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ごあいさつ

麻生三郎は、1913(大正2)年、東京に生まれました。泥沼の戦争時代に画家となり、いやおうなしに、人間とは何か、その人間が描きだす絵画とはいったい何か、と自問し続けた結果、愛情深い理解とともに、人間的なるもののありようをつかまえて、時代をこえる表現を生みだしました。

はじめは、種々の実験的絵画を描きました。それも、しかし、日中戦争にさしかかる前後から、暗い戦争の先行きに逆らうごとく、あくまで人間中心に、その存在の孤立して行き場のない姿を、凝視のリアリズムでもって描くようになりました。戦争一辺倒、自由も個人も消えうせた世の中に立って、個人的制作の自由をもとめ、松本竣介、鶴岡政男たちといっしょに「新人画会」を結成したのは、敗戦の色濃くなったときのことでした。

戦後の麻生は、焼け跡からたくましくよみがえってくる人や風景を、愛着かたむけて描きました。小さな家族の絆のなかに、社会的存在としての人間のありようを確かめているようなたしかな希望を、絵によって語りだしました。傑作《赤い空》が生まれました。だが、やがて、1960年代になり、経済成長と一対になった人間喪失の時代がきたとき、おそろしく執拗に、また徹底的に、人間的実存の何であるかを、解体と再生の試みをとおして追求しました。今もそれはつづいています。

一貫して、人間、あるいは、人間のいる風景を見つづける視点、視野を深めて人間的なるものの奥底をつかみだすリアリズム、麻生三郎の画業はこの一点にこだわった展開だったと思われます。「麻生リアリズム」といわれているものの良心をたずねてみるのは、今まさに、意味あることと考えます。

展覧会開催にあたり、貴重な作品を出品してくださいました所蔵家の皆様と美術館や画廊、さまざまなご協力・ご助言を与えてくださいました関係各位、並びに協賛の花王株式会社に、深く感謝申し上げます。

主催者

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