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彫刻

(石崎勝基)

凡例


S-1
水を飲む馬
1866−68年頃
ブロンズ
高さ16.5cm

Horse at trough
Cheval à l’abreuvoir
c.1866−68
Bronze
h. 16.5cm
Br.S-13/Ex.42/R.2
 原型は赤い蝋。地面の傾斜は板に木片をつっかいにしただけである。

 この作品の制作年代はリウォルド以来、《E.F.嬢の肖像:バレエ「泉」より》(L.146;ニューヨーク、ブルックリン美術館蔵)に現われる馬とポーズが一致するため、油彩が描かれたのと同じ1866年から68年頃になるであろうことが一般に認められている。そしてこの場合、彫刻は絵画のための習作のひとつとして用いられたとされる。
S-2
立っている馬
ブロンズ
高さ29cm

Horse standing
Cheval arrêté
Bronze
h. 29cm
Br.S-38/Ex.47/R.3
 原型は赤い蝋。台座はなく,尾の部分に破損あり。現在はパリ、オルセ美術館の所蔵。木の台座があり、腹部の下に支えが施されている。1986年パリのグラン・パレで開催された「19世紀フランスの彫刻」展のおりに]線写真が撮影されたが、それによると、コルク片のまわりに頭部が肉づけされ、金属の軸が自由な線描のように走り回っている。ここにアンリ・ロワレツトは「ドガの即興の才」を見ている(Paris 1988,p.138)。他方でドガの骨組みの脆さは、多くの彫刻作品が崩壊する原因となったのだが。

 制作年代については、リウォルドは1865-81年のグループに含めている。ロワレットは,キュヴリエの影響をここに見て、1869年頃としている(Paris 1988, ibid.)。キュヴリエは1865年から70年にかけてサロンに蝋による騎馬肖像を出品していた彫刻家で、1871年に没した。リウォルドもまた、ドガの初期の彫刻にキュヴリエとの関連を見ていた(Rewald 1986, p.122)。彼によればこの時期の馬の彫刻はその静かな体勢によって特徴づけられ、以後運動の表現に重点を置くようになる。これらの作品の古典性に古代の馬の彫刻との関連が指摘されることがある。

 この作品とよく似た、馬の右側を真横からとらえた木炭による素描があり、彫刻のための習作と考えられている(所在不明)。

 彫刻家としてのドガが馬に寄せた関心の軸となるのは、馬の形態がもつ空間上の特質にあると思われる。細長い四肢とそれに支えられて宙に浮くスマートな胴体、そこから長くのびる首は、三次元の実体としての独立性を失なうことなく、空間を展開させていく可能性をはらんでいる。馬の洗練された形態は、空間の線的な伸張とヴォリュームをほどよく折り合わせる。《立っている馬》ではこのような空間性が、均衡がとれ自足した構造として示されている。
S-3
休んでいる馬
ブロンズ
高さ22cm

Study of a mustang
Cheval au repos
Bronze
h. 22cm
Br.S−21/Ex.48/R.8
 原型は黄褐色の蝋。

 リウォルドは1865-81年の制作とする。
S-4
並足で進むサラブレッド
ブロンズ
高さ13.3cm

Thoroughbred horse walking
Cheval de pur-sang merchant aupas
Bronze
h. 133cm
Br.S−66/Ex.38/R.5
 原型は黄褐色の蝋、首の部分が欠損。

 リウォルドは1865-81年の制作とし,チャールズ・ミラードも同意する(Millard 1976,p.20)
S-5
足を上げて進む馬
ブロンズ
高さ23cm

Horse walking
Cheval merchant au pas relevé
Bronze
h. 23cm
Br.S-11/Ex.39/R.4
 原型は赤い蝋。リウォルドによると台座はなし、ただしデュラン=リュエルの写真では腹部の下に支え棒がある。首の背に欠損部があり、尾はブロンズと違って水平に上がっている。リウォルドは1865-81年の制作とし、1881年以前という点でミラードも同意している(Millard 1976,p.20)。ゲイリー・ティントローも1870年代の制作とする(Paris 1988,Cat.no.281解説参照)。

 馬は歩み始めることで、空間を展開させていく。その際運動は、身体の各部を緊張させることで、何らかの感情を表現しようとするのではなく、あくまでそれがひろげていく空間が通り抜けるものとして捉えられている。
S-6
歩む馬
ブロンズ
高さ21.9cm

Horse walking
Cheval en marche
Bronze
h. 2l.9cm
Br.S-10/Ex.52/R.10


 原型は赤みがかった蟻。耳が欠けている。

 リウォルドは1865-81年の制作とし、ミラードも1881年以前とする(Millard 1976,p.20)
S-7
アラベスク、右脚で立ち、左脚を前に
ブロンズ
高さ21。1cm

Arabesque over the right leg,1eft arm in front
Arabesque ouverte sur la jambe droite, bras gauche en avant
Bronze
h. 21.1cm
Br.S-14/Ex.1/R.37
 原型は赤い蝋。左腕がはずれかかり、両手の骨格が露出している。

 リウォルドは1882-95年制作のグループに入れ,Cat.no.S-27とポーズが似ていると指摘している。他方ミラードとティントローは《14才の小さな踊り子》以前としている(Millard 1976, p.23;Paris 1988, cat.no.372解説参照)。後者によれば本作品は、「現存する踊り子を題材に扱った彫刻のうち、最も古いもの」である。
S-8
衣装をつけたバレエの踊り子のための裸体習作
1878-80年頃
ブロンズ
高さ73.5cm

Study in the nude for the dressed ballet dancer
Étude de nu pour la”Danseuse habillée”
c.1878-80
Bronze
h. 73.5cm
Br.S-56/Ex.37/R.19
 原型は黒い斑点のある赤い蝋。首などに亀裂が多数あり。両腕で骨格の位置が目立つ。台座は石膏。

 この作品は《14才の小さな踊り子》のための習作であることが一般に認められており、リウォルドは1879-0年,マイケル・パンタッツイは1878-80年の制作としている(Paris 1988, cat.no.226)。蝋のオリジナルに認められる斑点と首の亀裂から、制作過程で何度も変更が加えられたことがミラードとピックヴァンスによって指摘されている(Millard 1976, p.9;Edinburgh 1979, cat.no.75)
S-9
14歳の小さな踊り子
1880-81年

ブロンズ、一部着色、木綿のスカート、サテンのリボン、木の台座
高さ99cm

Little dancer of fourteen years
Petite danseuse de quatorze ans
1880-81
Bronze, tinted in part, Skirt of cotton, ribbon of satin, base of wood
h. 99cm
Br.-(73)/Ex. -(73)/R.20
 原型は蝋で、唇、耳たぶ、顔の一部に彩色が施され、黄のリネンのコルセット、白のモスリンのチュチュ、緑のサテンのリボン、赤のサテンのトウシューズをつけ、髪の毛は人形作りから入手した暗色のかつらであった。コルセットとトウシューズには蝋がかけられていた。髪とリボンに薄い蝋の層がかけられたのは後になってからで、シアドア・レフはおそらくブロンズに鋳造された際としている(Reff 1976, p.248)。これに対してパンタッツイは、1919年の写真ですでに現在のかたちになっていることから、1903年頃ドガ自身が鋳造を考慮しての処置である可能性を指摘している(Paris 1988, p.345)。いずれにせよ、蝋の半透明な質感と実際の衣服の組み合わせは、ブロンズの場合とはまったく異なる印象を与えるであろうことを留意しておかなければならない。オリジナルは、鋳造前に両腕が落ちていた。

 この作品はドガの生前に発表された唯一の彫刻である。1880年4月の第5回印象派展のカタログに出品が記されたが、完成が間に合わず、作品のためのガラス・ケースのみが展示された。次の1881年4月の第6回印象派展に出品されたこの作品は、よかれあしかれ大きな反響を巻き起すことになる。当時の批評が共通して語つているのは、何よりも、過度のレアリスムがもたらす〈醜さ〉であった。ユイスマンスのみが、そこに「彫刻の領域で私が知るただひとつの真に近代的な企て」を読みとった(J.-K. Huysmans,L’art moderne, 1883, p.227)

 この作品のための多くの素描が残されている(cat.no.48参照)
S-10
女学生
1881年頃
ブロンズ
高さ27.9cm
個人蔵(ブルトン画廊扱い、イングランド)

The Schoolgirl
L’Écolière (Fillette en marche)
c.1881
Bronze
h. 27.9cm
Br.-(74)/Ex.-(74)/R.-(74)
Private collection(by courtesy of the Bruton Gallery)
 原型は赤い蝋。デュラン=リュエルの写真によると、腹部から支えないし骨格が突き出ていた。

 1880-84年に使われていたノートブックに、この作品のための素描が3点あり、モデルを前、左側面、背面からとらえている(Nb.34, pp.13, 17, 19)。レフによれば、背を反らせ手を後ろにまわしたポーズは《14歳の小さな踊り子》と密接な関係にある。さらにこの作品、《林檎つみ》(cat.no.S-11)、崩れてしまったオルタンス・ヴァルパンソンの胸像の3点は、《14歳の小さな踊り子》が少なくとも一部で好評を得たことに力を得て、ドガが彫刻の新たな課題に取り組んだものだという(上記のノートブックに《林檎つみ》に関する素描がある、Reff 1976, pp.257-264)。レフはまた、この作品を《肖像のフリーズ》(L.532;ドイツ、個人蔵)の右端の女性および彼女を独立させた《女優アンドレ》(cat.no.36)と関連づけている。さらに、前者に想を得たゴーギャンの《可愛いパリ娘》(テラコッタ、所在不明)が1881年の印象派展に出品されたが、今度はドガがこの作品に逆影響を受けて《女学生》を制作したと述べている。
S-11
林檎つみ
1881年頃
ブロンズ
48.5×45.6cm

Pickiing apples
La cueillette des pommes
c.1881
Bronze
48.5×45.6cm
Br.S-37/Ex.72/R.l
 原型は板に赤い蝋。

 この浮き彫りと同じ主題による、より大きな浮き彫りに関する証言がルノワールとバルトロメによって伝えられており、後者がそれを1870年より前に見たということばに従って、リウォルドはこの作品を制作年代の配列によるカタログの冒頭に置いた。そして現存する浮き彫りをより大きなヴァージョンのレプリカと考える。ミシェール・ボリューも同様の制作年を与えたが、一方、本作品をレプリカではなく大きな浮き彫りのための習作とした(Beaulieu 1969, p.369)。以上の見解に対してレフは、1870年にはバルトロメがドガを知っていたはずはないことを示し、浮き彫りについて述べた1881年の手紙、さきに触れた《女学生》と関連する1880-84年に用いられたノートブックに残された数点の素描を挙げて、この作品の制作を1881年とした(Reff 1976, pp.249-256)。そしておそらくはレプリカではなく習作であろうとしている(ibid., p.333 n.39)。ミラードは現存する浮き彫りを、オリジナルをぽんやりと伝えるだけのものとして、1890年頃の制作年を与えた(Millard 1976, pp.15-18)。パンタッツイはこれを1882年の制作とし、ジャック=エミール・ブランシュの1881年の手紙にもとづいて、この作品の主題を、ドガの姪マリー・フェヴルの死を悼むためのものと推測している(Paris 1988, cat.no.231)
S-12
荷をひく馬
ブロンズ
高さ10cm

Drought horse
Cheval de trait
Bronze
h. 10cm
Br.S-30/Ex.45/R.7
 原型は濃褐色の蝋、台座はなし。

 リウォルドは1865-1881年制作のグループに入れている。ミラードは1881年かその少し後としている(Mi11ard 1976, p.23)

全体の姿勢は逸話的な表情が濃く、いったん平滑に仕上げた上で毛並を刻んだ表面も、そうした印象を強めている。他方ずんぐりしたヴォリュームのある形態、前後の脚をそれぞれそろえ、直線的に一方向を目指す姿勢は、ドガの彫刻において後期の展開と想定されるものに通じている。現存するドガの馬の彫刻のなかでは異色の作品で、位置づけが困難である。
S-13
頭を下げる馬
ブロンズ
高さ18.8cm
Horse with head lowered
Cheval faisant une “descente de main”
Bronze
h. 18.8cm
Br.S-22/Ex.46/R.12
 原型は褐色の蝋。右前脚が破損しており、骨格が覗いている。台座にコルク片が見える。

 リウォルドは1865-81年の制作とする。ミラードは1881年かその少し後としている(Millard 1976, p.23)。ティントローはcat.nos.S-15, 16, 19などとあわせて、単に駆けたり跳躍したりするのではなく、その場で足踏みしたり後脚で立ち上がったりする姿勢を1880年代の馬の彫刻に共通するものと述べている(Paris 1988, cat.no.280解説参照)。
S-14
右足に体重をかけて駆ける馬
ブロンズ
高さ13.6cm

Horse galloping on right foot
Cheval au gallop sur le pied droit
Bronze
h. 13.6cm
Br.S-47/Ex.41/R.6
 原型は栗色の蝋、台座にコルク片が見える。

 リウォルドは1865-1年の制作とする。しかし馬のポーズは、1887年に出版されたマイブリッジの『動物の運動』のなかの一葉と関係づけることができるため、制作はそれ以後と考えられることが、“Degas scultore”展カタログの編者によって指摘されている(Florence 1986, cat.no.47)
S-15
障害を跳び越える馬、あるいは、立ち上がる馬
ブロンズ
高さ28cm
Horse clearing an obstacle, or Horse standing
Cheval s’enlevant sur l’obstacle, ou Cheval se dressant
Bronze
h. 28cm
Br.S-48/Ex.43/R.9
 原型は黄の蝋、尾の部分に骨格の針金が見える。首の部分と台座を結ぶ軸によって支えられている。

 リウォルドは1865-81年の制作とする。ミラードはマイブリッジとの類似から1886-90年と推定している(Millard 1976, p.59)。ティントローも1888-90年の制作とし、この時期の馬の彫刻に共通する関心として、その場で逡巡することでより激しさを増す運動感を挙げている(Paris 1988, cat.no.280)

 《障害を飛び越える馬》という旧来のタイトルが誤りであることは,“Degas scultore”展カタログの編者やティントロ一によって指摘されている(Florence 1986, cat.no.48;Paris 1988, ibid.)

 ドガの馬の彫刻、特に動きの激しい作品は真横からみると単調な感じを与えることが少なくなく、この作品も直線的な馬の姿勢が目立っている。しかしドガの馬の彫刻では常に、首のひねりかたや脚の位置に変化が与えられており、それは前や後ろから見ることではじめて理解される。ここにドガの彫刻の三次元性の一端がうかがわれよう。
S-16
後脚で立ち上がる馬
ブロンズ
高さ31.2cm

Rearing horse
Cheval se cabrant
h. 3l.2cm
Br.E-4/Ex.44/R.13
 原型は赤い蝋。

 リウォルドは1865-81年の制作とする。ミラードはその激しい運動から、1880年代の終わり頃と推定する(Millard 1976, p.23)。ティントローもまた、cat.no.S-15との様式上の類似から1888-90年としている(Paris 1988, cat.no.281)
S-17
跳ねる馬
ブロンズ
高さ26.9cm

Prancing horse
Cheval caracolant
h. 26.9cm
Br.S-65/Ex.40/R.16
 原型は赤い蝋、脚の部分で骨格の針金が露出している。

 リウォルドが1865-81年の制作とするのに対し、ミラードは1886-90年頃とする(Millard 1976, p.23)
S-18
四肢を宙に浮かせ、速足で進む馬
ブロンズ
高さ23.5cm

Horse trotting,the feet not touching the ground
Cheval au trot, les pieds ne touchant pas le sol
Bronze
h. 23.5cm
Br.S-49/Ex.51/R.11
 原型は暗赤色の蝋、腰のまわりなどに亀裂がある。腹部から台座におりる軸によって支えられているが、デュラン=リュエルの写真では馬の胴体は地面に平行で、ブロンズのやや上向きの角度とは異なっている。

 リウォルドは1865-81年制作のグループにこの作品を含みつつ、1879年に撮影され1881年9月27日号の『グローブ』誌に掲載されたマイブリッジの写真との関係を指摘した。ミラードはこの事実と様式的な観点から1885-86年とする(Millard 1976, p.23)。ティントローは1888-90年頃制作のグループにこの作品を数えている(Paris 1988, cat.no.280解説参照)。

 足が完全に地面から離れた作品においても、重力との関係は微妙である。ドガの彫刻は完全に重力から脱出することもなければ、重力に押し潰されることもない。大地の存在を前提にしつつ、少し高い位置−人間の目の高さに視点を置いて、空間を展開することが企てられているのである。その意味でドガの彫刻−最終的には絵画においても同様だが−の空間は、地上での視点と対象とのへだたりから出発するルネサンス以来の線遠近法的空間から逸脱していない。この点と、ドガの彫刻の空間展開の線的な性格は表裏一体をなしているが、その線的性格はドガの彫刻がロッソやロダンのような絵画性に陥るのを防ぎ、三次元の立体としての均衡のとれた存在感を保証している。
S-19, 20
右脚で駆ける馬、左後脚だけが地面に触れている;馬に乗る騎手
ブロンズ
高さ27.9cm

Horse galloping on right foot, the back left only touching the ground;jockey on the horse
Cheval au gallop sur le pied droit, le pied gauche arri?re seul touchant le sol
Bronze
h. 27.9cm
Horse:Br.S-25/Ex.49/R.14
Jockey:Br.S-35/Ex.50/R.15
 原型は褐色の蝋。騎手の衣服と帽子は蝋をかけた布、腕は針金に布をかぶせてある。

 リウォルドは1865-81年の制作とする。ミラードは様式上から1885-86年頃としている(Millard 1976, p.23)

 この作品では馬の首から頭部にかけての、ねじくれたかのようなモデリングが強い印象を与える。指を強く圧しつけてできたくぼみがいくつも移行していくさまは、スピードに馬と周囲の空間がぶつかりつつ溶けあうかのようで、未来派の先駆と言うことができよう。ヴォリュームが強まり形態が単純化される、ドガの彫刻における後期の様式と想定されるものと一致はしないが、その表現主義的な性格において通じるものがある。
S-21, 22
頭部を右に、四肢を宙に浮かせ、駆けるむ馬:馬に乗る騎手
ブロンズ
高さ29cm

Horse galloping,turning the head to the right, the feet not touching the ground;
jockey on the horse
Cheval au gallo, tournant la tête à droite, les pieds ne touchant pas terre; jockey monté sur le cheval
Bronze
h.29cm
Horse Br.S-32/Ex.53/R.17
Jockey:Br.S-36/Ex.54/R.18
 原型は緑がかった褐色の蝋。

 リウォルドは1865-81年の制作とし、ミラードは1885-86年頃でcat.nos.S-19, 20のすぐ後としている(Millard 1976, p.23)
S-23
膝をこする踊り子、あるいは、アルルカンに扮した踊り子の習作
ブロンズ
高さ31cm
Dancer rubbing her knee, or Study for a dancer as harlequin
Danseuse se frottant le genou, ou Étude pour une danseuse en arlequin
Bronze
h. 31cm
Br.S-39/Ex.27/R.48
 原型は赤褐色の蝋。

 リウォルドは1882-95年の制作とする。他方ミラードは、本作品のポーズと一致する人物が描かれているパステル《アルルカン》(L.817;シカゴ、アート・インスティテュート蔵)との関係から、1885年頃とする(Millard 1976, p.24)。ティントローも同じ理由から1884-85年を制作年として記している(Paris 1988, cat.no.262)。これに対して“Degas scultore”展カタログの編者は、パステルに描かれたフロリアンのバレエ「ベルガモの双子」がオペラ座で上演されたのが1886年1月であることから、パステルおよび彫刻の制作がそれ以前にさかのぼりえないことを指摘している(Florence 1986, cat.no.39)
S-24
腰に両手をあて、左脚を前にして休む踊り子
ブロンズ
高さ38cm

Dancer at rest, hands on her hips, left leg forward
Danseuse au repos, les mains sur les hanches, la jambe gauche en avant
Bronze
h. 38cm
Br.S-8/Ex.21/R.21
 原型は褐色の蝋、膝に破損あり。

 リウォルドは1882-95年の制作とする。ミラードは《14才の小さな踊り子》と同時期かそれに少し先立つものとして、1879-80年としている(Millard 1976, p.23)
S-25
両手を背に、右脚を前に出して休む踊り子
ブロンズ
高さ44.7cm
Dancer at rest, hands behind her back, right leg forward
Danseuse au repos, les mains sur les reins, la jambe droite en avant
Bronze
h. 44.7cm
Br.S-63/Ex.24/R.22
 原型は緑がかった蝋。

 リウォルドは1882-85年の制作とし、cat.nos.S-26, 52とポーズが類似していることを指摘する。

 手を背にまわし、上体を反らせるポーズは、人物彫刻に限ってもcat.nos.S-8, 9, 10, 24, 26, 52と、ドガが好んで繰り返しとりあげたものである。ここでは、肘の鋭い角度と大きく開かれた両脚が、きわめて建築的な相を呈している。表面の仕上げは平滑であることによってヴォリュームに張りを与え、作品の構造の堅固さを印象づける。というよりもむしろ、堅固である構造によって組み立てられる空間こそが、作品の狙いなのであろう。
S-26
両手を背に、右脚を前に出して休む踊り子
ブロンズ
高さ46cm

Dancer at rest, hands behind her back, right leg forward
Danseuse au repos, les mains sur les hanches, la jambe droite en avant
Bronze
h. 46cm
Br.S-41/Ex.22/R.23
 原型は緑の蝋、台座の部分にはコルク片が見える。

 リウォルドは1882-95年の制作とする。ミラードは《14才の小さな踊り子》の少し後として、1880年代のはじめに位置づけている(Millard 1976, pp.23-24)。ジーン・サザランド・ポッグスはcat.nos.S-25, 52とあわせて,パステル《踊り子、バラ色と緑》(L.1149;個人蔵)および《緑のチュチュを着た二人の踊り子》(L.1195;ニューヨーク、個人蔵)と関連づけられるものとして、1895年頃と考えている(Paris 1988, cat.no.309解説参照)。
S-27
右脚で立つアラベスク、左腕を前に
ブロンズ
高さ29.1cm

Arabesque over the right leg, left arm in front
Arabesque ouverte sur la jambe droite, bras gauche en avant
Bronze
h. 29.1cm
Br.S-1/Ex.2/R.38
 原型は黄褐色の蝋、両手の部分で針金が見える。アトリエの目録作成時の写真では、頭頂と左脚から針金の支えがのびて仮枠に結びつけられている。

 リウォルドは1882-95年の制作とし、cat.no.S-7とポーズが類似していると指摘する。ミラードは本作品の古典的な性格から1885年頃としている(Millard 1976, p.24)
S-28
右脚で立つアラベスク、左腕をまっすぐに
ブロンズ
高さ28.2cm

Arabesque over the right leg, left arm in line
Arabesque sur la jambe droite, bras gauche dans la ligne
Bronze
h. 28.2cm
Br.S-3/Ex.4/R.42
 原型は黄褐色の蝋、アトリエの目録作成時の写真では頭頂、右手、左脚から針金がのびて仮枠に結びつけられている。

 リウォルドは1882-95年の制作とする。ミラードは1882-年頃として、《14才の小さな踊り子》のすぐ後と考えている(Millard 1976, pp.23-24)

 バレエのアラベスクに取材した作品からは、ドガの彫刻の空間の特質がよくうかがわれる。それはもとより、ミケランジェロのようにある固定した視点を要求する正面性による浮き彫り的な空間ではなく、その周囲を巡るべく促す多視点的なものだが、しかしマニエリスムの彫刻やロダンのように、ある軸のまわりを構成要素が螺旋状に回帰するというのでもない。むしろ空間は遠心的に伸張していき、線としての伸張を促すのが軸の回転なのである。この拡散性ゆえに、イメージは何ら心理的なニュアンスを帯びることなく、ニュートラルな空間を構成するものとなる。
S-29
グランド・アラベスク−ドゥジェーム・タン
ブロンズ
高さ43.4cm

Grande Arabesque, second time
Grande Arabesque : deuxième temps
Bronze
h. 43.4cm
Br.L-15/Ex.6/R.36
 原型は褐色の蝋、台座は厚くコルク片が認められる。

 リウォルドは1882-95年の制作とし、1890年より少し後にドガがこの蝋の小像をアトリエで見せてくれたというウォルター・シッカートの証言を引用している。ミラードは1887年頃とする(Millard 1976, p.24)。ティントローはこの作品に代表される1880年代半ばの彫刻では、アラベスクの姿勢をとる若い女性をモティーフに選ぶことで、「ある種の古典的な絶頂に達した」と述べている(Paris 1988, cat.no.372解説参照)。
S-30
グランド・アラベスク−トロワジエーム・タン
ブロンズ
高さ40.6cm

Grande Arabesque,third time
Grande Arabesque,troisième temps
Bronze
h. 40.6cm
Br.S-16/Ex.8/R.40
 原型は緑がかった褐色の蝋。

 リウォルドは1882-95年の制作とし、cat.no.S-32とポーズが類似しているという。ミラードは1885-90年としている(Millard1976, p.24)
S-31
右脚で立つアラベスク、右手を床に近づけ、左腕を伸ばす
ブロンズ
高さ28.2cm

Arabesque over the right leg, right hand near the ground, left arm outstretched
Arabesque ouverte sur la jambe droite, bras droit près de terre, bras gauche en dehors
Bronze
h. 28.2cm
Br.S-2/Ex.3/R.41
 原型は褐色の蝋、台座にコルク片が見える。デュラン=リュエルの写真では、頭部、右手、左足から針金がのびて仮枠に支えられている。また台座は現在のものより広く、もっと雑然としている。

 リウォルドは1882-95年の制作とする。“Degas scultore”展カタログの編者は1885-90年としている(Florence 1986, cat.no.2)
S-32
グランド・アラベスク−トロワジェーム・タン
ブロンズ
高さ45.6cm

Grande Arabesque, third time
Grande Arabesque, troisième temps
Bronze
h. 456cm
Br.S-60/Ex.7/R.39
 原型は褐色の蝋、台座に木片とコルク片がある(パリ、オルセ美術館蔵)。ブロンズには左脚の膝のすぐ上の部分に現在の蝋のオリジナルには残っていない亀裂がある。それゆえ、オリジナルは鋳造後になってから修復が施されたことがわかる。

リウォルドは1882-95年の制作とし、cat.no.S-30との類似を説く。ミラードは1888-90年頃としている(Millard 1976, p.24)。ティントローはこの作品を1892-96年頃とし、1890年代の作品では踊り子は若さを失うが、いっそう動きは大きくしかも優雅になり、自然主義から表出性の強い象徴主義への移行を物語ると述べている(Paris 1988, cat.no.372)

 Cat.no.S-31に比べればプロポーションはややずんぐりして、表面も平滑には仕上げられていない。ティントローが述べるようにここでは、人体のヴォリュームが強められ、そのため彫像とそこから展開すべき空間との間に緊張が働くようになる。この表出性はしかし、何ら心理的なニュアンスを伴うものではない。こうした傾向は晩年になるに従って一層強まったものと思われる。
S-33
浴槽
1888-89年頃
ブロンズ
高さ22.5cm、45.8×43.9cm

The Tub
Le tub
c.1888-89
Bronze
h. 22.5cm, 45.8×43.9cm
Br.S-26/Ex.56/R.27
 原型では、人体は褐色がかった赤い蝋、白い石膏の水、亜鉛のたらい、軽く石膏で覆った白い布でたらいを囲む。台座は木。ティントローは、ブロンズにおいてはオリジナルにおける複数の素材がもたらす色彩と質感の相違が生かされておらず、「ここではブロンズへの置換の成功度がもっとも低い」と述べている(Paris 1988, cat.no.287)

 リウォルドは浴槽の女性を描いた一連のパステルとの関連から、この作品を1886年頃の制作とした。これに対してミラードとレフは、バルトロメあての1888年および89年の手紙を根拠に、この彫刻を1888−89年頃の制作としている(Millard 1976, pp.9-10; Reff 1976, p.338, n.53)
S-34
頬づえをついた頭部(胸像)
ブロンズ
高さ12.3cm, 幅17.5cm

Head resting on one hand, Bust
Tête appuyésur une main gauche(buste)
Bronze
h. 123cm,w. 17.5cm
Br.S-62/Ex.71/R.29
 原型は材質不明だが、石膏をベースにしており、カーキ色。

 リウォルドは1882-95年の制作とし、この作品はおそらく1887年に没したバルトロメ夫人の肖像であろうと記している。ミラードはこれに対して、バルトロメあての1892年の手紙を傍証に、モデルを歌手のローズ・カロンとし、制作は手紙と同時期であると主張した(Millard 1976, pp.11-12)。ティントローとポッグスは他方、現存するカロンの肖像が本作と似ていないこと、本作の丁寧な仕上げが1890年代の粗放な様式と一致しないことを指摘し、バルトロメによる夫人の墓碑像との類似からふたたびモデルをバルトロメ夫人とし、その制作は夫人の生前に始まったものと考えている(Paris 1988, cat.no.276)

 ティントローは《浴槽》と関連して、1880-90年代の彫刻界で台座の問題が強く意識されていたことを指摘しているが(Paris 1988, ibid.)、台座を廃したこの作品はしかし、決して形態を大地に溶解してしまう−ロッソのように−ことなく、底面の形は頭部や手の延長をごく自然に見るものに感じさせる。ドガにおいては、視線が見上げるにせよ見下ろすにせよ、あくまで人間のスケールの枠内においてのへだたりを保ち、決して天の高みに昇ることも地表を這いまわることもなかった。それゆえ極度に絵画的にも触覚的にもならず、彫塑としての独立性を保持し続けたのである。
S-35
頭部、S夫人像のための習作
ブロンズ
高さ27cm,台座を含めると41.5cm

Head, Study for the portrait of Mme S.
Tête, étude pour le portrait de Mme S.
Bronze
h. 27cm with the base : 41.5cm
Br.S-27/Ex.70/R.30
 原型は材質不明だが、石膏をベースにし、カーキ色。

 リウォルドは1882-95年の制作とする。ミラードは1893年頃のバルトロメあての手紙氏を傍証に、彫刻の制作を1892年頃としている(Millard 1976, p.10)。この作品とcat.no.S-36のモデルはオペラ座の踊り子だったサールで、ドガは何度かパステルで彼女を描いている(L.868, 882, 897, 898)
S-36
頭部、S夫人像のための習作
ブロンズ
高さ14.8cm

Head, Study of the portrait of Mme S.
Tête, étude pour le portrait de Mme S.
Bronze
h. 148cm
Br.S-7/Ex.69/R.31
 原型は材質不明だが、石膏をベースにしており、カーキ色。左頬から小さな筒状のものが突き出ており、骨格の一部と思われる。

 リウォルドは1882-95年の制作とする。“Degas scultore”展カタログの編者は、cat.no.S-35と同じく1892-93年頃としている(Florence 1986, cat.no.7)
S-37
おじぎする踊り子(カーテン・コール)
ブロンズ
高さ22.2cm

Dancer bowing (also called The Curtain Call)
Danseuse salutant
Bronze
h. 22.2cm
Br.S-31/Ex.26/R.32
 原型は赤い蝋、腰と両手から骨格が突き出ている。

 リウォルドは1882-95年の制作とし、cat.no.S-38との類似を記す。‘‘Degas scultore”展カタログの編者は1885-90年頃としている(Florence 1986, cat.no.31)
S−38
おじぎをする踊り子(カーテン・コール)
ブロンズ
高さ21.5cm

Dancer bowing(also called The Curtain Call)
Danseuse saluant
Bronze
h. 2l.5cm
Br.S-9/Ex.25/R.33
 原型は褐色の蝋。

 リウォルドは1882-95年の制作とし、cat.no.S-37との類似を記す。ミラードは1885年頃としている(Millard 1976, p.24)
S-39
グランド・アラベスクープルミエ・タン
ブロンズ
高さ48.9cm

Grand Arabesque,first time
Grand Arabesque, premier temps
Bronze
h. 48.9cm
Br.S-18/Ex.5/R.35
 原型は緑がかった蝋、首の部分に深い亀裂がある。デュラン=リュエルの写真では左手の指先、右手に骨格の針金が見え、また両脚の間にかたまりのようなものがころがっている。

 リウォルドは1882-95年の制作とする。ミラードは1885-87年としている(Millard 1976, p.24)
S-40
右足を前に出し、踊りはじめようとする踊り子
ブロンズ
高さ56.9cm

Dancer ready to dance,the right foot forward
Préparation à la danse, pied droit en avant
Bronze
h. 56.9cm
Br.S-57/Ex.36/R.46
 原型は褐色の蝋、腕の部分に骨格のあと。

 リウォルドは1882-95年との制作とし、ミラードは1885−90年とする(Millard 1976, p.24)“Degas scultore”展カタログの編者は、オスロのナショナル・ギャラリーにある木炭による習作との照合から,より下った年代を考えている(Florence 1986, cat.no.40)。他方ブレツテル/ポーターフィールドはその滑らかな表面の仕上げから《14才の小さな踊り子》に続くものとして、1882年頃とする(Chicago 1984, cat.no.72)。ティントローはcat.no.S-41, 43, 45, 47, 48などと共に1880年代半ばから末にかけての制作とし、人物の完壁な均衡と運動の自在さをこの時期の作品に共通する特徴としてあげている(Paris 1988, cat.no.291解説参照)。
S-41
両腕を上げ、右脚を踏み出し、前へ進む踊り子
ブロンズ
高さ66.4cm

Dancer movlng forward, arms raised, right leg fonrward
Danseuse s’avançant, les bras levees, la jambe droit en avant
Bronze
h. 66.4cm
Br.S-72/Ex.19/R.26
 原型は現存していない。ブロンズの現状からも、右腕、左足が骨格の針金しか残らず、支えが必要なほどに不安定な状態であったと思われる。

 リウォルドは1882-95年の制作とし、cat.no.S-45とのポーズの類似を指摘している。
S-42
左脚で立つ第4ポジション
ブロンズ
高さ57.5cm

Fourth position front, on the left leg
Position de quatrième devant sur la jambe gauche
Bronze
h. 57.5cm
Br.S-5/Ex.11/R.44
 原型は黄褐色の蝋、台座にコルク片。デュラン=リュエルの写真には、頭頂から出て背後に下りる支え、右足先からのびる支えが見える。

 リウォルドは1882-95年の制作とし、cat.nos.S-43, 44とのポーズの類似を記す。ミラードは1887-90年頃と指定する(Millard 1976, p.24)。ティントローはcat.nos.S-43, 44とあわせて1883-88年頃の制作としている(Paris 1988, ibid.)
S・43
左脚で立つ第4ポジション
ブロンズ
高さ40.9cm

Fourth position front, on the left leg
Position de quatrième devant sur la jambe gauche
Bronze
h. 40.9cm
Br.S-6/Ex.9/R. 55
 原型は黄褐色の蝋(パリ、オルセ美術館蔵)。ティントローは、素材を幾つもの層として重ねるドガの肉づけから生じる鱗状の樹皮を思わせる表面が、ブロンズでは失なわれていることを指摘する。他方、エブラールはオリジナルの色彩を再現するためブロンズにパティーナを施したが、蝋の酸化が進行したため、現在ではオリジナルの色が鋳造物よりも濃くなってしまったという(Paris 1988, nos.290, 291)

 リウォルドは1896-1911年の制作とする。ティントローはcat.nos.S-42,43とあわせて1883-88年頃とし、3点中本作品だけがサイズが小さく、またもっとも単純化され、そのポーズがもっとも完壁であると述べている。
S-44
左脚で立つ第4ポジション
ブロンズ
高さ59.9cm

Fourth position front, on the left leg
Position de quatrième devant sur la jambe gauche
Bronze
h. 59.9cm
Br.S-58/Ex.10/R.43
 原型は褐色の蝋。

 リウォルドは1882−-5年の制作とし、ミラードは1887-90年とする(Millard 1976, p. 24)。ティントローはcat.nos.S-42, 43とあわせて1883-88年頃とし、この作品では他の2点に比べポーズの均衡が失なわれていると記している(Paris 1988, no.291)
S-45
両腕を上げ、前へ進む踊り子
ブロンズ
高さ35.6cm

Dancer moving forward, arms raised
Danseuse s’avançant, les braslevés
Bronze
h. 35.6cm
Br.S-19/Ex.18/R.24
 原型は緑がった黒の蝋。

 リウォルドは1882-95年の制作とする。“Degas scultore”展カタログの編者は同じポーズを示すパステル(L.1136)にルモワーヌが与えた1898年頃という年代が彫刻にもあてはまると考えている(Florence 1986, cat.no.19)。ティントローは、cat.nos.S-40, 41, 43, 48などと共に1880年代半ばから末の制作としている(Paris 1988,ibid.)
S-46
タンバリンをもつ踊り子
ブロンズ
高さ27.8cm

Dancer with tambourine
Danseuse au tambourin
Bronze
h. 27.8cm
Br.S-12/Ex.20/R.34
 原型は褐色の蝋、両手の部分に骨格が見える。

 リウォルドは1882-95年の制作とする。“Degas scultore”展カタログの編者は1885年か少し後としている(Florence 1986, cat.no.12)
S-47
スペインの踊り
ブロンズ
高さ43.5cm

Spanish Dance
Danse espagnole
Bronze
h. 43.5cm
Br.S-45/Ex.17/R.47
 原型は緑の蝋、台座は木の板の上に蝋をのせたもの。1900年頃エブラールによって石膏型がとられた。

 リウォルドは1882-95年の制作とする。ポーターフィールド/ブレツテルは1883年頃としている(Chicago 1984, cat.no.47)。ティントローはcat.nos.S-40, 41, 43, 48などと共に1880年代半ばから末とする(Paris 1988, ibid.)
S-48
スペインの踊り
ブロンズ
高さ41.3cm

Spanish Dance
Danse espagnole
Bronze
h. 41.3cm
Br.S-20/Ex.16/R.66
 原型は緑がかった蝋、左手に骨格が見える。

 リウォルドは1896-1911年の制作とし、cat.no.S-47との間に時間を置いている。ポーターフィールド/ブレツテルも本作品をcat.no.S-47の10年ほど後とする(Chicago 1984, ibid.)。ミラードは1885年頃と(Millard 1976, p.24)、ティントローはcat.no.S-47とともに1880年代半ばから末としている(Paris 1988、ibid.)

 本作品をcat.no.S-47に比べると,肉づけされた蝋片が平滑にならされずそのまま鱗のように残り、また身体が描く曲線はより抽象的に誇張されている。これを習作ゆえの仕上げの度合いの低さと見るか、それとも後になってからの独立した作品で、〈老年様式〉特有の表出性が現われていると見るかは議論の別れるとこであり、また決着のつけがたい問題でもあろう。
S-49
タイツのひもを結ぶ踊り子
ブロンズ
高さ43cm

Dancer fastening the string of her tights
Danseuse attachant le cordon de son maillot
Bronze
h. 43cm
Br.S-33/Ex.15/R.28
 原型は黄褐色の蝋。

 デュラン=リュエルの写真では両膝と右足は大きく破損しているが、メロン・コレクションにある現在の蝋の作品では修復されている。また右脚の後ろに転がっているかたまりもなくなっている。

 リウォルドは1882-1895年の制作とする。ミラードは1885年頃としている(Millard 1976, p.24)。ブレッテルは右の腰を拭う浴女を描いた5点からなるリトグラフとの関連を指摘し、彫刻がリトグラフのモデルとなったと考えている(Chicago 1984, cat.no.78解説参照)。それゆえブレツテルに従えば本作品の制作は1890-91年頃となろう。
S-50
スポンジで背中をこする女、トルソ
ブロンズ
高さ48.7cm

Woman rubbing her back with a sponge, Torso
Femme se frottant le dos avec une éponge (torse)
Bronze
h. 48.7cm
Br.C-28/Ex.55/R.51
 原型の蝋についてはその消息が知られていない。1900年頃エブラールはオリジナルから石膏に型取りしており、ブロンズはこの石膏型から作られた。

 リウォルドは1896年以降制作のグループに入れており、それゆえ1896-1900年作と考えていることになる。
S-51
右足の裏をみる踊り子
ブロンズ
高さ46.2cm

Dancer looking at the sole of her right foot
Danseuse regardant la plante de son pied droit
Bronze
h. 46.2cm
Br.C-40/Ex.35/R.45
 原型は緑の蝋、左肩に亀裂、台座にコルク片がある。1900年頃エブラールによって石膏に型取りされた。

 リウォルドは1882-1895年の制作とし、cat.nos.S-63, 64, 67, 68とのポーズの類似を記す。
S-52
両手を背に、右脚を前に出して休む、衣装をつけた踊り子
ブロンズ
高さ43.6cm

Dressed dancer at rest, hands behind her back, right leg forward
Danseuse habillée au repos, les mains sur les hanches, la jambe droite en avant
Bronze
h. 43.6cm
Br.S-51/Ex.23/R.52
 原型は褐色の蝋。

 リウォルドは1896-1911年の制作とし、cat.nos.S-25, 26とのポーズの類似を記す。レフは1900年頃として、ポーズの類似する《14才の小さな踊り子》との比較から、洗練されたイリュージョニスムから形態と運動への関心の移行を指摘している(Reff 1976, pp.241-242)。ボッグスはcat.nos.S-25, 26とあわせてパステル《踊り子、バラ色と緑》(L.1149;個人蔵)および《緑のチュチュを着たふたりの踊り子》(L.1195;ニューヨーク、個人蔵)と関連づけられるものとして、1895年頃と考えている(Paris 1988, cat.no.309)

 やはり着衣像である《女学生》に比べると、衣服はより量感があり、表面はきわめて自由処理されている。上半身の比較的滑らかな仕上げと対比されて、自由なタッチはここではあきらかに積極的な役割りを担わされている。ただおっそれは、末広がりのスカートの量感に支えられて、決して実在感を失なうことはない。
S-53
不意をつかれた女
ブロンズ
高さ41cm

Woman taken unawares
Femme surprise
Bronze
h. 4lcm
Br.S-42/Ex.61/R.54
 原型は黄褐色の蝋。うなじの部分にあった亀裂は鋳造の際修復された。

 リウォルドは1896-1911年の制作とする。ルモワーヌによって1890年頃とされた一連のパステル(L.1020, 1020bis, 1020ter)の習作とされる素描類、さらに1901年に発表されたマイブリッジの連続写真との関係も指摘されている。ティントローはやはり素描、パステルとの関連から1896年頃としている(Paris 1988, cat.no.349)
S-54
左脚を洗う女
ブロンズ
高さ20cm、19.3×14.5cm

Woman washing her left leg
Femme se lavant la jambe gauche
Bronze
h. 20cm, 19.3×14.5cm
Br.S-61/Ex.64/R.68
 原型は黄と赤の蝋、たらいは緑の陶器の小鉢。

 リウォルドは1896-1911年の制作とする。“Degas scultore”展カタログの編者は、人物のポーズが一致するcat.no.S-55との関係から1898年頃かその少し後としている(Florence 1986, cat.no.61)
S-55
左脚を洗う女
ブロンズ
高さ15.1cm

Woman washing her left leg
Femme se lavant la jambe gauche
Bronze
h. 15.1cm
Br.S-17/Ex.63/R.67
 原型は褐色の蝋、骨格が左手の部分で露出している。

 リウォルドは1896-1911年の制作とする。“Degas scultore”展カタログの編者は、同様のポーズの裸婦を描いたパステル《化粧》(L.1333)との関係から、1898年頃としている(Florence 1986, cat.no.17)
S-56
座って左腰を拭く女
ブロンズ
高さ33.5cm

Seated woman wiping her left side
Femme assise, s’essuyant le hanche gauche
Bronze
h. 33.5cm
Br.S-46/Ex.67/R.69
 原型は赤い蝋、椅子の背面にコルク片と木片が見える。

 ポッグスはニュアンスをもって変化する赤の

効果が大きな役割を果たしていると記している。デュラン=リュエルの写真に見える椅子の頂上と底面にあった蟻のかたまりは除かれ、台座から突き出ていた針金はねじ込まれている(Paris 1988, cat.no.381)

リウォルドは1896-1911年の制作とする。ポーターフィールド/プレツテルはcat.nos.S-57, 58, 59とあわせて1903年頃としている(Chicago 1984, cat.no.88解説参照)。ポッグスは1900年頃に配している(Paris 1988,ibid.)

 本作をはじめとする一連の作品では(cat.nos.S-54−60)、人体、特にその背中の滑らかな仕上げと切株のような椅子などの不規則な表面との対比が大きな役割りを果たしている。本作品ではヘラでくぽみをつけたような跡が無数にある。ポッグスにならって(cat.no.S-60参照)、人体の仕上げの平滑さ、《浴槽》との関連などから、一般に20世紀に入ってからとされるこれらの作品の制作を1880-90年代にさかのぽらせることができよう。
S-57
肱掛椅子に座って首すじを拭く女
ブロンズ
高さ32.5cm

Woman seated in an arm?chair wiping her neck
Femme assise dans un fauteuil, s’essuyant la nuque
Bronze
h. 32.5cm
Br.S-44/Ex.58/R.70
 原型は緑の蝋。

 リウォルドは1896-1911年の制作とする。ミラードは20世紀初頭に置いている(Millard 1976, p.18)。ポーターフィールド/プレツテルはcat.nos.S-56, 58, 59とあわせて1903年頃としている(Chicago 1984, ibid.)。同じポーズを示す裸婦を描いた《浴後》(L.815;1885年頃とされる、ニューヨーク近代美術館蔵)をはじめとする一連のパステルや素描が存在する。
S-58
座って左腰を拭く女
ブロンズ
高さ45.4cm

Seated woman wiping her left hip
Femme assise dans un fauteuil, s’essuyant la hanche gauche
Bronze
h. 45.4cm
Br.S-54/Ex.59/R.71
 原型は褐色の蝋、椅子の背の部分にコルク片がある。デュラン=リュエルの写真では頭部が落ちている。鋳造の際修復されたものと思われるが、詳細は報告されていない。

 リウォルドは1896-1911年の制作とする。ミラードは《浴後》(L.1231;油彩、フィラディルフィア美術館蔵)をはじめとする一連の作品や同じ構図のドガが撮影した写真と関連づけ、1896年頃の制作としている(Millard 1976, p.18)。ポーターフィールド/プレツテルはcat.nos.S-56, 57, 59とあわせて1903年頃としている(Chicago 1984, ibid.)
S-59
肱掛椅子に座って、左の腋の下を拭く女
ブロンズ
高さ31.5cm

Woman seated in an arm?chair wiping her left armpit
Femme assise dans un fauteuil, s’essuyant l’aisselle gauche
Bronze
h. 31.5cm
Br.S-43/Ex.60/R.72
 原型は褐色の蝋。コルク片と木片が椅子の背部に見える。

 ポッグスは、あげられた左腕は亀裂のせいでやや効果を減じていると述べている(Paris 1988, cat.no.318)

 リウォルドは1896-1911年の制作とする。ミラードは20世紀初頭の制作としている(Millard 1976, pp.24, 25)。ポッグスは1895年頃とする。
S-60
マッサージ
ブロンズ
高さ43cm、42.5×36.5cm

The Masseuse
La masseuse (groupe)
Bronze
h. 43cm, 42.5×36.5cm
Br.S-55/Ex.68/R.73
 原型は褐色の蝋。

 リウォルドは1896-1911年の制作とする。ポッグスは、20世紀に入ってからの制作とされることが多いこの作品を、逸話的で風俗画風の性格を示していることから、1895年頃にさかのぽらせている(Paris 1988, cat.no.343)
S-61
胴着の肩ひもを直す踊り子
ブロンズ
高さ35.2cm

Dancer adjusting the shoulder strap of her bodice
Danseuse agrafant l’épaulette de son corsage
Bronze
h. 35.2cm
Br.S-64/Ex.28/R.25
 原型は黄褐色の蝋。

 リウォルドは1882-95年の制作とする。

 腕だけが変化を示してはいるが、棒立ちであるかのような直線的な印象が全体を支配している。表面には、蝋片をなすりつけたタッチの痕跡がはっきり残っているが、これも棒立ちの無愛想さを弱めはしない。このような直線的な構成と、それによって生じる存在感が、ドガのおそらく晩年の彫刻が達した様式なのであろう。
S-62
髪を整える女
ブロンズ
高さ47cm

Woman arranging her hair
Femme se coiffant
Bronze
h. 47cm
Br.S-50/Ex.62/R.50
 原型は黄の蝋、右脚に亀裂。デュラン=リュエルの写真では、髪の先から針金がのびて台座に達している。

 リウォルドは1896-1911年の制作とする。ボックスは、ミラードが指摘した古典的なカノンとの一致を認めつつ、この作品に20世紀の表現主義を予告する性格を見て、1900-10年頃の制作としている(Paris 1988, cat.no.384)。同様のポーズの浴女を描いたパステルが数点ある(L.724, 726, 727)

 腰を強調したプロポーション、髪の毛のぼってりとした量感は、かつて《14歳の小さな踊り子》に対して多くの批評があびせたと同じような、レアリスムがもたらす醜さを見るものに感じさせる。しかしここでの醜さは、《14歳の小さな踊り子》におけるような洗練と裏表をなすものではなく、何よりも彫刻の存在感を高める役割りを果たしている。
S-63
靴下をはく踊り子
ブロンズ
高さ47cm

Dancer putting on her stocking
Danseuse mettant son bas
Bronze
h. 47cm
Br.S-29/Ex.14/R.56
 原型は褐色の蝋、上げられた脚に針金が巻きつけられている。

 リウォルドは1896-1911年の制作とする。“Degas scultore”展カタログの編者は、それより少しさかのぼるだろうとしている(Firenze 1986, cat.no.29)。他方ミラードは1900-12年頃としている(Millard 1976, p.18)
S-64
靴下をはく踊り子
ブロンズ
高さ46.3cm

Dancer putting on her stocking
Danseuse se mettant son bas
Bronze
h. 46.3cm
Br.S-52/Ex.12/R.57
 原型は褐色の蝋、デュラン=リュエルの写真によると、右腰から支えが下りていて、左足の周囲に蝋の狭い地が見える。

 リウォルドは1896-1911年の制作とする。ミラードは1900-12年頃としている(Millard 1976, p.18)
S-65
靴下をはく踊り子
ブロンズ
高さ43.2cm

Dancer putting on her stocking
Danseuse mettant son bas
Bronze
h. 43.2cm
Br.S-70/Ex.13/R.58
 原型の蝋は消息は知られていない。

 リウォルドは1896-1911年の制作としている。
S-66
右足の裏をみる踊り子
ブロンズ
高さ49cm

Dancer looking at the sole of her right foot
Danseuse regardant la plante de son pied droit
Bronze
h. 49cm
Br.S-69/Ex.33/R.49
 原型の蝋についてはその消息が知られていない。

 リウォルドは1896-1911年の制作とし、ポーズがよく似たcat.no.S-51とは年代設定を離している。ミラードは1900-11年としている(Millard 1976, pp.18, 19)
S-67
右足の裏をみる踊り子
ブロンズ
高さ45.7cm

Dancer looking at the sole of her right foot
Danseuse regardant la plante de son pied droit
Bronze
h. 45.7cm
Br.S-67/Ex.32/R.60
 原型は緑の蝋、木の台座、左腰から支えが下りている(パリ、オルセ美術館蔵)。

 リウォルドは1896-1911年の制作とする。ミラードは1900-11年としている(Millard 1976, pp.18, 19)。ポッグスは1895-1910年の制作年をあてている(Paris 1988, cat.nos.322, 323)
S-68
右足の裏をみる踊り子
ブロンズ
高さ48.2cm

Dancer looking at the sole of her right foot
Danseuse regardant la plante de son pied droit
Bronze
h. 48.2cm
Br.S-59/Ex.34/R.61
 原型は黒みがかった褐色の蝋。

 リウォルドは1896-1911年の制作とし、1910年頃ドガがモデルにこのポーズをとらせたというA.ミシェルの証言を引いている。ミラードも1900年代の終わり頃とする(Millard 1976, pp.18, 19)。他方プレツテルは、彫刻が《朝の入浴》(L.1028;1887-90年、シカゴ、アート・インスティテュート蔵)のために用いられたとしている(Chicago 1984, cat.no.76解説参照)。ポッグスは1895―1910年の制作とする(Paris 1988, cat.no.321)

 表面の仕上げの度合いがまちまちで、全体の動勢も微妙に変化するこの連作は、アラベスクのポーズによる作品群における空間の展開が、より内在化されたものと見なすことができよう。人体のヴォリュームが増したこととあいまって、封じこめられた動きはより大きな潜在力を獲得する。しかしその際、表出性は、何ら感情の表現などに従属させられてはいない。かつて外周に伸張した空間が、ここでは人体のポーズそのものに内在した構造と化しているのである。
S-69
右手で右足をつかむ踊り子
ブロンズ
高さ53.6cm

Dancer holding her right foot in her right hand
Danseuse tenant son pied droit dans la main droite
Bronze
h. 53.6cm
Br.S-23/Ex.29/R.65
 原型は褐色の蝋。

 リウォルドは1896-1911年の制作とする。ミラードは1900-10年としている(Millard 1976, pp.18, 19)

 Cat.nos.S-66−68における内在化した空間は、ここでは一層単純化されている。頭部が小さくなり、人体のモデリングも、分厚い板のようなものにまで還元されている。
S-70
右手で右足をつかむ踊り子
ブロンズ
高さ50.5cm

Dancer holding her right foot in her right hand
Danseuse tenant son pied droit dans la main droite
Bronze
h. 50.5cm
Br.S-68/Ex.30/R.62


 原型は褐色の蝋、左手が欠損している。

 リウォルドは1896-1911年の制作とする。ミラードは1900-10年としている(Millard 1976, pp.18, 19)
S-71
おじぎ
ブロンズ
高さ34cm

The Bow
La révérence
Bronze
h. 34cm
Br.S-34/Ex.31/R.53


 原型は黄の蝋、左手で骨格が露出している。

 リウォルドは1896-1911年の制作とする。“Degas scultore”展カタログの編者は、19世紀の末に置く(Florence 1986, cat.no.34)。1896-99年頃とされる油彩《花束を受ける踊り子》(L.1264)との関連が指摘されている。

 頭部の大きさもあってか、西洋のバレエよりはむしろ、東アジアの舞踏を思わせるこの彫像のポーズは、アラベスクにおける均衡からはるかに遠いように見える。しかしここでも、ドガの人物においては、人体の皮膚の下にある筋肉やその動きから生じるエネルギーが重要なのではなく、人体とその外にある空間との関係こそが主眼である点は変わらない。それゆえドガの彫刻は決してモニュメンタルではないが、常に秩序づけられた空間の骨格を形作っているのである。
S-72
浴槽からあがる女
ブロンズ
高さ42.1cm

Woman getting out of the bath(fragment)
Femme sortant du bain (fragment)
Bronze
h. 42.lcm
Br.S-71/Ex.65/R.59
 原型の蝋に関する消息は知られていない。

 リウォルドは1896-1911年の制作とする。
S-73
伸びをする女
ブロンズ
高さ37.3cm

Woman stretching
Femme s’étirant
Bronze
h. 37.3cm
Br.S-53/Ex.66/R.64
 原型は赤い蝋。

 リウォルドは1896-1911年の制作とする。

 人体のプロポーションはずんぐりしたものとなり、重量感を得る。膝や首の角度、棒のように直線的な右腕などは唐突な痙撃をおこしているかのようで、プリミティヴな舞踏のごとく、内在化した激しさを感じさせる。
S-74
身ごもった女
ブロンズ
高さ43.6cm

Woman enceinte
Femme enceinte
Bronze
h. 43.6cm
Br.S-24/Ex.57/R.53
 原型は褐色の蝋、台座にコルク片。

 リウォルドは1896-1911年の制作とする。

 尻を突き出し、やや前屈みになった上体、まっすぐそろえられた両脚は、その単純化された直線的な形態と集中化された表現によって、同時代のマチスの彫刻を思わせる。初期の馬やアラベスクの優雅で洗練されたイメージから遥かに遠い地点に、これらドガの彫刻の最終的な展開に属すると想定しうる作品は達している。かつての空間を展開する構造としての彫刻は、彫刻のはじまり − 偶像に至ったと言うことができるかも知れない。ただ、人間の視点を基準に、余計な爽雑物を入りこませず、三次元の独立した実体として彫刻をとらえようとする態度は変わっていない。
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