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記憶された鏡 もしくは飯田善國の彫刻

荒屋鋪透

人間は、もしかしたら何時の日か神の歪んだ横顔が宇宙の鏡面に映る瞬間を捉えうるのかもしれない。
飯田善囲『震える空間』より

1.

 その夜私の前に腰掛けていた彫刻家は、自らの作品が作るふたつの座標軸についてゆっくりと語り始めた。

 私のなかでは、言葉と存在を繋ごうとする「紐」と、時空に対略する「鏡」とは、矛盾することなくきちんと均衡を保っているのです。(註1)

 既にその作品をよく見ている読者には、繰り返して様式の変遷であるとか形態の特徴を説くまでもないだろう。この彫刻家にとって本質的に重要なことは、そうした内容で語られてしまう、十九世紀から今世紀半ばの芸術作品にみられる近代的前衛性の枠組みを遥かに越えた所にこそあるのだから。時折、彫刻家自身の言説の中に現れる、呟きにも似た告白のはしばしに、彼の表現しているものの一端を省みることも出来る。

 わたしは言いたい。
 わたしは、すくなくとも、窮極まで思考してみたい。たとえ、その思考が宇宙の限界、存在の限界にまで到達しえないとしても……。
 物質という存在の全体は、人間の思惟や思考や想像の限界を越えて、さらに変容しつづけることが可能であるとしたら、われわれ人間に可能な条件とは、ただ、その思考を限界まで押しすすめることのほかにはありえない。われわれが、つまるところ、宇宙──この物質の変容する大舞台劇の一部始終を目撃しつくすことが不可能であるならば……。(註2)

 その告白は奇しくも、ジャン・フランソワ・リオタールが規定した、高度に発展した先進社会における知の現在の状況、即ちポストモダンの条件である「はじまりにおかれた忘却をよく考えつめてゆくプロセスを意味するもの」と一致している。(註3)彼のポストモダニズムは、近代科学の立脚点を正当化する、メタ物語としての哲学に依拠したモダニズムに対立するものではなく、モダニズムの美的領域における「断絶」、つまり精神を弁証法によって向上させ、意味を多様な解釈によって増幅し、人間を理性的な主体として解放しながら富を増大させてゆくという近代の寓話である「メタ物語」、または思弁的近代に対する不信感に起因しているに違いない。近代のテクノサイエンスが、それが依拠していた「メタ物語」の話者である人間主体の全ての構成要素を「自然」の中に組み込んでしまった時から、近代は瓦解し始めていたのである。(註4)リオタールは例えば、建築におけるポストモダニズムを、モダニズムとの「差異」の強調によって得られる、先行する方向性に対する新たな方向性のひとつの現れであるとしている。ジョン・ウィーヴァーが整理したところのポストモダニズム芸術に固有の諸特徴、例えば模倣やパロディー、映像の盗用など夥しい引用と、歴史的様式の混合、ハイ・アートとマス・カルチャー間の区別の消失(註5)などを指摘した上で、リオタールは、今日の建築に見られる芸術作品の皮相なポストモダニズムは、過去との断絶を目論むモダニズムに対して、過去を反復するひとつの方法に過ぎず、それらは詰まるところトランス・アヴァンギャルディズム(近代的前衛性の延長線上に来るもの)か、もしくは安易な折衷主義に堕する危険を孕んだネオ・アカデミズムに陥ると警告している。リオタールは結果としての近代が、たとえ進歩の終焉を迎えているにしても、原則として価値のあるものであったことを認めている。重要な点は、そうした認可こそがポストモダンの第二義的な意味、即ちポストモダニズムのコノテイションであるという事だ。ここに至って、リオタールの言うポストモダンの条件が、今日の芸術作品に任された多義的な解釈の容認と、結果よりもまずその生成過程を重視する態度──注意すべきなのは、この範疇には芸術作品のみならず、芸術家の言説・行為全てが含まれるということである──単なる過去の反復ではなく、過去の否定を繰り返す硬直した一元的な近代的解釈を慎重に避けながら、分析・想起・神秘的解釈・歪像という「はじまりにおかれた忘却」をよく考えつめてゆくプロセスを意味するものであると理解出来る。もはや、芸術作品への共感は独創性に依るのではなしに、思考領域の広さに負っていることになろう。リオタールは「人間とはおそらく、宇宙を構成する放射の全般的なインターアクションのなかの、きわめて高度に複雑化したひとつの結び目であるにすぎない」と言明し、近代の寓話である、人間主体による宇宙の制御という理想が、知識人の抱いた悲観的な表象のなかで衰亡してゆく過程を記述している。
註1 これは、筆者自身が直接に聞くことの出来た彫刻家の言葉に関して、多面体と色紐による作品とミラー・モビールを筆者の言葉で分類して再記述したものである。
註2 飯田善國「人間を越えて」、『震える空間』、小沢書店、1981年、14頁。
註3 J.−F.リオタール、管啓次朗訳「〈ポスト〉のさまざまな意味についてのノート」、『ポストモダン通信』、朝日出版社、1986年、130頁。
註4 J.−F.リオタール、小林康夫訳『ポスト・モダンの条件』、書肆風の薔薇、1986年。
註5 J.ウィーヴァー、尾河直哉訳「TVとポスト・モダニズム」、浅田彰・武邑光裕責任編集『電視進化論』、UPU、1987年、143貢。

2.

 ひとつの結果を乗り越えることで、もうひとつの新たな結果に到達する、際限のない近代の挑戦を俯瞰出来る位置に立ちながら、自己と自己を包み込む宇宙との距離を思索することが、その夜私の前に腰掛けていた彫刻家の立場である。嘗て知の状況を席捲したかに見えたシュールレアリズムは、歴史的にみて多少異なるニュアンスを含んではいるものの、こうした現在のポストモダンな過程に近似している。それはまたこの彫刻家の出発点でもあった。何を表現するのかではなく、体験の場全てを絵画に定着し、実存的な現実に対して断固たる警告を促した画家ヴォルスに衝撃を受けた時すでに、彼の方向は定まっていたに違いない。ヘンリー・ムアの造形思考から受けた啓示によって、圧倒的な重圧で迫る西洋美術におけるレアリズムとは決別した結果、彼が構築せねばならなかったのは、無重力空間に投げ出されても、そしてヨーロッパの伝統線上に確固たる立脚点を据えている抽象彫刻群と向かい合っても尚、互角な表現力を持つ全く新しい修辞学であった筈だ。ムアへのオマージュでもある「HITO」と題された作品で試みられたものは、単に抽象化された人間の形体ではなく、人の形体から想起される、眼に見えない、人の周囲に漂う空間と死への時間であり、彫刻家は同時に「KOSMOS」と名付けられた擬空間を制作している。また「作品NO」で括られたステンレス彫刻群は、素材が内包する緊張感に加えて、存在の周囲にある空間を写しだす効果を狙ったものだ。その効果をモニュメントに応用した「ミラー・モビール」では、ベアリングと鏡を用いて、実像の時間と虚構の時間を空間に並存させることに成功している。そして意識的に物語性を除去したところで「詩句が宇宙的な透明の無限空間にイデヤとして輝きながら浮遊している」(註6)詩人、西脇順三郎との邂逅は、その後の制作活動のひとつの前提条件となった。興味深いのは、彫刻家はどのように詩人の言葉を形体化していったのかという、構築のプロセスと、その過程で彼が認識した「言葉と存在の間にある深淵な溝」の深度である。

 言葉と言葉の間に、宇宙と存在の神秘がのぞいており、存在の淡い深い哀しみが歌われており、死すべきものとしての人間の絶望ではなくて運命が、うつろいゆくものとしての自然と宇宙の絶対性への静かな認識が語られている。(註7)

 西脇順三郎の詩をこのように要約した彫刻家は、言葉と存在の問に横たわるもの、またふたつを繋ぐもの、そして最後には時空を繋ぐ存在としての彫刻作品を制作するための、前段階となった版画作品『クロマトポイエマ』を構想する際、極めて超現実的な方法を採用している。詩人の英詩に使われている単語の「アルファベットを一文字一色に分解した上で再結合する」というものである。それは「色がつまるところ一番物質の中で光に近いように思われたのと、詩的イメージを解説したりイラストレートしたくないという自分の信念からであった。」という。(註8)この方法によって、彫刻家自身は勿論、作品を見ている観者も巻き込まれるに違いない思索の森に踏み込む前に、異なるジャンルにおいて、彫刻家と類似した創作方法を模索している、同時代を生きる二人の芸術家に登場してもらおう。
註6 飯田善國「クロマトポイエマ制作記」、『見えない彫刻』、小沢書店、1977年、149頁。
註7 飯田善國「永遠に待つペネロペ──西脇順三郎絵画論序説」、『見えない彫刻』、小沢書店、1977年、159頁。
註8 飯田善國「クロマトポイエマ制作記」、前掲書、150頁。

3.

 その夜私の前に腰掛けていた彫刻家は、音楽について語り始めたが、彼の作品との比較として私がヤニス・クセナキスを挙げた時、否定的ではなかった。彫刻家より一歳年上であるこのルーマニア生まれのギリシャ人の作曲家は、パリに亡命した後、ル・コルビュジェの工房に入り建築を学んでいる。作曲活動では、オネゲル、ミヨー、メシアンに師事した後、全く独自の環境音楽を、古代ギリシャ音楽などを分析しながら試みている。その作曲の基本的な姿勢は、音楽を単に芸術の一領域に温存させているのではなく、積極的に科学や哲学との交流を図り総合するというものである。

 音楽は思想やはげしい行動、われわれを生み、ささえる物理的現実の反映としての精神の過程、心理の光とかげ、これらすべてのマトリクスである。世界のイメージ、波動、木、人間を表現し、論理物理学・抽象論理学・現代代数学などとならぶ。哲学であり、個人的でしかも普遍的なありかた、たたかいと対比、存在と生成の現在での和解。(註9)

 クセナキスの存在論は、彼の認識する、空間要素の基本となる「直線」の指摘によって、更に研ぎ澄まされたものになる。人間と自然を取り囲む時空間を、人間の感性と悟性が円筒、円錐、球などに分辞した結果、形体のひとつの単位を、平面と立体の基本的要素である直線に求めた人間は、音楽においては、一定で連続な音の高さの変化の技法である、グリッサンドに直線を感じることが出来るというのが、クセナキスの得た方法である。こうして感覚的な直線の音の単位を理解した時、人は逆にグリッサンドの組み合わせから音の面や立体、曲面の屈折・拡大・縮小・ねじれ等々を再構築することも可能になるという。分解と単位による包括という知的な営為が可能にした宇宙の再構成、新たな認識。ある音から別の音へ、アクセントをつけることなしに、滑るように移動する音楽の走句を絵画や彫刻に置き換えた場合、いかに表現されるのか。なにも結論を急ぐことはあるまい。
註9 T.クセナキス、高橋悠治訳『音楽と建築』、全音楽譜出版社、1971年、16頁。

4.

 その夜私の前に腰掛けていた彫刻家とは、遂に話すことが出来なかったのだが、
 海は膨大な生と、膨大な死を含んでいる。海を眺めていると、「生」について考えると同じだけ「死」について考えることを強いられる。海は人間の永遠の故郷であり、墓場である。だが、何と美しい墓場だろう。(註10)

 という彼の文章を読んだ時、即座に私の脳裏に浮かんだイメージがある。それは彫刻家より二歳年上のポーランドの作家、スタニスワフ・レムの小説『ソラリスの陽のもとに』(1959年)に現れる「思考する海」である。大航海時代に抱いた野望を、再び最新のテクノロジーによって実現しようとする、人間の愚かしさを嘲笑うかのように、紅く輝きながら思考する海。その海を前にして、近づく登場人物たちは彼らの脳の意識下に眠る幻影に悩まされる。物質化した幻影は、巨大な脳である海の分身として自ら思考さえし始める。謎に包まれた海と幻影に翻弄される知識人の姿はそのまま、高度情報化社会の中で管理され、自分の姿をめったに省みることの出来なくなった現代人に繋がっている。

 われわれは宇宙の誰をも征服しようとは欲しない。われわれはただ他の惑星の住人に地球の文化を伝え、交換に、他の惑星の遺産をもらおうと望んでいるだけだ。われわれは自分を聖なる接触(コンタクト)の静士だと思っている。ところが、それが第二の嘘だ。われわれは人間以外の誰をも求めていない。われわれには地球以外の別の世界など必要ない。われわれに必要なのは自分をうつす鏡だけだ。(註11)

 レムは『ソラリス』のロシア語版に寄せて、その作品の創作意図を明確に述べている。例えばアメリカのSF小説に顕著に見られる、三種類の紋切型──それは開拓国家アメリカならではのものだが、地球人が宇宙人を征服する場合と、宇宙人が地球を侵略するケース、及び相互の共存という三つのパターン──は、余りにも地球規模の発想、それも大航海時代ないしは植民地時代の定式の域を出ておらず、広大無辺な宇宙に思いを巡らすというよりも、寧ろ地球の現実を宇宙に適用させたに過ぎず、そこで扱われる銀河は「銀河系の規模にまで拡大された地球」だという。(註12)レムが意図したものは、類似した存在を前提にする結果的な相互理解にあるのではなく、「未知のもの」そのものを提示することであった。予想や仮定、期待を完全に超越したものを描くのである。「未知のもの」との遭遇は人に理解しようとする努力を強いる。その努力の過程で体験する、多くの辛苦・犠牲・誤解・敗北こそ貴重なものであろう。ソラリス探査ステーションで起こった一連の事件は、人間にとって、恐らく最も未知なるものである「自分」との遭遇に始まるのである。

 人間は誰しも、自分の頭の中だけにしまって置いて、決して実行したり、実現したりしようとは思わないような事柄なり……状況なりを、多かれ少なかれ思い描いているものだ……。それが何かの瞬間、気が違ったせいか、自己喪失にかかったせいかは知らないけれども、頭の中だけにあったことが突然現実になる。問題はそのことだ。(註13)

 第二次大戦前のポーランドに、耳鼻咽喉科医の息子として生まれたレムの小説には、同じく高名な耳鼻咽喉科医の息子であった、世紀転換持ウィーンの小説家アルトゥール・シュニッツラーが、フロイトの精神分析学を応用した様に、N.ウィーナーやC.Eシャノンのサイバネティックスの概念が関与している。そしてシュニッツラーが、耽美的で官能的な「死」の観念に取り憑かれた様に、レムは人間機械論の領域内で、人間とテクノサイエンスのアナロジーの問題に拘泥した。「人間の記憶は、多分子の不同時性結晶の上に核酸の言語で書き込まれた一種の絵なのだ。」(註14)といった表現は、字面通りに受け取ると誤解されやすいものだが、以下に挙げるレムの言葉の背後に潜んでいる作家の確信と同じく、彼の創作活動の反映としても解釈出来るかもしれないし、また創作姿勢のひとつの在り方とも理解出来よう。

 偶然というのは宿命が具体的な姿をとって現れてきたものにほかならない。(註15)
註10 飯田善國「戦争と海の間──序にかえて」、『見えない彫刻』、小沢書店、1977年、14頁。
註11 S.レム、飯田規和訳『ソラリスの陽のもとに』(ハヤカワ文庫SF)、早川書房、1977年、118頁。
註12 前掲『ソラリスの陽のもとに』、315頁。
註13 前掲『ソラリスの陽のもとに』、117頁。
註14 前掲『ソラリスの陽のもとに』、296頁。
註15 S.レム、金山秋男訳「わが人生の回想」、『ユリイカ 詩と批評』、青土社、1986年1月、特集*スタニスワフ・レム、191頁。

5.

 「石造文化からの逃走」という文章は、その夜私の前に腰掛けていた彫刻家の作品を解析し再構築する上で、最も重要な手引書となる。西脇順三郎の英詩を単語の音韻に色分解して再構成する方法。彫刻家が版画作品『クロマトポイエマ』で試みたのは、「詩を構成している音韻の状態を色彩によって図示することであった。」(註16)彫刻家がその方法を平面から立体に応用した時、彼は形態(形相)の異同の比較の問題と、材質(材料)の異同の比較の問題を同一平面上で(視覚の問題として、視覚の範囲内で)論究する方法を発見した。この時から『クロマトポイエマ』以降に制作された多面体と色紐による作品群は、事物の関係を表示する彫刻となる。恐ろしい程に新しいと思われるのは、彫刻家は、多面体と素材の生みだす形相概念を、同一平面上の水平の関係式によって、極めて感覚的に認識している点である。その関係式は基本的に言葉によって表現され得る。

 「鉛」と「ステンレス」との材質上の鮮かな異質性の印象と、言葉における異同性からの抽象とを比較するときに感じられるこの落差、この感覚のずれこそがわれわれの狙うべき目標なのだ。この間隙、このずれの裡に、何か重大な認識論上の問題がひそんでいることが感得される。(註17)

 版画という平面芸術において、詩句の音韻を色価に転位する行為は、彫刻家に物質の存在を言語で認識するしかない人間の宿命を再考させた。更に、彫刻という立体芸術を創作するにあたって、素材の名称や形態の言語的表現──すなわち名称を──同じ色価をもつ色紐で結ぶ行為は、彫刻家に極めて混沌とした物質を、驚く程に楽天的な単位である名詞に置き換えてゆく人間の三態つまり愚かさ・器用さ・聡明さについて思索させたのである。そしてこの逆説の図面こそが「記憶された鏡」である彼の彫刻に写る、時間と空間の現在なのである。
註16 飯田善國「石造文化からの逃走」、『震える空間』、小沢書店、1981年、98頁。
註17 飯田善國「石造文化からの逃走」、前掲書、103頁。

6.

 モダンな彫刻を建築でもなく風景でもない、一種の存在論的不在であると言明したロザリンド・クラウスは、機能的な場所を喪失した近代彫刻が、極めて自己─言及的な純粋の標識に行き着いた実例を掲げながら、既にロダンに始まった事実即ち、モニュメントとして失敗であることがモダンな彫刻の条件であると説いている。そして今日しばしば見られる複合的な彫刻作品、建築でもあり風景でもある展開された場におけるそれは、モダニズムに固有な、カテゴリーを宙吊りにするひとつの対立を問題化することによって作られるのである。(註18)その位置の認可をクラウスはポストモダニズムと呼んでいる。風景と非風景、建築と非建築を複合した彫刻は、従来、対立的にものを認識してきた西洋文化のなかでは異質な存在である。またそう歴史的に辿らなくとも、実際ポストモダンの彫刻作品は、複合的な価値の認可によって、美的領域における断絶を許容している。そうした認可がポストモダンの条件となる。永遠なるものではなしに、移ろいゆくものに寧ろ新しい価値を見付け出し、変動の反復に終始していた近代の美的領域は、この時もはや効力を喪失しているのである。その夜私の前に腰掛けていた彫刻家は、ヨーロッパで創作活動を開始した時から、既に瓦解しづっある近代的前衛性の枠組みからは逸脱した方法を模索してきた。人と物の周辺の描写に始まった彼の作品は、風景を写し出すものではなく風景を記憶するものであり、物質的存在同志を繋ぐものではなしに存在を認識するものである。その記憶された鏡を前にして彫刻家は、永遠の淵に立った空白の時間を見詰めている。

(三重県立美術館 学芸員)
註18 R.クラウス、室井尚訳「彫刻とポストモダン──展開された場における彫刻」、H.フォスター編『反美学──ポストモダンの諸相』、勁草書房、1987年、75貢。
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