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輪―旗
Roue Oriflamme

1962年
ジュラルミン
240×312×60cm

楕円形の金属板に,先の鋭った部分をもつ円を歪めた非定形の空間が切り抜かれている。ブロンズの量塊と並んで,その中央部の空間自体も,非常に印象深い表現となっており,いわば両者の陰陽の緊張感溢れる構成がこの作品の生命力を視覚化しているとみるべきであろう。〈輪―旗〉という作品名を知ると,なるほどこの彫刻はその名に相応しい形態を示していると考えてしまうが,他の作品と同様に,この場合も,作品と題名の関係は,それほど緊密な結びつきをもっているわけではない。いわば車輪を想わせる形態,旗を想わせる形態が彫刻となっているにすぎないのである。アルプにとって,作品が自然の事物に類似してもしなくても一向に構わないのである。つまり制作している最中に,具象的であれ抽象的であれ,多様なイメージが次々と湧き上がり,それらのイメージの中から,気に入ったものが選択され,最終的に造形化されることになる。彼が試作あるいは予備スケッチをほとんど必要としなかったのも,こうした一種のシュルレアリステイックな自動制作法と共通する手法や芸術観が,作品制作の根底に存在していたからであろう。アルプは次のように語っている。「制作を行っていると形が生まれてくる。形は私が手を差しのべなくとも出来上がってしまう。私はただ手を動かしているだけだ。」(註)こうしたアルプの造形思考は,鳥なら鳥といった自然の存在を,抽象化,象徴化して作品を創るブランクーシ(1876−1957)や,はじめから自然の事物とは全く無関係な非対象的形態を組み合わせて作品化するガボ(1890−1977)らの構成主義の彫刻とは基本的に異質のものだといってよい。アルプは,非対象的な形象が自然の事物と類似することを拒まないし,また最初から自然と無関係な形象が形づくられることをも否定したりしないのである。ひとつの彫刻として完成される大理石や金属の塊は,如何なる形であれ,自然に付け加えられた新らしい自然の事物であり,その存在はそれ自体で掛け替えの無い価値をもつものと考えられる。ここには20世紀前半の芸術思想が辿ったフォルムの自律性の論理が含まれている。しかもアルプの場合には,出来上がった作品が,自然の形態と類似していてもよいという造形思考を包含している故に,より一層幅のある立場であるといえよう。アルプが扱った彫刻の理念とは,たとえばわれわれの世界のどこにも存在しない〈輪や旗に似た形態〉を生み出すことであったに違いない。「……である」ではなく,「……がある」という意味での取替えのきかない実存的在り方を最も根源的に開示するのがアルプの彫刻作品である。すなわちこの作品は,金属で創られた〈輪と旗に似たフォルムを示す物体〉以外の何ものでもないのである。


註 Stefanie Poley,HansArp,Die Formensprache im plastischen Werk,1978,p.11


(中谷伸生・三重県立美術館学芸課長)

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