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両刃の斧の家、双頭のミノタウロス

石崎勝基

遅かれ早かれふたつの波がぶつかり、球の内側のふくらみがちぎれて、
ちいさな超球となってわれわれの空間の外へ出ていく
ルーデイ・ラッカー、「遠い目」(大森望訳)

真っ暗で、立っては歩けないような狭さの通路を手探りで進んでいくのは、どんな感じだろう。通路は幾度も折れ曲がり、枝分かれする。奥のどこかへは向かっているとして、そこがどんなところかはわからない。そんなに広くはないはずだと思っても、何度も曲がっていれば、広さや距離の感覚もすりぬけてしまう。出入口が一つだとすると、もどるにも同じだけ時間がかかることになる。そもそもどれだけの時間がたったのか。

そうこうする内、ある場所にたどりつくことになる。狭くはあれ、青い光に浸されたそこは、この通路の中心であり目的なのだろう。小さな絵に囲まれ、何がしかの時間を過ごしてから、再び手探りでもどるとして、一刻も早く外へ出たいと、来た道をたどろうとしながら、暗闇の中でふと迷ってしまった時、ある仕掛けに気づくことになるかもしれない。

この2000年4月、一宮のギャラリーOHでの個展で発表され、今回も設置される今村哲によるトンネル状のインスタレーションは、ただちに、迷宮にまつわるさまざまなイメージを呼びおこすはずだ。いわゆる<胎内潜り>から、カフカやボルヘス、いうところの現代美術の領域ならばアリス・エイコックなど、あるいはケレーニイの『迷宮と神話』やヤン・ピーパーの『迷宮』などをひもとけば、古今東西、冥界や都市・世界の隠喩としての、あるいはイニシエーションの場としての、迷宮的なイメージの類例には事欠くまい。

死を擬する真っ暗な迷路での彷徨、その内奥における光の中への再生(あるいはもう一つの死)、そして現実への帰還という過程をたどる点で、このインスタレーションもおおよそのところ、古来の迷路によるイニシエーションのあり方に即しているといってよいだろう。ただ、最終的な変容の場という内奥の小部屋の位置づけを、額面どおり受けとれなくさせてしまうのが、余剰としての件の仕掛けだ。そこで仕掛けられているのは、婉曲に言寄せるなら、双子、鏡像、ドッペルゲンガーなどの神話的なイメージが果たすような機能と見なすことができるかもしれない。双子のいずれかが優位に立つのかどうかは、不明のままだ。そのため、通路は内奥の小部屋と、帰路はつけたしではなく往路と、等価なものとなる。

たとえば1988年前後の今村の油彩を思いかえせば、黒、白、いくつかの色による太い線が埋めつくす画面は、一見、何ら具象的なイメージを描かぬオールオーヴァなものと映りながら、線のうねりがいくつもの核を形成しようとし、しかし互いのひしめきあいが、浮かびだそうとする力を封じこめていた。その結果画面は、息苦しいまでの濃密さの印象を与えることになる。

視覚上の整合性にとどまらない、原初的と呼べよう体験をもたらそうとする点に、錯綜した線のうねりをあわせて、そこに、図解ではないかぎりで、迷宮的な相を読みとってこじつけにはなるまい。ところで88年の個展は、“TWO WORLD”と題されていた。具体的には、テラコッタと絵画という二つの技法による作品群を指す。テラコッタ一点一点は、単体のかたまりをなしながら、やはりうねる太い線がはじけようとする。そこでは、テラコッタと平面は、同等の比重で扱われていた。二つの軸によって表現を構成するという作法は、以後も続いていく。二つの軸は、完全な二項村立にも陰陽風の双極性にもなりきらず、互いに従属することなく照らしあうことで、表現の迷宮を形成するといえるだろうか。双子の同と異、連続と非連続の境界線上に、迷宮が生じる。さらに附会すれば、当時の油彩自体、画面から垂直に発出しようとする複数の核と、それを封じようとする平面性という、二つの軸の交渉によって成立していた。

複数の核の発出がさらに強まり、異形の顔ないし仮面の群れといった相を呈した91〜92年前後の油彩にテラコッタをコラージュした作品を経て、94年頃以降現在にいたるまで、線による単一のイメージが蜜蝋の厚みに埋めこまれるようになる。垂直性と平面性の交渉によって画面を成立させるという骨組みは、より整理された形をとったものと見なせるだろう。単一のイメージは、地から乖離しようとする一方、線だけなので、地から切断されて閉じた面をなすにはいたらない。そして蜜蝋の半透明で柔らかな厚みは、垂直性と平面性の交差を、幾何学的なヴェクトルとしてではなく、物質としての厚みをそなえつつ、同時に光をはらむものとして呈示することになる。

この時期には、テラコッタは必ずしも併置されなくなった。ただ、画面上に蝋製の小さなパーツがコラージュされる場合があるとともに、線によるイメージは当初は、テラコッタで作ったものに基づいていたという。内側に潜りこもうとするかのような線によって描きだされるイメージは、現実の対象に置き換えられないまま、現われ、また沈もうとする。それが蜜蝋の層にくるみこまれることで、見るものの目はへだたりを保つだけでなく、蝋の厚みの中での触覚的な彷徨へも誘われることだろう。

またこの頃から、イメージとテクストをならべる作業が始められる。これらは、手製の絵本の形をとることもあれば、展示空間で併置されることもある。イメージは基本的にテクストの内容に沿ったものだが、テクスト自体、特定のイデオロギーや倫理を打ちだそうとするかいなかに関わりなく、形而上学的な射程を暗示するという意味で、寓話と見なすことができよう。イロニーも欠いてはいないその奇妙な味ゆえ、テクストとイメージは、どちらかがどちらかに先行するとは断じがたい状態で、宙吊りにされる。ここでも、二つの軸の隣接によって、互いのずれの内に迷宮が発生するさまを認めることができるだろうか。

(三重県立美術館学芸員)

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