美術館の「間取り」
井上隆邦
美術館と聞いてまず頭に浮かぶのは展示室であろう。天井高があり、整然と仕切られた空間。そこに並ぶ絵画や彫刻の数々。これが一般的なイメージであろう。
美術館には実に沢山のスペースが存在するのだが、展示室などごく一部のスペースを除いては、一般にその存在は余り知られていない。実際、当館の場合でも、展示室のスペースは総床面積の30パーセントに過ぎない。
人気のテレビ番組に”渡辺篤史の建もの探訪”というのがある。ナビゲーター役の渡辺篤志が新築のお宅を訪問し、設計のコンセプトや間取りなどを見て回る番組だ。今回はこの番組に倣って、我が美術館の、ユニークなスペースの一端をご披露したい。
最初にご紹介したいのは、美術館の心臓部でもある収蔵庫だ。収蔵庫は、美術館の最上階にあり、面積は美術館全体の10パーセントを占めている。ここに、貴重な作品5000点が保存されている。日本の近代洋画や彫刻の数々、そしてシャガール、ピカソ、ダリと云った西洋絵画の名品が静かに眠っている。空調の音が微かに聞こえる以外は、静寂が空間を支配している。収蔵庫の中に入ると、様々な歴史を背負った作品同士が、その来し方と行く末をヒソヒソと語りあっているような錯覚に陥る。無論、収蔵庫は防火、防犯、温湿度管理などの面で万全の体制が敷かれている。その扉は実に重い。開け閉めに腕力がいる程だ。
美術館のスペースで案外知られていないのが、レントゲン部屋である。多くの所蔵品は、”ビンテージ”ものなので、必要に応じてレントゲンを撮り、修復を行っている。当館にはこの分野の専門学芸員がおり、”医者”として多忙な毎日を送っている。補修の関係でレントゲンを撮ったところ、想わぬ発見に出会うこともある。村山魁多の自画像の背後から牛の絵や風景が浮き出てきた時は新聞ダネになった。魁多は、自画像以前に、何を描こうとしたのだろうか。謎は残る。
美術館の運営を支えているのは、専門スタッフばかりではない。美術館の業務は開館以来、ボラティア・グループ、“欅の会”によって支えられている。こうしたグループが活動するスペースも確保されている。このスペースも、間もなく始まる「シャガール展」の準備で活気づいている。
一般の方々に良く利用されているのが、見晴らしの良い庭に面したレストラン、”ボン・ヴィヴァン”だ。シェフは展覧会にあわせて毎回、特別メニューに知恵を絞っている。展覧会で”目”に訴え、レストランで”味覚”を楽しむ仕掛けだ。
美術館の業務は、地道な調査研究、作品の収集・保存、普及活動、受付・案内など実に多岐に亘る。こうした業務に呼応するように美術館の”間取り”は設計されている。
“間取り”という視点から眺めると、美術館の別な姿が見えてくるのではないだろうか。
(中日新聞・みえ随想
2007年4月1日掲載)