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美術館 > 刊行物 > 展覧会図録 > 1995 > 現代社会と動物表現 毛利伊知郎 動物美術館展図録

現代社会と動物表現

毛利伊知郎

この展覧会の第三部には、現在制作活動を行っている若い世代の作家たち9名の作品15点が出品されている。もっとも、最年長の1930年代生まれの若林奮と、最も若い1950年代後半に生まれた馬田純子との間ては、20歳ほどの年齢差があるので、この9名というのは、若い世代と漠然と形容してしまうよりは、作品に動物表現の今日的問題がより端的に現れている作家たちといったほうが適切かも知れない。ここでは、主に彼らの作品を通して、動物が現代美術のテーマとしてどのような地位を占めているのかについて少し考えてみたい。

もちろん、生きものに関心をいだきながら現在制作を行っている作家は、ジャンルを問わず数多くいる。たとえば、動物表現の今日的問題ということならば、第一部、第二部に出品されている、脇日和、柳原義達、淀井敏夫、加山又造、下村良之助、池田龍雄、辻晉堂、鈴木治ら1900年代前半に生まれ、第二次大戦後に本格的な制作活動を始めた作家たちの作品も視野に入れる必要があろう。また、かれらの動物観が比較的若い世代の作家たちのそれとどのように異なるのか、興沫あるところだ。

ところで、現代日本の私たちは動物についてどのような状況に置かれているだろうか。様々な現象や問題があるだろうが、日常のレベルで最も顕著な現象は、一部の例外を除いて、私た与の身辺から自然の生きものの姿が確実に減りつつあるということだろう。-方で、世をあげてのペットブームといれれるように、犬、猫、小鳥といった愛玩動物定けでなく、蛇やトカゲなどの爬虫類もペットにされる昨今である。動物を身辺に置く欲求を強く持った現代人は、少なくないようだ。

また、自ら飼育することはなくても、私たちは動物に関する様々な情報を入手し、さほどの苦労もなく実物を目にすることもできる。テレビや書物を見、また博物館、動物園、水族館などへ行けば、現在地球上に棲息する様々な生きものを見ることができるだけではなく、既に絶滅した原始時代の動物についても詳しい知識を得ることができる。アフリカや南米へ野生動物を見に行くための海外ツアーも売り出されている。

自然の生きものが危機的な状況にさらされている一方で、人間は動物たちを自らの管理下に置くようにもなった。しかし、絶滅寸前の野生動物を前に、彼らを救う万策を見いだせず打つ手のない人間の姿を見せつけられることもある。

では、このような矛盾多い現代日本の動物をめくる状況の中で、作家たちはどのように生きものを見つめ、表現しようとするのだろうか。動物に何を託すのだろうか。

彼らは、愛情と親しみ、敬意をはらって、意外に素朴な気持ちで動物たちに接しているというのが、筆者の漠然とした印象である。もちろん、そうでない作家もいるだろう。しかし、動物をテーマとした作品を制作している作家には、概して動物好きが多い。

自ら動物を飼っていたり、家族に動物好きがいたり、動物園が近くにあったりと事情は様々だが、彼らは基本的に動物に好意を抱いている。考えてみれば当たり前のことだが、動物嫌いの作家が、動物を造形しようという気持ちにならないのは当然かもしれない。

そうした意味では、現代日本の具象彫刻界を代表する二人の作家柳原義達と淀井敏夫の動物をテーマとした彫刻は、作者の動物に対する眼差しが強く現れた作品ということができよう。

淀井作品には、動物園や海外旅行での取材に基き、キリン、マントヒヒ、牛、コブラなどが登場する。キリンをテーマとした作品方らは、キリンに対する慈しみの情を見て取ることができるが、マントヒヒやコブラの場合には、厳しい自然環境の中にある野生動物の尊厳と神秘性に対する畏敬の念が込められているようだ。その結果、代表作「聖マントヒヒ」のように、淀井作品はある種の人間的な心理をも表出することになる。

-方、柳原義達が取り上げるのは、もっぱら孔雀鳩と鴉である。柳原の鳩や鴉には、作者自身の自画像という意味もあるが、造形的には自然のままの鳥の姿や動きに内在するヴォリュームの動きと相互閑係を追及するという意義を持っている。そして、その根底にあるものは、身近な鳩と鴉によせる作者の深い愛情である。

若い世代では、安藤泉の作品からもこうした動物に寄せるヒューマンな情感を見て取ることができる。1950年生まれの安藤は、鍛金の技法を駆使して、様々な動物を実物大の大きさでつくり続けている。鍛金の面的な効果を活かしてつくられた作品は、自然の動物が時として見せる人間的とも言える表情やしぐさが抒情性の中にさりげなく示されている。

こうした作家と動物との親密な関係というのは、近代以降の造形活動における動物表現の最も基本的な契機といえる方もしれない。このような例は、上に名前をあげた作家に限らないだろう。しかし、近現代の動物をテーマとした作品には、もっと屈折した作家の感情が現れている場合も少なくない。

少し歴史的にさかのぽるが、シュールレアリスムの作品には動物がしばしば登場する。日本の作家では、古賀春江、靉光、瑛九、福沢一郎らの作品をみれば、そこに動物の姿を見出すのはたやすいことだ。そこで、動物たちは非現実的な絵画世界をつくる上で重要な役割を果たしている。

そうした作品では、動物は異界に存在し、人間とは異なる姿形を持つものとして、超現実的なイメージで登場する。作者は、人知をこえた存在である動物に着目している。

動物が、様々な点で人間と異なる存在であることはいうまでもないけれども、人間は異形の動物に自己の姿を投影して見ることもある。擬人化は、動物を扱う作家たちがしばしば採用する方法である。

こうした傾向は、第二次大戦後活動を始めた作家では、日本画に新しい世界をつくろうとした加山又造や工藤甲人、稗田一穂ら創造美術系の画家たちの作品、池田龍雄や吉野辰海、桂ゆきのように、アヴァンギャルド芸術やネオ・ダダイズム運動に関係した作家たちの作品などに顕著にみることができる。

加山又造が1950年代半ばに発表した「悲しき鹿」を初めとする動物が登場する一連のシュールレアリスム調の作品では、当時の日本社会全体に色濃く残っていた不安感が、荒涼とした風景の中の鹿や駱駝、犀、縞馬などの動物に託されている。

また、池田龍雄の一連のペン画には、この世のものとは思えぬ異様な姿の生きものたちが登場し、現代社会と人間に対して痛烈な批判を浴びせかけ、吉野辰海の犬たちは異様な姿としぐさによって、私たちに人間の本質について考えることを求めるのである。桂ゆきも、動物を主人公とした昔話や諺、動物の姿からインスピレーションを受けて、戯画的な表現の中に陽気で明るい諷刺精神を込めた。

天野裕夫や浅井健作、藪内佐斗司ら戦後世代の作家たちの作品は、こうした戦前から戦後にかけての、動物に託した人間の本質の表現につながるものとして位置づけることがてきよう。

浅井健作の作品は、人間が本質的に持っている欲望に対する批判精神と生き生きとした機知が認められるし、天野裕夫がつくり出す怪異な空想の生きものたちは、表面的なきれいごとに終りがちな現代人の美意識をあざ笑っているかのようだ。また、藪内佐斗司は、きわめて人間的な表情をもった動物たちをつくって、人間も動物も自然界では同格であることを示唆している。

ところで、若林奮の犬やクロバエのイメージと関連する彫刻、「鮭の尾鰭」と題された版画集、あるいは戸田正寿が1983年に発表した「赤いクジラ」「三月のライオン」という版画は、これまでの動物表現いない、イマジネーション豊かな発想と造形を示している。

さらに、1950年代生まれの大谷まや、馬田純子という二人の女性作家も、動物をめぐる表現の文脈に一つの新しい世界を提示したように思れれる。

大谷まやが、1994年に発表した猫をテーマとした一連の作品は、現実社会とは距離を置いた、おとぎ話の世界のような印象を与える。また、鏡や合成樹脂を素材に爬虫類や両生類を盛んに制作している馬田純子の場合、表れされている動物の種類に関係なく、その世界はきわめて陽気で明るい。

彼女たちの制作の根底には、他の作家にも共通する動物への愛情があるのだろう。制作の契機という点では、他の作家たちと共通するところもある。しかし、伝統にとらわれない新しい素材や技法が採用されていることもあって、完成した作品はポップアートようにドライな明るさを持つことになる。

若林奮の作品に見られる観念的な表現と、馬田純子の作品に示されているドライでポップな表現という二つの傾向は、具象・抽象のへだてなく現代日本における最も今日的なイメージ表現といえるかもしれない。

造形作品の主題ということでは、人間や風景と同様に、生きものたちがその地位を失うことは将来にわたってないだろう。最近では、古生物学の進歩によって、太古の原始生命の姿や行動も、コンピューターグラフィックスによってリアルに再現されるようになった。時間的にも空間的にも、動物に関する情報は確実に増大しつつある。しかし、一方で動物たちと人間との密で深い交感が次第に失われつつあるのが、21世紀を間近に控えた現代社会の実態であろう。

こうした状況がさらに進んだとき、作家たちは動物たちにどのような眼差しをおくり、どのような作品をつくり出すのだううか。また、どのような生きものが造形作品に登場するようになるのだろうか。

(もうり いちろう・三重県立美術館学芸課長)

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