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小劇場
Le Petit Théâtre

1959年
ブロンズ
105×67×8.5cm

レリーフ作品の主たる造形的要素を取り入れた平面的な彫刻の制作は,そのほとんどが,アルプ晩年の1959年から61年にかけての数年間に集中している。いわゆる丸彫り彫刻を長年にわたり手掛けてきたアルプにとって,これらの金属板を型で切り抜いたように見える彫刻は,その二次元的性格の強調という点において,アルプの芸術に新たな境域を付け加えた。これらの彫刻は,絵画的視覚,より厳密にいえば,シルエットの効果を主眼としており,1920年代から30年代初期にかけて,アルプが制作したシュルレアリスム風のレリーフやコラージュと,形態,輪郭,面の構成など,造形的に共通する部分が多い。しかし当然のことながら,この彫刻はそれがあくまで空間の中に聳え立つ立体作品であることにおいて,初期のレリーフ作品との違いは画然としている。その上この金属板による作品は,素材がブロンズ,アルミニウムあるいはジュラルミンのいずれの場合においても,視覚的観点からして,金属という素材を最大限に活かした彫刻となっている。この「小劇場」において注目すべきは,中央部に切り抜かれた歪んだ正方形の空間である。1939年までの彫刻は,たいてい閉じられた容積体であり,穿たれた孔(空間)をもたない。ただ唯一の例外として,初期の「新芽の花環U」〔No.4,1936年〕が挙げられるが,この作品の場合に見られる空間は,空間自体がボジティプな造形性を主張するという類のものではなく,太いヒモ状の構築物が形成された際に生み出された隙間とでもいうべきネガティブな空間である。端的にいって,「小劇場」の切り抜かれた空間は,それを取り組む金属の量魂と等価の造形的要素として視覚化されており,穿たれた空間自体が重要なモチーフとなっている。つまり,ここに見られる緊張感に溢れる空間は,アルプによって1958年頃までに創造された他の作品の空間とは異質のものといってよい。その上,丸彫り彫刻において,アルプが素材自体がもつ効果を重視しなかった事実を思い浮かべてみるとき,「小劇場」で表明されたブロンズという素材の力による造形性の創意工夫は,きわめて印象深いものである。この金属板に切り込みを入れた形態は,鋭い輪郭線の強調によって,鋭利な刃物を想わせる。こうしたメタリックな特質は,なめらかで丸い表面を形づくるアルプの他の多くの作品と対照的な視覚的効果を誇示している。本作品は,大中小の矩形をモチーフにして構成されているが,中央部の矩形の空間内に,あたかも地面から植物が生え出るように姿を見せる長方形と尖頭形との二つの形態が,この作品にユーモラスな性格を織り込んでいる。歪んだ小さな長方形の形態が,周囲の枠組より,わずかに後方に退いているのも,平面的な作品に奥行を与える効果を生み出すことになった。ポーライが言及しているように,アルプの尖頭形のモチーフは,童話の小人がかぶる頭布に似た形をしており,可愛らしくて見る者に思わず笑みを浮かべさせる形態である(註)。この点でシュルレアリスム時代の作品に具体化された,何物かを揶揄するような皮肉っぽい性格は微塵も見られない。〈小劇場〉という作品名は,彫刻が出来上がってから名づけられたもののようで,この作品の必然的な内容を指し示しているわけではないと思われる。しかし,それにしても,硬質で鋭い曲線を駆使したこの彫刻が,造形上の緊張感と並んで,小人が登場する芝居の舞台を見るような楽しい雰囲気を醸し出していることを見逃してはならないであろう。


註 Stefanie Poley,Hans Arp,Die Formensprache im plastischen Werk', 1978,P.86


(中谷伸生・三重県立美術館学芸課長)

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