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チェレ−歴史と現代の統合

毛利伊知郎
三重県立美術館学芸課長

チェレを訪れた人々は、現代作家たちの多彩な造形作品とトスカナ地方の緑豊かな美しい自然環境、歴史的な建築との見事な調和に思わず感嘆の声をあげる。1996年にチェレを訪問する機会を得た筆者も例外ではなかった。

欧米だけでなく、近年は日本でも野外彫刻美術館が数多くつくられるようになったが、チェレのように自然と歴史、双方の特質豊かな環境を活かして野外彫刻が設置されている例は少ないのではなかろうか。

筆者がチェレから特に強い印象を受けたのは、広大な変化に富む美しい自然環境もさることながら、チェレが多くの建築や庭園が敷地内に点在する歴史的にも古い地で、そうした歴史的遺産がオーナーのゴーリ氏の選定によって設置された現代作家たちの作品と様々な関係を持ち、「歴史」と「芸術」、「現代」とが一体となって現在のチェレをつくり上げているということであった。

また、本図録に寄せられたテキストの中でゴーリ氏が語っている、氏が京都・龍安寺の石庭に接した時のエピソードも、単に美しい自然環境の中に造形作品を配置するということだけでなく、造形作品はその場の歴史や風土、民俗等々の様々な特質−いわゆる「土地の霊」と関係を結ぶことによって、より強い存在意義を持ちうるということを示唆していると思われる。

わが国における野外彫刻の設置事業というと、近年では大都市等の再開発に伴う野外彫刻設置の他、札幌芸術の森に代表される野外美術館、あるいは「まちづくり」事業としての自治体等による彫刻設置事業などの例がしばしば話題に上る。

しかし、そうしたわが国の野外彫刻設置事業の視線は、多くが「現代」に向けられていて、「歴史」や「風土」などを意識して、設置場所の歴史的あるいは文化的特質を浮かび上がらせようとする例は必ずしも多くはないように思われる。

そうした意味で、ゴーリ氏のコンセプトとチェレのプロジェクトの在り方は、今もなお歴史遺産が各地に少なからず残るわが国で、現代の造形作品をどのように位置づけていくかを考えるに当たり、多くのヒントを与えてくれるのではないかと筆者には思われた。そこで、ここでは日本人の眼で見たチェレについての所感ということで、チェレの歴史的遺産と現代作品との関わりに力点を置いて述べることとしたい。


ここで、チェレの全体像を紹介している『ART IN ARCADIA』(1994.UMBERTO ALLEMANDl&C..Torino)、およびオーナー、ゴーリ氏のテキストによりながら、チェレの歴史的環境を概観しておこう。それらによれば、チェレはトスカナ地方の中でもとりわけ緑豊かな植物が見られる地域であり、その建築や庭園と芸術作品は、18−9世紀の文化を今に伝えているという。

その歴史は宗教的建築あるいは娯楽用施設が建てられた16世紀末に遡り、中心の邸は少なくともトスカナ地方では他に例を見ないネオゴシック様式の建築と目されるが、関連資料がほとんど遺されておらず、また19世紀半ばに改変が加えられていることもあって、建築年代及び設計者に関する詳細は不明であるという。

その他にも、枢機卿カルロ・アゴスティノ・ファブローニが17世紀の末に建立した礼拝堂、18世紀につくられた噴水、19世紀のネオゴシック様式の列柱、小祠堂、茶店などの建築、さらに農業関係の施設が50ヘクタールほどの敷地内に点在し、その中には1812年に詩人で建築家のバルトロメオ・セスティーニ設計になる唯一の建築作品である八角形の禽舎も含まれている。

また、遊歩道が敷地内をめぐり、大小いくつかの湖や溪谷、瀧などが敷地内の各所にあり、チェレ全体が自然美と歴史遺産とが一体となった広大な公園の趣を呈している。

ゴーリ氏の現代美術コレクションは、野外彫刻および屋内設置作品とからなるが、そうした作品がチェレの自然環境だけでなく、歴史的環境とも関連を保って配置されていることはいうまでもない。ゴーリ氏自身が記しているように、作品を設置する作家たちにはチェレの環境を守る義務が厳しく課せられるという。

中心の邸や農園の建物は現代の造形作品の器として再生し、建物の改装と作品設置は今も続けられている。ステファン・コックスの《魔術師》のように、建物の外壁に直接取りつけられた作品、ソル・ルウィットのウォール・ドローイングのように、室内壁面の形態や構造を意識して描かれた作品、アバカノヴィッチの《無題》のように変則的な屋内空間を活かして設置された作品など、建築構造と物理的な関係を持つ作品も少なくないが、それとは異なり建築の意味や性格を意識してつくられた作品も見出すことができる。

例えば、ジョゼフ・コスースの《モドゥス・オペランディ・チェレ》は、湖上の小島に建てられたヴィーナス像を安置する小さな祠堂と関連して制作された作品である。この作品は、小島を二分する高さ2メートルの透明なガラス製の壁で、ガラスの表面にはこの島の平面図とニーチェの著作の一節が表されている。このガラスの壁があるために、祠堂は見えてはいるけれども、私たちがそこに到達することは不可能である。ガラスの壁は、湖水と同じうつろいやすく存在感の小さいものだが、同時に祠堂へのバリケードとして人を拒絶する強靱な存在でもある。こうしたガラスの壁に接することによって、人々は物質の存在や性質の問題を考察することになるのである。

また、ジュゼッペ・スパニュロの《ダフネ》は、古い自然の井戸(氷室)と関連してつくられた作品である。井戸のような円錐形の氷室はチェレの歴史の中心となる遺蹟であり、その場の広さと深さは、優美なニンフというよりも自然の権力者、人を威嚇する巨人、遺蹟の守護者としてのダフネのエネルギーを強調することになる。

氷室の縁に両腕を上げて立つ高さ6メートル近いこの作品は、コールテン鋼を主体にブロンズやオリーヴの木が組み合わされてつくられ、井戸(氷室)をのぞき込んでいるようにも見えるが、スパニュロはこの井戸(氷室)を鏡面に見立てることによって、作品と設置場所との結びつきをより有機的なものにしている。

最後に、トスカナ地方の原生植物や岩石など自然の素材を中心に構成されたアラン・ソフィストの《時の円環》を見ることにしよう。この作品は、なだらかな斜面が広がるオリーヴ園の中にあり、周囲の植生や自然景観と調和しているが、作者の言葉によれば、彼は制作に先立って数か月間チェレやフィレンツェなどトスカナ地方の歴史を研究したという。サークル中心の木立は原始林を意味し、その周囲にはギリシャ・ローマの神々を象徴するブロンズ製の木が立ち並んでいる。その外側には、タイムと月桂樹が植えられ、されあにその回りにはチェレの敷地内から集められた石が敷き込まれているが、この石の環はトスカナ地方の地質の歴史を意味している。そして最も外側に植えられた小麦とオリーヴは、農業の営みを象徴している。ここで作者は、原始時代から現代に至るこの地方の風景の歴史を念頭に置き、トスカナ地方の多様な歴史の層を作品を通して顕在化したという。

このように、ソフィストの《時の円環》は自然、歴史、風土などチェレの多様な特質を象徴的に表した作品ということができるのだが、先に掲げたスパニュロやコスースの作品にも見られるように、自然の美とともにチェレの歴史的な環境がこうした作品の成立に大きく関わっていることを知ることができる。

前記のように、チェレは変化に富んだ美しい自然だけでなく、16-7世紀以来の歴史的背景を持っている。そこで造形作品を設置するプロジェクトを進める際にゴーリ氏らが取った基本姿勢は、以前からの環境を厳格に守るというものだった。

ある空間に作品が設置されることによって、そこには新しい風景が生まれることになるが、ゴーリ氏や作家らはチェレの環境と現代作品とを対立させることなく、作品によってチェレの特色ある景観を際立たせ、過去を現代に蘇らせようとしている。

こうした姿勢は、現代の都市空間等へ作品を設置する場合のそれとは根本的に異なり、過去の遺産が点在する空間に新たな生命を吹き込むことになる。自然、歴史、芸術が一体化し、それによって自然界と人間、過去と現在との間に横たわる溝を埋めようとする強い意志がそこにはある。その意志こそがチェレをチェレたらしめている大きな原動力であるということができよう。

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