「文化の十字路」パリに学べ
井上隆邦
フランスの都市の中で、美術、演劇、映画、ファッションなど、文化の“生産”を一手に引き受けているのはパリで、その一極集中ぶりは凄い。日仏文化交流の仕事で嘗て四年程パリに滞在した時の実感だ。
なぜパリに一極集中するのか。
“文化の十字路”ということが、大きな要因の一つであろう。全世界から芸術家が吸い込まれるようにして集まってくれば、パリを舞台に、異文化間の摩擦や衝突は当然の如く起こる。しかし、こうした摩擦や衝突はマイナスに働くとは限らない。予期せぬ“化学変化”が起こり、新しい芸術表現への道を切り開く。パリで活躍した異邦人、ピカソ、シャガール、藤田嗣冶は、ほんの一例に過ぎない。
パリという街、或いはそこに生きる人々が、文化の創造に対して寛大な点も見逃せない。「やってみなはれ」と言った精神が街全体に溢れている。こうした土壌があるからこそ、芸術家は常識を打ち破る企てや試みが出来るのではないだろうか。ただし、自己責任の精神は徹底している。
そして最後にもう一つ。遊びと洒脱の精神だ。四画四面の環境では文化は花開かない。こうした精神、「宵越しの金は持たぬ」といった江戸っ子の心意気にも通じるから不思議だ。
日本でも八十年代には「文化の時代」という標語が持て囃された。また八年ほど前には、文化芸術振興基本法なる立派な法律も整備された。しかし、周りを見渡してみると、何かもの足りなさを感じてしまう。文化についてはまだまだ、パリに学ぶべき点が多々あるようだ。
(朝日新聞・三重版2009年1月14日 カフェ日和第二回)