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美術館 > 刊行物 > 学芸室だより > 新聞連載 > 心に残るこの1点(3) 三代歌川豊国《八重垣紋三》 道田美貴 学芸室だより

学芸室だより リニューアル版

テーマ:心に残るこの1点

2007年10月18日 道田 美貴


「心にのこるこの1点」という、何とも難しいお題。考えれば考えるほどさまざまな作品が、浮かんでは消え、浮かんでは消え…。

作品との出会い方は実にさまざまですが、やはり調査、というかたちで向き合った作品は特に心にのこります。先般、大々的に開催されていたプライスコレクション「若冲と江戸絵画」展(東京国立博物館他で開催)では、学生時代にロスで調査させていただき強く心にのこっている作品の数々と再会することができました。この中から特に印象深かった作品を、夢のような調査旅行の思い出とともに綴ろうと思い書き始めるも、ともすると楽しかった調査旅行を現実逃避気味に思い返してしまい、筆が進まずについに挫折…。
 仕事で接した作品も心にのこらないわけがありません。特に、自分が担当した展覧会にご出品いただいた作品、とくに門外不出といわれるような作品は強く印象にのこっています。一方で、ぜひとも拝借したいとさまざまな手をつくしながら、色々な事情であきらめざるを得なかった作品というのも忘れることはできません。でも、これ・轤ヘあまりにも現実的すぎ、いつぞやのお題のときのように、愚痴に終始してしまいそうなので却下…。
 それ以外にも、海外で出会った西洋美術の名品から、お気に入りのデザイナーが手がけた楽器、はては我が子が描いた絵まで、数え上げればきりがないほどの「作品」が自分の中に大切にあることを再認識することができ、それはそれで嬉しい発見でした。

とはいうものの、お題は「心にのこるこの1点」。オチも笑いもない、大阪人にあるまじき昔話に終始した学芸室だよりになることを予感しつつ、それでも、今回は素直に行こうと、十数年間大切にわたしの手元にある想い出の作品・三代歌川豊国の《八重垣紋三》という役者絵をとりあげることに決めました。

役者絵の中でもあまり有名とは言い難いこの作品とのはじめての出会いは、今をさかのぼること十数年前の卒論試問会。持ち時間もほぼなくなったころ、それまで何もおっしゃらずニコニコと微笑んでおられたデザイン史ご専門の先生が、突然一枚の浮世絵を取り出され、役者絵に関心をもち卒業論文を書いた私に、「この浮世絵について説明してください。」、と静かにおっしゃったのです。まったく予想していなかった展開に少しとまどいながらも、ごくわずかな知識を総動員、その作品について読解を試みました。時間の経過のため、今となっては何をどのように話したか詳しくは覚えていないのですが、はじめてみるその作品に妙にワクワクしていたことだけは覚えています。試されている、というよりは、先生のコレクションをこっそりみせていただいている!というような。ちょっと得した気分だったのかもしれません。

そして、一通り話し終えると、先生は、「論文も今の解説もそつがないわ。この浮世絵は差し上げるわね。」とおっしゃって、1枚の浮世絵を手渡してくださったのです。そつがないどころか、今読み返すと赤面してしまうような文章ですが、それなりに時間をかけて調査を重ねていたことを評価してくださったのか、あるいは美術館に入りたいからと進学を検討していた私にエールをおくってくださったのか…。いずれにしても、あこがれの先生にいただいたあの日のことばと、濫作で知られる国貞の、図版もほとんど掲載されたことのない1枚の役者絵は、その後出会ったどんな名作にも負けないほど大切な1点として、今も私の中にあり続けています。

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