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学芸室だより リニューアル版

お題:はじめまして

2007年5月10日 伊藤亮子

 今まで私にとって美術館というのは……学生の頃は作家のテクニックを探る場、仕事に就いてからは癒しの場となっていたと思う。私が作品を観るときは、作者の生活の部分、思想的な部分はあまり意識して観ない、というか興味がなかった。ただ形、構図、線、特に色を好んで、観てきたように思う。このような私が作品に対して感動する気持ちを『子どもたちに味わわせる』という授業などできるはずがないと、いつも尻込みしていた。鑑賞の授業は、生徒が作品に取り組むための導入として、刺激を与えるという目的で、資料集を使って簡単に芸術作品を紹介していた。それでも子どもたちは「すっげー」と驚いてくれる。なんと未熟な教師を支える、豊かな子どもの感性であろう。穴があったら入りたい…。
 美術館には美術作品が展示してある。それを興味のある人が足を運び、様々な感性で感じ取って満足したり、そうでなかったり、単純にそれだけだと思っていた。赴任して1ヶ月が過ぎて、美術作品、美術館を好きな人って、こんなにたくさんいるんだ〜。と美術館の存在に、今までとは違った感覚を覚えた。デスクの隣の青年が「子どもたちが育って大人になったとき、作家になる人より作品を見て楽しむ人になる方が、数的には多いんですよね〜」と話してくれた。確かに、そんな風に感じながら鑑賞の授業をやったことはなかった。
 今年も春の社会見学として、美術館を利用してくださる学校が多い。先日2校の小学校の生徒さんたちに、アートカードを使ったカルタ取りを、観覧行程の中に組み入れていただいた。「あっ!これ!私がとった絵だ〜」 と嬉しそうに、私に教えてくれた。ここ10年ほど、不登校の生徒と向かい合う仕事をしていたため、どちらかというとアートセラピー的なものに、興味を持って研究していたのだが、この間に三重県立美術館の所蔵の作品をカードにした、アートカードというすばらしい鑑賞用教材が来上がっていたのを、ここに来て初めて知った。情けない。カードゲームをして、楽しそうに歓声を上げる子どもたちの様子、カードで知った作品の本物を観て、感激する子どもの顔を見ることができた。
 何をすればよいのか、何から始めればよいのか暗中模索の私に、手招きしてくれる何かが見えてきたように思う。私が授業で悩んだ『美術鑑賞教育のあり方』を研究することこそが、「教育普及」担当として配属された、私の使命なのだ!?  と、 思う。
 今の気持ちは、子どもから大人まで、ひとりでも多くの方々が美術館に足を運んでいただいて、そして豊かな気持ちになって帰っていただけるようにするには、どうすればよいかということを、追求していきたいと思っている。

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