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美術館 > 刊行物 > 学芸室だより > 心に残るこの1点 > 心に残るこの1点(9) こどもと絵を見るきっかけ、のきっかけ 那須賢輔 学芸室だより

学芸室だより リニューアル版

テーマ:心に残るこの1点

2008年6月1日 那須賢輔

 

こどもと絵を見るきっかけ、のきっかけ

 

知らない間にこのページに名前が掲載され、非常勤職でありながらも図々しくなってきている今日この頃、学芸のみなさんがそれぞれの根っこになるようなエピソードの話をしているので、ぼくは教育普及という立場からひとつ話をしてみたいと思います。

 

教育学部という、本来は先生になることを目的とした学部を卒業しておきながら、こどもと美術を社会の中でつなげていくことはできないのか、とふらふらっとしている僕に美術館の仕事が舞い降りてきたのは、かれこれ5年も前のことだそうです(本人にはあまり自覚がない)。

 

それまで美術教育や制作についての勉強はしてきたはずなのに、美術館でこどもと接しようとするとなんだかそれまでの方法とは違う。ここでこどもたちになにを感じ取ってもらい、なにをつみとっていってもらったなら正解なのか。少しでも手がかりが欲しく、過去の美術館教育の資料を読み、実際に来館してくるこどもたちと接し、様子を伺う。これをひたすら繰り返し、さまざまなこども対象のプログラムを企画することとなりました。

 

美術体験室でただひたすら作品を作る活動、美術館のバックヤードをスタッフと一緒に探検する活動、美術館の周辺をぐるっとまわる活動。これらの活動の根底には僕自身の中に勝手な「展示室で作品を見るだけではこどもは退屈してしまう」というイメージがあったのかもしれません。そんな試行錯誤をしている中、とある兄弟に出会いました。

 

その日もバックヤードを回ることでそれとなく時間を過ごし、展示室での時間はおまけ程度にして、プログラムが終わりの時間を迎えた時でした。エントランスホールを見渡してもまだおうちの人の姿がない。おうちの人が来るまで展示室でもう少し過ごそうと兄弟を誘い、展示室の椅子に一緒に腰をかけ、1枚の絵を眺めていました。その絵はムリリョの《アレクサンドリアの聖カタリナ》でした。

 

 

絵を前にしたら、その絵の話をしないといけない。まだそのころの僕は固い頭でそう考えていました。でも、話すには自分の知識の量では少なすぎる。そんな引け目を感じつつも絵のまえに一緒に座っていると、自然とその兄弟が絵についての話をしてくれだしました。

 

 

「この女の人はお姫様かな」

 

「天使がやってきたんだね」

 

「天使さん、なにかもってるよ。木かな?はっぱかな?」

 

                などなど。

 

 

僕から何の話をしなくても、絵を前にして、一緒にすわってゆっくり見ているだけで、退屈するまもなく絵をよく見て話をしているんです。もちろん、絵のパワーがそうさせたのも事実でしょう。

 

 

その体験がよかったのか、兄弟は僕の手をとり、どんどん展示室を進んでいき、つぎつぎと絵を見てはいろいろな話をしていました。そんな中、弟の方が絵を一生懸命見ながらも、どうやらお手洗いに行きたい様子。

 

 

その頃には時間もかなりたっていたので、おうちの人が心配して展示室の入り口までやってきていました。おうちの人がいるし、小さな兄弟だし、きっとそのまま帰るだろうなとお手洗いを案内していたのですが、そんなことはありませんでした。戻ってきたその子は、「もう少し待ってて、今絵をみているから」といって、さっきまで見ていた絵の前にするするともどっていくではないですか。もう一度絵の前に立ち、しっかり絵を楽しみ、そしておうちの人のもとに元気に帰っていきました。

 

 

このエピソードをきっかけに、こどもと展示室で接する方法が変わりました。いや、少しずつ変えていきました。難しいことは考えなくてよかったんですね。なにか知識を与えたがるのが、大人の悪いところ。そこをぐっと我慢して、こどもの発見や喜びをいかにして準備していくのかが大人の役割として重要なのですね。そのステージがたまたま美術館ということだけなんです。そのきっかけになったこのときの体験は、非常に重要だったと思います。

 

 

というわけで、他のみなさんとは少し毛色の違う話ではありましたが、僕の「心に残るこの1点」では、こどもと絵をみる楽しさを教えてくれた「アレクサンドリアの聖カタリナ」を挙げさせてもらいました。

 

ムリリョ、バルトロメ・エステバン《アレクサンドリアの聖カタリナ》

ムリリョ、バルトロメ・エステバン

《アレクサンドリアの聖カタリナ》

 

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