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学芸室だより リニューアル版

テーマ:心に残るこの1点

2008年2月12日 毛利伊知郎

 

当館学芸員によるこのコーナー「心に残るこの1点」は、学生時代を振り返った「わが青春記」的趣を帯びてきました。今から30年ほど前、大学で美学美術史を専攻していた私は、美術史で生活できる目途もなく、鬱々とした日々が続きました。そんな学生時代を過ごした私にも、人並みに当時から今に至るまで忘れることができない「心に残るこの1点」はあります。しかし、それはまた別の機会にして、今回は美術館学芸員になってから接した作品の中から「心に残るこの1点」を選びたいと思います。
 美術館学芸員になってから接した作品の数は数えきれません。思い出深い作品も多々ありますが、今回は橋本平八の《成女身》を挙げたいと思います。
 この作品を初めて見たのは1985年秋に開催した展覧会「橋本平八と円空 木彫・鉈彫の系譜」の準備で、伊勢市朝熊の平八さんの生家を訪ねた時だったと思います。伊勢地方特有の妻入町屋の平八さんの生家玄関を入った左手奥の廊下にこの像がひっそり立っていた情景は、今もはっきり記憶に残っています。薄暗い家の中で直立する《成女身》の姿は、どこか不気味でもありました。また、当時ご健在であった千代夫人の平八さんに対する愛情あふれるご様子も忘れられません。
 展覧会が終わった後、《成女身》《石に就て》などとともに当館に寄託され、《成女身》は1998年に所蔵品に加わりました。以後、美術館のコレクション展示等で、折に触れて他の平八作品とともにこの作品を展示してきましたが、この彫刻家の本質に近づけないもどかしさをいつも感じてきました。
 一方、橋本平八に興味を抱く彫刻家や研究者は少なくなく、そうした方々からは早く平八の全貌を明らかにしてほしいと再三にわたって激励や督促をいただいてきました。しかし、様々な事情が重なって平八研究のスピードが急に上がるとはいえない状況が続いてきました。
 近年になって、このままではいけないと真剣に考えるようになり、また他の研究者の方々から背中を押される形で、改めて資料調査や関係者への聞き取りを進めてきました。美術館での調査研究ですから、何とか展覧会にしたいと考えていましたら、幸いご一緒してくださる美術館も現れました。2010年には、平八さんの実弟で前衛詩人の北園克衛(本名・橋本健吉)との兄弟展という形で、これまでとは一味違う橋本平八像を皆様方に見ていただけるよう準備を続けています。
 橋本平八という彫刻家、彼の《成女身》をはじめとする作品群は、関係者の方々の様々な思い出とともに、私の学芸員人生で忘れることができない存在になることでしょう。

     橋本平八《成女身》 1926年  橋本平八《成女身》 1926年

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