 昭和28年 創元社  
『石井鶴三─信州上田と』
  上田彫塑研究会彫塑五十年記念誌特別委員会
  昭和49年 小県上田教育会
「石井鶴三先生と彫塑講習五十年」(座談) 田玉孝平ほか 
「弔詞」 岡田益雄 「彫塑感想」 塩沢隆平 
「石井鶴三先生を思う」 平尾義雄 「師弟同行」 宮下哲之助 
「信州と石井鶴三先生」 小林三郎 「石井先生の事ども」 鷹野悦之輔 
「彫塑美の真髄を求めて」 黒崎弘 「追憶」 田玉孝平 
「四十数年前の石井鶴三先生」 松尾砂 
「石井・謳カから頂いた最後の手紙」 長坂きくじ
「石井鞄三先生の歌と絵」 増田国雄 「彫塑講習会と私」 中島亀孝 
「上田の石井先生」 牧岩太郎 「如是我聞」 林久代 
「石井鶴三ご批評速記」 滝沢石
「石井籠三先生に初めてお会いして」 工藤正美 
「造ることが早道です」 田中良則
「山浦政先生寿像のこと」 石坂賢一 「石井先生の面影」 小野健吉
「先生に教えられたもの」 林良一
『名作挿絵全集 第2巻 大正・時代小説篇』
  昭和55年 平凡社
「大菩薩峠」「無明の巻」 中里介山作・石井鶴三画
陰里鉄郎 「石井鶴三=想像と気塊の人」
『名作挿絵全集 第3巻 大正・現代小説篇』
  昭和55年 平凡社
「東京」 上司小剣作・石井鶴三画
『名作挿絵全集 第5巻 昭和戦前・時代小説篇』
  昭和55年 平凡社
「宮本武蔵・円明の巻」 割ll英治作・石井鶴三画
『名作挿絵全集 第10巻 昭和戦後・時代小説篇』
  昭和55年 平凡社
「年表・挿絵の百年 明治・大正・昭和」
「挿絵に関する文献と資料」
  『木曾教育会百年誌』 
  昭和61年 (社)木曾教育会
 

定期刊行物
「石井鶴三氏の芸術を観る」 『現代之美術』3−1 大正9年3月
「人物小観・石井鶴三氏 」『中央美術』10−9 大正13年9月
「諸家のスケッチブック・石井鶴三氏」 『アトリエ』3−6 大正15年6月
「石井鶴三氏帝展彫刻評の謬見」 前田寛治 『美術評論』1−2 大正15年12月
「現代挿画家偶評」 児島喜久雄 『改造』昭和8年11月号
「市中人餞舌 第13 石井鶴三の挿絵」 『アトリエ』10−12 昭和8年12月
「市中人餞舌 第14 石井鶴三論」 『アトリエ』11−3 昭和9年3月
「市中人餞舌 第16 鳥羽僧正の卵」 『アトリエ』11−5 昭和9年5月
「石井鶴三氏」 高橋弥太郎 『東京朝日新聞』 昭和9年10月6日
「石井鶴三」 中川一致 『アトリエ』11−11 昭和9年11月
「石井鶴三さんを語る」 上司小剣 『書窓』2−3 昭和10年
「石井鶴三を語る」 大内青圃 『美乃国』17、4 昭和16年4月
「石井鶴三の藤村木彫」 笹村草家人 『信濃教育』765 昭和25年
「美術人論断−石井鶴三」 『東京新聞』 昭和28年5月4日
「石井鶴三─今週の顔」 水沢漁夫 『読売新聞』 昭和33年11月10日(夕刊)
「石井鶴三─美術芸談」 『毎日新聞』 昭和34年2月23日(夕刊)
「石井鶴三 時の人」 『読売新聞』 昭和44年2月5日
『信濃教育 第1044号 特集 石井鶴三先生追悼号』 昭和舶年11月
「絵はがきによせて」 石井蹊子 「先生の思い出」 和田収子
「病床に侍して」 長原ルリヤ 「立体生活を教えた彫刻家石井鶴三」 中川一政
「石井先生の辻説法」 泉宏尚 
「石井鶴三ノート」 基俊太郎
「石井鶴三先生と版画」 北岡文雄
「石井鶴三先生の片鱗」 水野以文
「石井先生の思い出」 石川季彦
「断想 石井鶴三先生」 土屋瑞穂
「思い出すままに」 尾沢毅
「石井先生の思い出」 田中武子
「石井先生の思い出」 瀬戸団治
「石井鶴三先生と上田彫塑研究会」 岡田益雄
「上田彫塑研究会発足のころ」(座談) 黒崎弘他
「藤村木像二体と木曽馬二頭を木曽で制作された石井鶴三先生」 川口五男人
「石井鶴三先生の思い出」 横沢正彦
「人間 石井鶴三先生」 松尾砂
「婦人像と台座」 宮下哲乃助
「石井先生のお供をして」 田原幸三
「友情」 牧岩太郎
「石井先生」 竹内隆夫
「彫塑研究会発足にあたって石井先生のお教え」 塩沢順四郎
「石井鶴三先生と長野美術研究会」 飛矢崎和彦
「講師なしの講習会」 田中高光
「石井鶴三先生の思い出」 中西悦夫
「市田における図画研究会」 小島恵蔵
「石井先生と上郷会場における美術研究会」 村沢百三
「石井鶴三遺稿目録」 牧岩太郎編
「石井鶴三略年譜」 岡田益碓編
「石井鶴三の死」 『芸術新潮』281 昭和48年
「石井鶴三氏を悼む」 中村伝三郎 『三彩』302 昭和48年
「石井鶴三先生のこと」 小野幸 『山岳』第68年通巻127 昭和49年
『木曾教育 第42号 特集 木曾と石井鶴三先生』
  昭和49年 遺稿講演
「島崎藤村先生像刻木制作日記」 「たくましい日本の造型力」
語録 「石井鶴三先生語録」 笹村草家人
追憶 「石井鶴三先生遺作展をみて」 川口五男人
「藤村先生造像経緯」 笹村草家人
「藤村先生の木像について」 笹村草家人
「木曽と石井鶴三先生」 笹村草家人
「島崎藤村先生木彫像」 中西悦夫
「南窓雑記─鶴三先生を馬籠へ御案内して」 松原常雄
「木曽馬の誕生」 陶山光雄
「追憶」 磯川準一
「ある座談会」 池田 感
「石井鶴三先生」 古瀬一清
「石井鶴三先生を憶う」 白木公三
「石井鶴三先生のお宅へ参上して」 宮川兵太
「石井鶴三先生の追憶」 島崎楠雄
「鶴三先生の憶い出」 長谷川重松
「鶴三先生の思い出」 今津のぶ子
略年譜 「石井鶴三略年譜─木曽教育会との関係を中心にして」
「追憶の石井鶴三」 小野忠重 『版画芸術』22 昭和53年
「伯父・石井鶴三の想い出」 和田象三 『版画芸術』22 昭和53年
「石井鶴三(我が版画家銘々録)」 関野準一郎 『版画芸術』22 昭和53年
「思い出二・三」 淀井敏夫 『三彩』432 昭和58年
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