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植物の銃眼のある敷居
Seuil aux Créaux Végétaux

1959年
ブロンズ
72×44.5×6.5cm

この作品には予備スケッチと思われるものが2点(A図,B図)ある。残されたスケッチブックの中のこれら2枚のスケッチの形象は,彫刻と完全に一致するわけではないが,両者にはかなり緊密な結び付きがあるといってよい。もっとも,これらのスケッチが彫刻制作の前に描かれたか,あるいは同時,またはそれ以後に描かれたものかは明白でない。「植物の銃眼のある敷居」は縦長の長方形の形態を曲線によって波打つように歪めた作品である。アルプは底辺の約2倍の長さを高さにした彫刻を数多く制作しており,この作品もそうした比例配分を典型的に示すものとなっている。上下2個所に銃眼状の空間が切り抜かれ,中央上部には細長い切り込みが入っている。B図のスケッチと類似した形態であるが,抜かれた空間の大きさと形態が少々異なっており,スケッチでは不明瞭であった輪郭線も,彫刻の方では非常に鋭く,しなやかな曲線に変貌させられている。中でも効果的なのは,図版で見た場合,向って右側中央部で,小さな庇屋根のように横に突き出た鋭い形態である。この洒落た形態モチーフの短い水平線と,左上の縦長に刳り抜かれた空間の底辺を形づくる水平線とは,緻密な計算によって呼応しているように見える。そのために作品全体が,上下二つの部分によって構成されたように思えるはずである。アルプは1957年にパリのユネスコのために,壁面レリーフ「星座」〔Rau 558,1958年〕を制作依頼され,それ以降,レリーフ的な彫刻に傾注することになった。ユネスコの巨大な壁面レリーフの制作に当って,アルプは予め用意していたボール紙による数十枚の形態の中から,適当なものを選び,それを拡大して実際のレリーフを制作した。つまりこの方法は,紙型に合わせて,ブロンズの板を切り抜く手法である。この種々さまざまな紙型を集めた,いわゆるソルドゥーノの型態箱は,この時期におけるアルプの制作に重要な役割を果しており,1958年より着手されたレリーフ的彫刻の様式を決定することになる。ソルドゥーノの型態箱の紙型群をモチーフにする制作方法は,レリーフ,コラージュ,彫刻といった,それぞれ異なる領域を接近させ,二次元的,絵画的な視覚性を強調する三次元的な立体彫刻の造形原理を生み出すことになる。その意味では,「植物の銃眼のある敷居」は,アルプの彫刻制作にとっての新機軸を生み出したものといってよいもので,前期の丸彫り彫刻とは甚だ対照的な造形言語の確立を告げる作品といえるであろう。金属板のシルエットを重要な視覚的要素とするこのレリーフ的彫刻は,当然のことながら,観者の見る位置を固定する。このことは,初期の彫刻に見られた,あらゆる角度から鑑賞できるように造形された作品とは狙いが異なっている。すなわち,彫刻に対するアルプの考え方が,この時期に至って,少なからず急旋回することになったのである。


(中谷伸生・三重県立美術館学芸課長)




(A図)

(B図)
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