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三美神
Les Trois Grâces

1961年
ジュラルミン
55.5×28×6cm,台座:2×30×12cm

アルプの制作方法を解き明かすために興味深い一例は,「三美神」である。このモチーフは1961年にただ一度だけ現われ,試作や予備スケッチを作らなかったアルプにとっては,例外的なことであるが,作品が完成するまでの形成過程を具体的に示すスケッチが残されている。ポーライの詳細な解説によれば(註),これらはいずれも1961年あるいはそれ以前に描かれたもので,「三美神」のレリーフ的彫刻と直接関係のあるスケッチである。まず完全に人体の描写を表わす自然主義的スケッチ(A図),次に人体の形象をとどめながらも相当抽象化されたスケッチ(B図),それから「三美神」の彫刻と酷似するスケッチ(C図)である。C図のスケッチは,ムードンにあり,このスケッチの下に描かれていて消し去られたのがB図のスケッチで,これは復元図である。独立したデッサンとも思えるA図と他の2点(B図,C図)との関係は,必ずしも連続した過程を表わすものとはいえないかも知れないが、これら3点のスケッチが,「三美神」の彫刻のイメージと関連する共通の形象を保持していることは否定できないであろう。「三美神」の彫刻が,頭部,胸部,腰部を暗示させるふくらみを形態化していることは,彫刻それ自体からもある程度理解できるが,その際に,A,B,C図のスケッチを考慮に入れて検討してみると,「三美神」の彫刻の内容的側面が,如何なるものであるかが,より一層明白になる。C図は完成作品とほぼ同様の形象を示しており,相違点は向って左端の形態と,中央の形態とがスケッチでは分離されている点である。もう1点,この彫刻と関連するスケッチ(D図)が,やはりムードンのアトリエに残されている。このスケッチは,彫刻と同時に描かれたか,彫刻制作を前提として描かれたかのいずれかであると推定されるが,ここでは形象は一段と硬直化して,もはや有機的な人間の身体を連想することのできない,装飾的なスケッチになっている。さて以上のことから短絡的に,「三美神」の彫刻が伝統的な古代神話のテーマを段階的に抽象化,簡略化して完成されたものであると結論づけるならば,甚だしい誤謬に陥るであろう。実際,作品制作の出発点において,「三美神」のモチーフが想定されていたことは充分に可能性のあることだと思われるが,最終段階で,全く非自然的な形象の選択が行われ,「三美神」という内容的側面は,半ば捨象され,「三美神」と解釈することもできる,並列的な柱状の立体が彫刻化されることになったと考えるべきであろう。完成された作品は,もはや「三美神」と呼ばれても,呼ばれなくても大して意味はないのである。


註 Stefanie Poley,Hans Arp,Die Formensprache im plastischen Werk,1978,p.16−19


(中谷伸生・三重県立美術館学芸課長)




(A図)

(B図)

(C図)

(D図)
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