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文献

(三重県立美術館学芸員 土田真紀・編)

T 飯田善國書述文献

(1)単行書

著書 ローランス 〈ファブリ世界彫刻集13〉 1972年 平凡社
クリムト 〈新潮美術文庫37〉 1975年 新潮社
見えない彫刻 1977年 小沢書店
震える空間 1981年 小沢書店
ラッセル広場の空 1982年 小沢書店
ピカソ 〈20世紀思想家文庫5〉 1983年 岩波書店
世紀末の美と夢2 華麗なる頽廃(共著) 1986年 集英社
作品集 西脇順三郎・飯田善國 詩画集クロマトポイエマ 1972年 南天子画廊 限定50部
 滝口修造「不可視の碑をもとめて」
飯田善國・ミラーモビール 1987年 美術出版社
 槇文彦「永遠の青年作家 飯田善國」
 粟津販雄「飯田善國とモニュメント彫刻」
 中原佑介「飯田善國の彫刻」
 飯田善國「無限なるものとの対話」
 飯田善國略年譜
詩集 ナンシーの鎧 1979年 書肆山田
円盤の五月 1982年 書肆山田
見知らぬ町で 1983年 思潮社

(2)定期刊行物

自筆文献  註.自筆文献のうち『見えない彫刻』に所収のものには*印を『震える空間』に所収のものには**印を付した。
  「チヴェタ・ヴェッキャの日本聖人祭をみて」 東京新聞夕刊 1957年3月3日
  「ココシュカ会見記」 芸術新潮 1959年2月号
  「ヨーロッパの留学生」 中部日本新聞 1959年2月27日
  「ヨーロッパの学生たち」 中部日本新聞 1959年6月8日
  「カラヤンから三島由紀夫まで ウィーンのこのごろ」 毎日新聞夕刊 1962年4月7日
  「ベルリンの日本美術 禅美術とヤボニズム展」 みづゑ No.731 1966年1月号 PP.97−108
** 「ローマと東京 都市構造の相違」 読売新聞夕刊 1968年1月26日
  「ヨーロッパ彫刻家のシンポジオン」 国際文化66号 1968年4月号 財団法人国際文化振興会 PP.6−9
(『哲学』53集 1968年9月号に転載)
** 「都市・彫刻・市民」 朝日新聞夕刊 1968年4月17日
「崩壊を自覚する都ウィーン」 みづゑ No.760 1968年5月号 PP.19−26
「ヘンリィ・ミラーの周辺」 秀作美術 1968年6月号 PP.10−17
「グローマン氏をしのぶ」 朝日新聞夕刊 1968年6月6日
「運命を映し出す人」 芸術新潮 No.25 1968年7月号
  「グスタフ・クリムトの魅惑」 芸術新潮 1968年7月号 PP.72−79
  「戦争と海の間」 現代人の思想 第6巻 月報17 1968年9月 平凡社 PP.3−8
  「彫刻と噴水と恋人たちと」 芸術生活 1968年9月号
  「アトリエに前衛の夢みのる」 毎日グラフ 1969年2月23日号 PP.30−39
  「国際彫刻家シンポジウムの作家たち」 毎日新聞夕刊 1969年2月6日
「宇笛への楯 彫刻 飯田善國」 読売新聞夕刊 1969年5月2日
「予感的存在者としてのエゴン・シーレ」 みづゑ No.776 1969年9月号 pp.21-29
  「ゼロになった彫刻」 芸術新潮 1969年10月 P.163
  「ベルリンの現代建築」 現代の眼(東京国立近代美術館ニュース) 180号 1969年11月号 P.7
  「ベルリンの現代建築」 現代の眼(東京国立近代美術館ニュース) 180号 1969年11月号 P.7
  「反滅亡の処方箋」 季刊藝術 第11号 1969年秋号 PP.188−193
  「際立つ鉄鋼館のこころみ」 美術手帖 No.318 1969年12月号 PP.10−11
「現代彫刻の可能性(国際鉄鋼彫刻シンポジウム参加13作家の発言)」 みづゑ No.779 1969年12月号 PP.20−21
  「国際鉄鋼彫刻シンポジウムの決算」 毎日新聞1969年12月22日
  「国際鉄鋼彫刻シンポジウムの決算」 毎日新聞1969年12月23日
  「彫刻家シンポジウムを生きた『ジャン・ティンゲリー』の場合」 えすぶりあい 1969年冬号 文化実業社
「空間移動狂としての」 えすぶりあい 1969年秋号 文化実業社
  「シンポジウム終る」 芸術新潮 1970年2月号 P.82
  「彫刻家と生活の諸問題」 求美 1970年涼風号 PP.62−67
  「ルイジアナ美術館の春」 芸術生活 No.253 1970年9月号
「魂の静寂『雪の中の白樺』(ムンクの世界F」 中部日本新聞夕刊 1970年10月19日
  「移動した欧州美術の中心」 朝日新聞夕刊 1971年1月12日
  「私と風景・自然B」 信濃毎日新聞 1971年3月4日
  「かたち」 読売新聞 1971年3月9日
** 「現代風景論〈上〉」 新潟日報 1971年9月21日
** 「現代風験景論〈下〉」 新潟日報 1971年9月22日
  「ドイツ現代美術への一瞥」 現代の眼(東京国立近代美術館ニュース) 203号 1971年10月号 PP.4−5
  「悔恨の形式としての芸術」 みづゑ No.804 1972年1月号 PP.95−99
  「自然空間の中の彫刻」 aaia No.6 1972年4月 建築美術工業協会 P.19
「枕頭の書として」 西脇順三郎全集 第7巻月報 1972年4月 筑摩書房
  「エロスと宇宙の間」 芸術新潮 No.269 1972年5月号 P.20
「クロマトポイエマ制作記」 芸術生活 1972年6月号 PP.74−75
** 「都市生活と緑」 公明新聞 1972年6月11日
「ロイ・リヒテンシュタイン─パラドックスの絵画 又は批評的絵画を批評する─」 季刊藝術 第22号 1972年夏号 PP.74−97
「私にとっての光太郎」 ユリイカ 1972年7月号 PP.190−195
「見えない彫刻〈精神のオリエンテーションとしての〉」 ちくま No.40 1972年8月号 PP.28−31
  「西脇順三郎絵画論序説─『テムズ川』と『残光』の間」 無限 29 1972年8月号 PP.173−179
「エズラ・バウンドを見た目」 ユリイカ 1972年11月号 PP.84−85
  「場所と彫刻──資料のA あの作品はいまどこにあるか」 SD 1972年11月号
「アイダホのキーンホルツ」 芸術新潮 1972年12月号 P.189
「〈ドクメンタ〉になにをみた」 美術手帖 No.36 11972年12月号 PP.85−115
  「エドワード・キーンホルツ イリュージョンの破壊者」 みづゑ No.814 1972年12月号 PP.72−89
「荒野の魂」 みづゑ No.814 1972年12月号
「彫刻を破壊しようとする人々」 鉄鋼界 1973年1月号 PP.40−41
「60年代アメリカ現代美術・三つの星(続・ドクメンタになにをみた)」 美術手帖 No.362 1973年1月号 PP.288−302
「視覚世界から触覚世界へ」 三田評論 1973年2月号 PP.51−54
「体験としての現代美術」 草月 87号 1973年4月
「クレー・天使と悪魔の同伴者─『造形思考』を読んで─」 芸術新潮 1973年7月号 PP.80−81
「クレー『造形思考』を読む」 共同通信 1973年7月10日
** 「物質の見る夢」 みづゑ No.823 1973年11月号 PP.23−25
「永遠に待つペネロペ」 無限 29号 1973年
「劇的空間の爆発 45度の」 ユリイカ 1974年1月号 PP.140−143
  「デ・キリコ 天啓から自己模倣へ」 神戸新聞 1974年1月30日
  「マルセル・デュシャン ダダ的に生きる」 神戸新聞 1974年2月6日
「自由への夢……」 草月 93号 1974年4月 PP.140−141
「彫刻のわかりすぎた男」 みづゑ 1974年6月号
「人間と無限の間に ヘンリー・ムアの与える問い」 美術手帖 1974年7月号 PP.160−167
「ヘンリー・ムアの現代的意義」 毎日新聞夕刊 1974年8月24日
  「都市環境と彫刻 栃木県立美術館の彫刻シンポジウム展」 美術手帖 No.388 1974年12月号 PP.26−27
  「日本人芸術家の前に立ちはだかる壁」 朝日新聞夕刊 1975年3月29日
「ドナテルロの求心性── 一個の内面的精神」 世界彫刻全集 第8巻月報 1975年5月 小学館 P.3
「『エロス』の形と『無』の形」 現代思想 1975年7月号 PP.28−33
  「言わずもがな……のこと」 美術手帖 No.396 1975年7月号 PP.70−71
「澁澤龍彦の横顔」 ユリイカ 1975年9月号 PP.157−159
** 「天幕都市と貝殻都市」 現代思想 1975年10月号 PP.62−64
  「有機的空間の詩─ 材質から見た日本建築」 草月 103号 1975年12月 P.10
「柔らかな濡れた魂」 版画藝術 No.11 1975年 PP.49−53
** 「現代彫刻の位相:デーヴィッド・スミスからダン・フレイヴィンへ」 みづゑ No.850 1976年1月号 PP.107−123
「ウィーン・クリムト・シーレ」 パリ通信 1976年2月号
「オートー・ディクスの場合」 現代の眼(東京国立近代美術館ニュース) 1976年3月号
「空間の疾走─ 天上と糞便の間に吊された魂─」 私のモーツァルト 1976年4月 帰徳書房 PP.23−37
「純潔の悲劇性」 波 1976年6月号
  「リヒテンシュタインとの出会い」 展望 1976年6月号 PP.8−9
** 「時空の結び目」 ユリイカ 1976年7月号 P.246
「アリスティード・マイヨール 理念の空しさ または退屈について」 みづゑ No.857 1976年8月号 PP.78−83
  「絵画の時間 音楽の時間」 音楽現代 1976年9月号 P.89
  「スガイの偉大さ」 画譜 第4号 1976年9月 PP.6−8
  「言葉と色彩 詩画集『クロマトポイエマ』の発明と応用」 太陽 161号 1976年10月号 P.88
「ロダン仮空会見記 充実した表面、だが不思議とそれは暗い」 みづゑ No.859 1976年10月号 PP.29−33
  「眼の人としての大岡信」 ユリイカ 1976年12月号 PP.140−147
  「ワルキューレの舞台装置」 季刊現代彫刻 11 1976年12月 PP.19−24
** 「彫刻的時空の体験」 季刊現代彫刻 12 1977年3月 PP.26−28
  「『否定』で蘇生 デュシャンからの自由」 図書新聞 1977年4月23日
** 「否定の方法」 図書新聞 1977年5月
** 「犬の世界像から人間の世界像へ」 現代思想 1977年5月号 PP.88−95
  「植物的な無垢と無私 日本彫刻史を流れる一本の糸」 草月 112号 1977年6月 PP.14−18
  「X・W・ゴッホ 神聖な火の共有」 音楽現代 1977年6月号 PP.90−91
  「ルポ 大賞の行方─ 第3回彫刻の森美術館大賞展」 季刊現代彫刻 13号 1977年6月 PP.126−128
** 「両義性としてのデュシャン───余白・沈黙・増殖の秘密」 ユリイカ 1977年8月号 PP.121−131
  「失ったもの見出したもの戦後32年」 朝日新聞夕刊 1977年8月17日
  「生々しい性的欲望『罪』シュトゥック(ミュンヘン近代美術展から>1<)」 東京新聞夕刊 1977年8月30日
  「キーンホルツのモデル」 芸術生活 1977年9月号 P.109
  「彼のベルリン・私のベルリン」 中央公論 1977年9月号 PP.50−51
** 「彫刻 崩潰感覚の表現としての美術」 サンケイ文芸 1977年10月号 PP.2−3
  「『円』と『四角』の間の憂鬱───鈴木志郎康詩集『家族の日溜り』『日々涙滴』(詩書批評)」
ユリイカ 1977年11月号 青土社 PP.226−232
  「『見えない彫刻』(新著余瀝)」 三田評論 1977年12月号 P.75
  「ジャン・デュビュッフェ 物質の中の人間を造型する」 版画藝術 No.20 1978年冬 PP.68−74
  「『円筒───Cyljnder』」 世界日報 1978年3月12日
  「照葉樹林の時間と物質 日本の素材とその精神的背景」 草月 117号 1978年4月 PP.23−30
  「文字の幻影」 求美 春号 1978年4月 P.163
  「『円盤─Disk』」 朝日ジャーナル 1978年4月14日号 P.4
** 「表現から表示へのプロセス@」 公明新聞 1978年4月1日
** 「表現から表示へのプロセスA」 公明新聞 1978年4月4日
  「『子供の天使と家うさぎのいる静物』(ドイツ表現派の巨匠 ココシュカ>5<)」 京都新聞夕刊 1978年4月22日
  「触る芸術・彫刻のよろこび」 中央公論 1978年5月号 PP.174−190
** 「天才の時代」 視る(京都国立近代美術館ニュース) 131号 1978年5月号
** 「ドガの彫刻」 週刊朝日百科 世界の美術 9 1978年5月28日号 PP.247−248
** 「輝く深さのなかに オスカー・ココシュカの内部の死」 みづゑ No.878 1978年5月号 PP.40−45
  「『しょうゆ』文化論」 芸術新潮 No.341 1978年5月号 PP.45−46
  「藤枝晃雄編『マティス 世界の素描33』」 図書新聞 1978年6月17日
  「死の影を避けて─池田満寿夫の小説を読んで」 カイエ 1978年7月号 PP.178−186
** 「都市の匂い」 現代詩手帖 1978年7月号 PP.132−135
  「私にとっての駅前広場 新前橋駅前の『彫刻噴水』」 朝日ジャーナル 1978年8月11・18日号 PP.94−97
  「スキタイの金属工芸〈写実を超えてゆく力〉」 国立博物館ニュース 第376号 1978年9月 P.4
  「心の最深部の調子」 gallery 1978年9月号 フジテレビギャラリー PP.2−8
  「ドイツ人の客観精神」 中央公論 1978年秋季特別号 PP.44−46
  「エルミタージュ秘宝展から」 日・{経済新聞 1978年9月29日
  「特集 椅子(アート・ニューズ 大阪国立国際美術館『イスのかたち』展から)」 芸術新潮 1978年10月号 PP.7−11
  「文体の秘密 イマージュと詩の間をゆれ動く繊細な心」 ユリイカ 1978年11月号 PP.167−177
  「認識の中の幻視 人間的宇宙はどうやって統合されるか」 カイエ 1978年12月号 PP.228−243
** 「その遥か向うのものを」 ヘンリー・ムーア素描と彫刻展図録 1978年
** 「時間の風景」 SD 1979年1月号
** 「時間の風景」 SD 1979年1月号
  「展覧会 色彩の詩、詩の色彩──サム・フランシス展」 美術手帖 No.446 1979年3月号
  「私にとっての広場──中級都市の未来可能性を探る」 公明新聞 1979年1月16日
  「思考の発見」 現代彫刻 28号1979年5月 P.1
  「日は残る(現代詩への不満と夢)」 龍 71 1979年6月 PP.54−56
  「文字・ことば・」 現代彫刻 29号 1979年6月 P.1
  「奇妙な構図」 現代彫刻 30号 1979年7月 P.1
  「存在の谷間」 現代彫刻 31号 1979年8月 P.1
  「美の顔を想う 第1巻『詩篇・短詩篇』を読んで(『定本 吉田一穂全集』全3巻の刊行)」週刊読書人 第1298号 1979年9月17日号
  「幽霊の話」 みすず 223 1979年9−10月号 PP.64−68
  「絶対空間──または凍結された時間」 現代詩手帖 1979年10月号 PP.95−101
  「光る葉 」現代彫刻 32号 1979年10月 P.1
  「言葉と存在」 現代彫刻 33号 1979年11月 P.1
  「第13回女流陶芸展」 毎日新聞夕刊 1979年11月14日
  「境界とは何だろう?」 現代彫刻 34号 1979年12月 P.1
  カルダーの奇妙な俸大さ」 人と日本 1979年12月号 PP.137−138
  「関係の無意味性?」 現代彫刻 35号 1980年1月 P.1
  「存在の奥」 現代彫刻 36号 1980年2月 P.1
  「遠ざかる実体」 現代彫刻 37号 1980年3月 P.1
  「再び深さについて」 現代彫刻 38号 1980年4月 P.1
  「排評としての朗読」 図書 1980年4月号 PP.26−29
  「カンディンスキーの絵」 現代の眼(東京国立近代美術館ニュース) 311号 1980年10月号 P.2
** 「石造文化からの逃走──本来の共和国へ向って」 早稲田文学 1981年1月号 PP.9−15
  「クリムト『女の顔』」 東京新聞夕刊 1981年1月31日
  「ヘンリー・ムアとの対話」 朝日新聞夕刊 1981年4月10日
  「愛でられたる人──定本西脇順三郎全詩集に──」 三田評論 1981年5月号 PP.84−85
  「想像力の運動──マックス・エルンスト論 手・角そして性」 シュルレアリスム読本3 1981年6月 思潮社 PP.134−139
  「なぜ彫刻も詩も、か その存在論的様式」 公明新聞 1981年6月28日
  「言葉と存在の隙間」 美術手帖増刊 1981年7月 PP.37−40
  「石井茂雄とカワラ・オン──制作者懇談会の周辺」 美術館ニュース(東京都美術館) No.365 1981年9月号
  「生命の詩的発現の宇宙 芸術家とコレクション」 草月 138号 1981年10月 PP.83−87
  「生命力の噴出『物想いにふける男女』(ノルデ展六選>3<)」 東京新聞夕刊 1981年11月7日
  「内面幻視と土着性 関根正二と村山槐多」 季刊アート 1981年冬号 PP.47−49
  「北軽の時代」 野上彌生子全集月報19 1981年12月 岩波書店 PP.1−7
  「現代アメリカ版画概観」 版画藝術 No.36 1982年冬 PP.68−73
  「視る喜び描く喜び 西脇順三郎 詩の世界と絵の世界」 三田評論 1982年2月号 PP.32−43
  「時間とポエジー」 art Vision 1982年3月号 ビジョン企画出版 PP.14−15
  「慶應義塾新図書館玄関口モニュメント Petals of Knowledgeについて」 三田評論 1982年 3月号 PP.62−63
  「カンディンスキーの『フーガ』」 現代の眼(東京国立近代美術館ニュース) 329号 1982年4月号 P.6
  「20代のメッセージ(連載─5)」 芸術新潮 No.389 1982年5月号 PP.66−67
  「ふしぎな通過者──吉増剛造(師・友・書籍)」 泉 1982年5月号 文化総合出版 PP.20−22
  『Chromatopoiema』の訳詩」 無限 45 1982年8月 PP.18−24
  「八時間の発見──美術館で群芸『鳴神』まつりを見る」 毎日新聞夕刊 1982年9月22日
  「私と風景との対話 風景に溶ける」 小原流挿花 No.383 1981年10月号
  「永遠へ切なる願い クリムト『実現』」 日本経済新聞 1983年1月22日
  「『ラッセル広場の空』(新著余瀝)」 三田評論 1983年2月号 P.104
  「建築・彫刻・幻想からの抜き書き」 ユリイカ 1983年3月号 PP.53−59
  「恐ろしい予告『イカロスの少年時代』ルネ・マグリット」 東京新聞夕刊 1983年3月9日
  「移りゆくマリー・テレーズ(美術随想)」 サンケイ新聞夕刊 1983年3月11日
  「瞬間の限りない深さ」 街頭の断想 1983年4月 共同通信社 PP.22−23
  「西脇順三郎と私(師・友・書籍)」 泉 No.40 1983年5月号 文化総合出版 PP.8−10
  「ピカソの説得力」 読売新聞夕刊 1983年5月11日
  「表面の天才(?)と心情の天才(?)」 アンディ・ウォーホル展図録 現代版画センター 1983年6月
  「独自の文人画 西脇順三郎の水墨画五点」 季刊アート 1983年夏号 PP.54−55
  「マスオ・ロマン主義への回帰?」 版画藝術 1983年夏号 PP.150−155
  「キーンホルツへの手紙」 翻訳の世界 1983年9月号 PP.8−9
  「網膜的才能から遅延の距離ヘ──ピカソとの比較において」 ユリイカ 1983年10月号 PP.160−184
  「世界へもう一度意味を……」 現代詩手帖 1983年10月号 PP.96−99
  「エネルギーの交流する場所 芸術作品に見る結びの空間」 草月 151号1983年12月 PP.14−20
  「引用の美学または『新しい』遠近法 荒川修作版画序説」 版画藝術 No.44 1984年冬号 PP.116−119
  「表面と表現」 楽叢書 第三冊 1984年1月 京都芸術短期大学『楽』編集室 PP.106−107
  「実作者としての画家論(池田満寿夫著『私のピカソ 私のゴッホ』)」 サンケイ新聞 1984年1月9日
  「破壊された彫刻概念(ピカソと私B」 サンケイ新聞夕刊 1984年1月27日
  「若い作家たちの運命」 現代の眼(東京国立近代美術館ニュース) No.357 1984年8月
  「滝口修造頌」 ユリイカ 1984年12月臨時増刊 PP.186−190
  「シルヴイアの背 ヘルミーネ・牝獅子(ウィーンの日々U・V)」 歴史と社会 第5号 1984年12月 PP.235−257
  「プルマー夫人の家 ヘルガのなかの……(ウィーンの日々W・X)」 歴史と社会 第6号 1985年6月 PP.228−254
  「イコンとしての風景」 現代詩手帖 1985年5月号 PP.113−119
  定型をこわす」 草月 161号 1985年8月 P.110
  「オックスフォード近代美術館の『復元──日本の前衛美術展(1945−1965)』」 毎日新聞夕刊 1986年2月5日
  「シーレ ほおずきの実のある自画像(憂愁と孤独エゴン・シーレとウィーン世紀末展1)」 東京新聞夕刊 1986年3月4日
  「クリムトの虚無とシーレの無防備な感性」 美術手帖 1986年3月号 PP.28−33
  「ヴィア・マルグッタ サラたちの夜(ローマ追想T・U)」歴史と社会 第7号 1986年4月 PP.195−222
  「言葉と事物のはざま」 てまり 8号 1986年4月 PP.26−27
  「歩く(ヘルメスの言葉)」 季刊へるめす 第9号 1986年12月 P.88
  「クリムト アデレ・プロッホ=バウアーの肖像I」 日本経済新聞 1987年1月31日
  「歩く(ヘルメスの言葉)」 季刊へるめす 創刊二周年記念別巻 1987年2月 P.117
  「歩く(ヘルメスの言葉)」 季刊へるめす 第10号 1987年3月 P.123
  「自画像(私のピカソ十選@)」 日本経済新聞 1987年3月18日
  「被り物をつけたオランダ女(私のピカソ十選A)」 日本経済新聞 1987年3月19日
  「ガートルード・スタインの肖像(私のピカソ十選B)」 日本経済新聞 1987年3月20日
  「アンブロワーズ・ヴォラールの肖像(私のピカソ十選C)」 日本経済新聞 1987年3月24日
  「アルルカン(私のピカソ十選D)」 日本経済新聞 1987年3月26日
  「泣く女(私のピカソ十選E)」 日本経済新聞 1987年3月27日
  「ハイメ・サバルテースの肖像(私のピカソ十選F)」 日本経済新聞 1987年3月28日
  「頭(私のピカソ十選G)」 日本経済新聞 1982年3月31日
  「聖ジョーンとナナの間(私とフランス)」 国際交流 43号 1987年5月 P.73
  「カンディンスキー さまざまな動き」 日本経済新聞 1987年5月30日
  「木と私の仕事(木造建築研究フォラム総会記念講演)」 季刊木の建築 1987年夏季号 第5号 PP.4−9
  「歩く(ヘルメスの言葉)」 季刊へるめす 第11号 1987年6月 P.64
  「ポルノグラフイーそれとも クリムト・シーレ」 ユリイカ 1982年7月号 PP.78−87
  「限りないやさしさ」 ヘンリーミラー水彩画展図録 町田市立国際版画美術館 1987年7月 PP.73−75
  「歩く(ヘルメスの言葉)」 季刊へるめす 第12号 1987年9月 P.129
座談、談話等
  ◎座談会「ニッポン 現代と芸術(国際鉄鋼彫刻シンポジウム)」(中原佑介、飯田善國、ジャン・ティンゲリー、ハインリッヒ・ブルマック、ケネス・スネルソン) 毎日新聞夕刊 1969年11月11日
◎「彫刻家飯田善国君に聴く 彫刻は空間に挑戦する」(聴く人・鍵谷幸信) 三田評論 1971年7月号 PP.66−69
◎座談会「『存在のドラマ』を 足利市出身彫刻家飯田善国の作品」(飯田善国、大島清次、高内荘介、司会加藤信夫) 栃木新聞 1972年2月14日
◎共同討議「パウル・クレーにおける詩と造形」(粟津則雄、飯田善国、川村二郎、高階秀爾、東野芳明) ユリイカ 1972年6月号 PP.112−131
◎「自然を凝視しながら音楽を彫刻する──宇宙と人間の可能性」(富永壮彦・異色訪問第2回 飯田善国氏を訪ねて)FM fan 別冊 1973年11月 PP.14−21
◎対談「絵画と音楽をめぐって」(粟津則雄、飯田善国) 音楽現代 1976年9月号 PP.56−65
◎シンポジウム「戦後日本の美術」(飯田善国、高松次郎、宇佐美圭司、司会高階秀爾) 季刊藝術 第39号 1976年秋 PP.36−56
◎「私の仕事『見えない彫刻』の飯取善国氏」 岐阜日日新聞 1977年6月13日
◎テレビ対談「私ヒクリムト」 NHK日曜美術館 第4集 1977年7月 学習研究社 PP.152−167
◎対話「現代美術を挑発する」(池田満寿夫、飯田善国) ユリイカ 1977年12月号 PP.34−52
◎鼎談「袋小路のなかで 現代美術の行く方」(飯田善国、東野芳明、針生一郎) 月刊百科 No.185 1978年2月号 平凡社 PP.28−36
◎対談「記憶の集成 造形美術における〈書物〉志向」(飯田善国囲、岡田隆彦) 現代語手帖 No.185 1978年6月号 PP.132−142
◎飯田善國氏に聞く「未来の書物へ」 日本読書新聞 第1961号 1978年6月19日 P.2
◎特別座談会「われら音楽の喜びを語る いい建築もいい彫刻もみんなうたっている」(吉村順三、飯田善国、鍵谷幸信) 音楽の友 1978年8月号 PP.82−91
◎対談「版画付その大衆的基盤(現代版画の問題点)」(飯田善国、北川フラム)'77現代の声──版画の現在(北川フラム編) 1978年9月 現代版画センター PP.117−123
◎対談「ウィーン 不透明なウテルスの世界(連載都市の解剖学4)」(飯田善国、清水徹)is 1979年5月 ポーラ文化研究所 PP.52−57 (『都市の靡剖学』 清水徹編 1981年 ポーラ文化研究所に所収)
◎座談会「留学の今日的意味」(飯田善国、井関正昭、関根伸夫、保田春彦) 現代彫刻 29号 1979年6月 PP.2−16
◎対談「女の子の目じゃなくて、アーティストの目で『ヴォーグ』をみると」(飯田善国、池田満寿夫) 芸術新潮 No・363 1980年3月号 PP.81−89
◎「岡本太郎の顔・顔・顔」(飯田善国、稲葉治夫、彦坂尚嘉) 芸術新潮 1980年4月号
◎「足利で育った彫刻家感覚」 報知新聞 北関東版 1981年7月8日
◎「彫刻家 飯田善国 世界が注目、動く造形」 栃木よみうり 1981年7月4目 P.1
◎「新しい美術館像を求めて」(飯田善國、磯崎新、中原佑介) 美術手帖 No.488 1981年11月号 PP.118−131
◎対談「エミール・ノルデ展『いやらしさ』のすごみ」(中山公男、飯田善國) 芸術新潮 No.383 1981年11月号 PP.104−108
◎対談「ピカソ」(飯島耕一、飯田善国) 三田評論 1983年6月号 PP.70−83
◎連載インタビュー「飯田善國氏に聞く〈83年の美術〉普及化の時代 その光と影」(聞き手 志久内亮) 新美術新聞 1983年8月1日 P.3
◎対談「伝統的且つ前衛的なムーアの彫刻」(建畠覚造、飯田善國) アート・トップ No.93 1986年617月号 PP.60−66

U  展覧会図録

「飯田善國展」 南画廊 1969年3月24日─4月10日
 西脇順三郎 「飯田君とその彫刻」 
 図版12点 略歴 展覧会歴 授賞歴 コレクション
「飯田善國展 Yoshikuni Iida ─chromatophilologia─」 南画廊 1974年10月14日−11月2日 
 堀内正和 「文字いろもじり」(日本文+英文) 
 飯田善國 「痕跡の消去への興味」(日本文+英文)
 図版27点 展覧会歴
「飯田善國展 〈物質と形態〉クロマトフィロロギアによる」 南画廊 1978年3月6日−3月25日
 中原佑介 序文
 飯田善國「言葉と物質の谷間〈言葉・材質・形態〉」
 図版11点 略歴 展覧会歴 コレクション 授賞歴
「飯田善國 ──彫刻のための素描・1962──」
 雅陶堂ギャラリー 1980年5月26日−6月7日、ギャラリーなかむら 1980年5月27日−6月8日
 飯田善國「イメージとヴィジョンの間」 図版47点
「飯田善國 ──クロマトフィロロギアによる──」 雅陶堂ギャラリー 1981年6月15日−7月4日
 フイリップ・キング、飯田善國 往復書簡(日本文+英文)図版4点
「飯田善國 谷・間──CANYON」 雅陶堂ギャラリー竹芝 1983年11月1日−11月26日
 辻邦生「ある魂の燻獄から──飯田善國のプロフィルに寄せて──」 エドワード・キーンホルツ「ヨシへの手紙」(日本文+英文) 図版10点
「飯田善國 Roma−Wine−Berlin 1957−1967」 雅陶堂ギャラリー 1986年11月17日−12月13日
 飯田善國「平凡な答え」 ジュゼッペ・マルキオーリ
 「飯田善園のオブジェと彫刻」(日本文+伊文) ヴィル・グローマン
 「直接的考作用力」(日本文+独文) ヴィルフリート・ヴィーガント
 「完全には捨てられなかった伝統」(日本文+独文) エーバーハルト・ロータース
 「日本的それとも西欧的」(日本文+独文) ハインツ・オーフ
 「文字を思わせる彫刻」(日本文+独文) 飯田善國
 「ヨーロッパ略年譜」 図版48点 参考図版17点
国際鉄鋼彫刻シンポジウム図録 1969年9月−11月
 飯田善國 「彫刻家のシンポジウムとは何か」
 中原佑介 「鉄彫刻の意味」
 亀田正雄 「参加作家の横顔」
 飯田善國 「シンポジウムの報告」
 丹下健三 「EXPO,70における国際鉄鋼彫刻シンポジウム」
KRISHNA REDDY・YOSHIKUNI IIDA GALERIE IM GRIECHENBEISL,
Wien Biografie,Ausstellungen
 図版2点
Mostra personale di YOSHIKUNI IIDA(Opere dal 1962 al 1963)
 Galleria Pagani,Milano Marzo 1963
 Giorgio Kaisserlian:Attualita(') di Iida
 Nota biografica su Yoshikuni Iida
 図版6点
Mostra personale di YOSHIKUNI IIDA
 Galleria il Canale,Venezia Oktober 1963
 Guiseppe Marchiori:Oggetti e sculture di Yoshikuni Iida
 Nota biografica su Yoshikuni Iida
 図版4点
SUGAI IIDA MORITA
 galerie brusberg,Hannover vom 9.September bis 12.Oktober 1965
 Vorwort von Will Grohmann
 Biografie,Beteiligungen an Ausstellungen,Einzelausstellungen
 図版12点
YOSHIKUNI IIDA
 Galerie Springer,Berlin 17.Juni−19.Juli 1967
 Eberhard Roters:Japanisch oder Europaisch Biografie,Beteiligungen an Aussetllungen,Einzelausstellungen,Bibliografie
 図版20点
IIDA:chromatophilologla
 galerie denise rene('),New York May−June 1974
Joseph Love:Interweaving the Human Condition,The Work of Yoshikuni Iida(in English,French,and German)
 One-man Shows,Group Shows,Biography,Collections,Awards,Writings,Bibliography.

 図版25点 参考図版3点
YOSHIKUNI IIDA:Sculpture and Drawings
 ANNELY JUDA Fine Art,London 1 October−1 November,1980
 Letter from Phillip King
 Biography,One−man Shows,Group Shows,Awards,Collections
 図版6点

V  参考文献

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「飯田善国民制作の『見張る者』」 朝日新聞夕刊 1967年9月7日
小川正隆 「─西ドイツの彫刻指名コンペ─飯田善国と西ベルリンの記念碑」 三彩 No.220 1967年10月号 PP.80−83
「飯田善国氏の金属彫刻」 毎日新聞夕刊 1968年3月12日
小川正隆 「現代日本美術展をみる」 朝日新聞夕刊 1968年5月23日
土方定一 「第8回現代日本美術展 招待部門の受賞者きまる 受賞の作家たち」 毎日新聞夕刊 1968年5月16日
三木多門 「たのしい空間の造形」 朝日ジャーナル 1968年10月27日号
小川正隆 「呼吸始めた野外彫刻」 朝日新聞夕刊 1968年10月31目
安井記者 「新しい環境つくる 神戸の野外彫刻展」 毎日新聞 1968年11月1日
中原佑介 「須磨公園現代彫刻展でグラン・プリ受賞の飯田善国」 美術手帖 1968年12月号
「美術この一年」 毎日新聞夕刊 1968年12月16日
「ことしの回顧ベスト5 美術」 朝日新聞夕刊 1968年12月16日
「美術メモ 飯田善国個展」 三彩 No.244
山岸信郎 「展覧会評 飯田善国」 三彩 No.244
「飯田善国個展」 朝日新聞夕刊 1969年3月26日
伊原通夫 「飯田善国〈作家登場〉」 みづえ No.771 1969年4月号 PP.42−53
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「色と形 '69〈作品No.8〉 飯田善国」 サンデー毎日 1969年4月27日号
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福中宏充 「レポート・造形作家対企業」 芸術生活 1969年5月号 PP.78−80
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小池賢博 「〈表紙解説〉ミラー・オン・ザ・コンストラクションNo.2 飯田善国 1969」 現代の眼(東京国立近代美術館ニュース) 1969年8月号 P.8
高階秀爾 「第一回現代国際彫刻展から 飯田善国『空から空へ』」 サンケイ新聞夕刊 1969年8月
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亀田正雄 「国際鉄鋼彫刻シンポジウム 13人の作品と横顔(13) 飯田善国」 毎日新聞 1969年12月19日
峯村敏明 「国際鉄鋼彫刻シンポジウム」 美術手帖 No.322 1970年1月号
「鉄の芸術は主張する」 毎日グラフ 1970年2月15日 PP.55−63
高階秀爾 「生活空間の美 飯田善國 傾く(コスモス)」諸君! 1970年4月号
北村由雄 「国際鉄鋼彫刻シンポジウムの残したもの」 美術手帖 No.326 1970年4月号 PP.142−157
亀田正雄 「六カ所にモニュメント」 毎日新聞夕刊 1970年6月3日
乾由明 「豊かなアクセント」 朝日ジャーナル 1970年7月12日号 P.26
「ベルリン、ウィーンで好評の飯田善国の彫刻」 読売新聞 1970年7月14日
久保貞次郎 「現代日本美術展を見て」 読売新聞 1971年5月23日
「飯田善国制作のキネティック・モニュメント」 朝日新聞夕刊 1971年10月25日
「鏡のモニュメント─行川アイランド」 読売新聞 1971年10月14日
鍵谷幸信 「自己と無限のあいだで祈る仁木弾正的風貌の彫刻家・飯田善囲〈諸国崎人伝の内10〉」 図書新聞 1972年4月22日
「鉄が構成するオブジェ連作」 営業旬報 No.50 1972年4月16日 新日本製繊株式会社販売管理部
「宇宙に問いかける彫刻家 飯田善国氏『美』ではなく『愛』を語る」 朝日新聞 1972年5月30日
「詩画集『クロマトポイエマ』」 毎日新開夕刊 1972年5月29日
「環境彫刻制作は飯田氏に」 栃木新聞 1972年5月27日
「飯田善国・クロマトポイエマ展」 朝日新聞夕刊 1972年5月24日
「クロマトポイエマ展」 読売新聞夕刊 1972年5月26日
「詩画集『クロマトポイエマ』」 毎日新聞夕刊 1972年5月29日
西脇順三郎 「近代美術の機械性」 朝日新聞夕刊 1972年5月19日
大岡信 「詩の光と色の形─『クロマトポイエマ』展望」 美術手帖 No.357 1972年7月号 PP.188−200
「彫刻と方向喪失(飯田善国『見えない彫刻』)」 朝日新聞夕刊 1972年8月26日
小川正隆 「須磨離宮公園・現代彫刻展の歩み」 季刊現代彫刻 7号 1972年11月号 PP.52−56
東野芳明 「現代彫刻あれこれ」 季刊現代彫刻 7号 1972年11月号 PP.64−71
「ニューヨークで二人の日本人作家が個展 飯田善国・新鮮な知性」 毎日新聞夕刊 1974年6月27日
「飯田善国展(ニューヨーク)」 朝日新聞 1974年7月4日
「飯田善国展」 朝日新聞夕刊 1974年10月26日
乾由明 「街路のための彫刻〈特集 環境・空間・彫刻─空想のモニュメント〉」 季刊現代彫刻 8号 1975年3月号 PP.29−30
米倉守 「精神の旅人の言語・飯田善国」 季刊現代 彫刻 9号 1975年7月号 PP.78−89
「読書メモ 飯田善国」 図書新聞 1977年5月7日
瀬木慎一 「ポストコレクション〈六面体─Hexahedron〉飯田善国」 週刊ポスト 1978年3月24日
「飯田善国展」 朝日新聞夕刊 1978年3月11日
加藤貞雄 「飯田善国展」 毎日新聞夕刊 1978年3月17日
飯島耕一 「飯田善囲と語る─彫刻に映るのは『引用』の世界」 みづゑ No.877 1978年4月号 PP.86−99
北村由雄 「『物』とのかかわりについて─飯田善國展」 Art Vision 1978年5月号 PP.36−39
「大衆の憩い、二つの広場彫刻─飯田善國の風と水のモニュメント」 読売新聞夕刊 1978年6月19日
「新前橋駅前広場の噴水彫刻─飯田善國の『M』」 芸術新潮 1978年8月号 No.344
池田満寿雄 「8 飯田善國宛(1978年6月30日付)」 親しい友への手紙 1978年 新潮社 PP.79−86
松原(とう) 「飯田善國〈映像による作家論─第V回〉」 季刊現代彫刻 33号 1979年11月号 PP.43−50
酒井忠康 「彫刻の庭11─エロスの回路/飯田善国の詩と彫刻」 小原流挿花 1979年11月号 PP.90−93
坪内一忠 「展評・東京 飯田善国展」 季刊アート 27−3 1980年
「飯田善国展」 朝日新聞夕刊 1980年5月31日
阿部信雄 「展評・東京 飯田善囲展」 美術手帖 No.468 1980年8月号
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田中幸人 「飯田善国展」 毎日新聞夕刊 1981年6月26日
「飯田善国展」 毎日新聞夕刊 1981年6月24日
「飯田善国彫刻展」 世界日報 1981年7月6日
「多様化する彫刻の概念(対談)(特集・第2回ヘンリー・ムア大賞展)」 現代彫刻 49号 1981年7月 PP.2−13
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愛宕出 「風景のなかの彫刻10 飯田善国『ステンレスの林』」 読売新聞夕刊 1981年9月9日
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米倉守 「'81回顧 美術」 朝日新聞夕刊 1981年12月14日
「新人国記'82 栃木県I 時空に夢をえがく」 朝日新聞夕刊 1982年11月26日
「飯田善国展」 朝日新聞夕刊 1983年11月5日
「飯田善国展」 毎日新聞夕刊 1983年11月18日
「飯田善国の彫刻 金属を色ひもで結ぶ新作展」 読売新聞夕刊 1983年11月14日
松村寿雄 「言葉と色と形 飯田善国展」 サンケイ新聞夕刊 1983年11月25日
木村要一 「作家訪問 飯田善國・空間と彫刻」 美術手帖 No.517 1983年11月号 PP.78−85
赤津侃 「美術 イメージの増殖─『彫刻的なるもの』」 小原流挿花 1984年1月号 PP.82−83
吉増剛造 「〈言葉の散歩〉飯田善国彫刻展『谷・間−CANYON』」 海 1984年2月号 P.185
Rodney O'Brien 「CANYON:Yoshikuni Iida」 PHP APril 1984 PP.43−49
芥川喜好 「日本前衛美術に欧米注目」 読売新聞夕刊 1986年1月10日
「シンポジウム『第1回 建築と彫刻の出会い』」 サンケイ新聞 1986年3月29日
松村寿雄 「私の創作風景 彫刻家飯田善国」 サンケイ新聞 1986年5月11日
「Mの噴水 飯田善国・作(彫刻のある風景)」 赤旗 1986年8月17日
「飯田善國展 ローマ─ウィーン─ベルリン1957−1967」 公明新聞 1986年11月22日
「Retrospectives and Reruns」 ASAHI EVENINGNEWS 1986年11月28日
田中幸人 「飯田善國展」 毎日新聞夕刊 1986年12月9日
「飯田善国『孤独な制作』の意味」 読売新聞夕刊 1986年12月8日
「宇宙を映す 飯田善國作品集『ミラーモビール』」 美術手帖 No.586 1987年10月号 PP.120−121
「世界的彫刻家と静岡の家具作家 巨木を素材に作品」 中日新聞 1987年10月16日
渋沢孝輔 「無限を夢みる彫刻『飯田善園・ミラーモビール』」 草月 174号 1987年10月 P.58
阿部良 「美の現場 飯田善国」 日本経済新聞 1987年10月31日
松村寿雄 「飯田善国 風の舞い」 サンケイ新聞 1987年11月15日
岡田隆彦 「飯田善國著『ミラー・モビール』にふれて」 三田評論 1987年12月号 PP.50−51
I Dag 
Morgunbladid 21.mai 1960
Bel Gurlitt─Verregnetes Fenster und Erster
Schnee am Gardasse
 Münchner Markur,3.November 1960 Peter Trumm
Bör Trinkgelage findet nicht statt─Internationale Künstler−Gesellshaft in den Kapfenberger Werkshallen 
NeueZeit,Graz,4.Mai.1961
Vereinigung von Kunst und Technik─Das Kapfenberger Sympoionin Stahl geglückt
 Neue Zeit,Graz,13.Mai 1961
 Franz Willnauer
Stahl in der Kunst─Interessante Kulturtage in Kapfenberg-Vorträge und Musik
 Wiener Zeitung,Wien,14.Mai 1961
Das kulturelle Abenteuer:Prometheus steigt empor─Kapfenberger Kulturtage 1961
 Arbeiter Zeitung 21.Mai 1981
Kapfenberger Kulturtage 1961:Technik als
Erlebnis der Kunst
 Tegespost,Graz,13.Mai 1961
Das Atelier im Steinbruch─Europaische Bildhauer wieder in St.Margarethen
 Kurier,23.August 1961
Bildhauer auf der Walz:Steinbruch St.Margarethen
 Neues Österreich 6.September 1961
Europa im Steinbruch─Bildhauer-Symposion 1961
 Die Press,3.September 1961
Jorg Lampe
Schocktherapie gegen Verlogenheit─Ausstellung der Jungen Generation-Plastiken aus Salzburg und Japan
 Die Press,22.November 1961
Jorg Lampe
Sie greifen zu Stein und Eisen,zu Farbe und Tusche─Ausstellungen im Afro−Asiatishen Institut,im Konzerthaus,im “Roten Apfel”und in der Kleinen Galerie
 Österreichische Neue Tageszeitung,23.November 1961
 Karl Maria Grimme
Aus Galerien:Rebhan schuhplattelt
 Neuss Österreich,7.Dezember 1961
Johann Muschik
Yoshikuni Iida
 Confrontation,January 1962
Jorg Lampe
Stellt auf dem Tisch die Zimmerplastik─Kleinplastikenin zwei guten Ausstellungen in der
Griechenbeislgalerie und im kulturamt
 Kurier,20.April 1962
 Schmeller
Die Überlieferung nie ganz verlassen─Japanische Maler und Bildhauer in der Galerie Brusberg
 Die Welt,Hamburg,28.September 1965
 Wilfried Wiegand
Kalte Eleganz─Plastiken des japanischen Bildhauers Yoshikuni Iidain Berlin
 Die Welt,Hamburg,28.Juni 1967
 Dorothea Neumeister
Skulpturen wie Schriftzeichen─Ausstellung Yoshikuni Iida in der Galerie Springer
 Der Tagesspiegel,Berlin,23.Juni 1967
 Heinz Ohff
Musik in Säulen
 Der Abend,29.Juni 1967
Kuben und Quader
 Spandauer Volksblatt,9.Juli 1967
Japanisch-deutsche Bildhauer─Idylle im Schoneberger Hinterhof
 Der Abend,13.Juli 1967
Stets wachsames Auge
 Berliner Morgenpost,22.August 1967
The International Symposium of Sculptors at EXPO’70
 Art international,Geneva,1970
Joseph Love
Art of All Ages at Japan’s EXPO’70
 Los Angeles Time,Los Angeles,16.March 1970
 Henry Seldis
Revolution ohne Programm
 Galerie der neue Kunst,Bertelsmann
 Kunstverlag,München,1971
 Heinz Ohff
Neue Kunst in Japan
 des kunstwerk,5]]XT,Stuttgart,September 1973
 Irmtraud Schaarschmidt-Richter
Plastic Arts
 Newsweek,January 6,1975
Zeichen des Kosmon-Chiffen des Nichts-Yoshikuni Iida,ein Mittler zwischen Ost und West
Frankfurter Allgemeine Zeitung,Frankfurt,6.März 1976
 Irmtraud Schaarschmidt-Richter
Mittler zwischen Ost und West:Yoshikuni Iida
 das kunstwerk,6]]]U,Stuttgart,Dezember 1979
 Irmtraud Schaarschmidt-Richter
Graphics by Guy Burn
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International Herald Tribune,2.November 1980
 Max Wykee−Joyce
Kunstbrief aus Tokyo
 das kunstwerk,2XXXVI, Stuttgart,April 1983
Irmtraud Schaarschmidt-Richter
Kunstbrief aus Tokyo
 das kunstwerk,2XXXVIII,Stuttgart,April 1984
Irmtraud Schaarschmidt-Richter
Kunstbrief aus Tokyo
 das kunstwerk,3XXXVIII,Stuttgart,Juni 1985
Irmtraud Schaarschmidt-Richter
Japan−a Plundered culture
International Herald Tribune,7.March 1986
 Emmanuel Cooper

(編者註)  著書のうち『見えない彫刻』と『震える空間』の2冊が、飯田が10年以上に亙る滞欧生活を終えて帰国後、折りにふれて新聞、雑誌等の定期刊行物に発表した文章を集成して纏めたものである(但し『震える空間』中の「宇宙・彫刻・人間」のみは書き下ろし)。2冊の本の章だてから窺われるように、飯田の文章は大きく分けて、芸術及び彫刻論、個別の作家論、都市論の3つに分類されうる。ここでは飯田の作品理解に直接関係が深い最初のグループについて簡単に紹介しておくことにしたい。

 滞欧以前から滞欧期を経て、現在に至るまで飯田の制作活動の背後を貫いているのは、宇宙、人間、彫刻という3者を巡っての思考であるが、そこから生まれてきた独自の存在論、及びそれに基づく彫刻論が展開されているのが「戦争と海の間」(1969)、「宇宙への楯」(1969)、「見えない彫刻」(1972)、「物質の見る夢」(1973)、「崩潰感覚の表現としての美術」(1977)、「表現から表示へのプロセス」(1978)である。特に滞欧期において飯田が彫刻家として歩み始める契機として、2つの大きな芸術体験─ヴォルス体験とヘンリー・ムア体験─がきわめて重要であるが、以上の文献にはそれらについても言及されている。特にこの体験に基づくムア論は飯田の彫刻論と不可分に結び付いているところがあり、「人間と無限の間に─ヘンリー・ムアの与える問い」(1974)と題されたムア論は飯田の彫刻論としても重要である。書き下ろしの「宇宙・彫刻・人間」は、彫刻そのものへの言及は少ないが、表題が示すとおり、飯田の存在論が最も体系的に述べられている。

 また滞欧期を中心に、個人史的な事件の叙述であると共にそれぞれの時期の芸術論・作品論となっているものがある。「エロスと宇宙の聞」(1972)、「『エロス』の形と『無』の形」(1975)、「彫刻的時空の体験」(1977)、「触る芸術・彫刻のよろこび」(1978)、「なぜ彫刻も詩もか」(1981)が挙げられる。いずれも“HITO”シリーズ及び“COSMOS”シリーズとの関連が深い文献であるが、「触る芸術」、「なぜ……」では、さらにこれらのシリーズから帰国後のステンレススティールのシリーズへの転換についても触れられている。

 帰国後、飯田の彫刻の重要なジャンルの1つを形成することになるのが街頭、あるいは自然の中に置かれる「ミラー・モビール」と名付けられたモニュメント彫刻である。これについてはおもに2つの側面で論じられている。1つはその社会性、すなわち彫刻と社会の関係についてで、「現代彫刻の可能性」(1969)、「彫刻家と生活の諸問題」(1970)、「彫刻を破壊しようとする人々」(1970)、「都市環境と彫刻」(1974)、「私にとっての駅前広場」(1978)、「Petals of Knowledgeについて」(1982)がある。これに対してモニュメント彫刻の純粋に造形的な側面、すなわちその表現の時間性について論じた文献としては「自然空間の中の彫刻」(1972)、「時間の風景」(1979)、「時間のボエジー」(1982)、「風景に溶ける」(1982)を挙げることができる。また最近刊行された作品集『ミラー・モビール』のエッセイでは、この両面について集約的に述べられている。

 また彫刻あるいは芸術の社会性という関連で飯田にとって重要な体験として、滞欧期における様々な彫刻家のシンポジオンへの参加がある。この時期の体験は「ヨーロッパ彫刻家のシンポジオン」(1968)に詳しく語られている。またこれらの体験を生かし、飯田自身が企画・運営にあたった「国際鉄鋼彫刻シンポジウム」(1969)についてはそのカタログに飯田自身が書いた「彫刻のシンポジウムとは何か」及び「シンポジウムの報告」がある。

 こうしたモニュメント彫刻と並行して、帰国後の作品のもう1つのジャンルを形成しているのが『クロマトポイエマ』、そしてここから発展したところの「クロマトフイロロギア」及び多面体シリーズである。これらは、これまでの思考に加え、特に言葉と人間存在の関係についての思考の上に展開されているが、それについては「犬の世界像と人間の世界像」(1977)、「石造文化からの逃走」(1981)、「言葉と存在の隙間」(1981)、「言葉と事物のはざま」(1986)などが重要な文献である。この展開の初めに位置し、詩人西脇傾三郎との共同制作になる詩画集『クロマトポイエマ』が生まれてきた具体的な過程については「『クロマトポイエマ』制作記」(1972)と「『Chromatopoiema』の訳詩」(1982)に詳しい。
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