過日、上野の東京都美術館で「公立美術館はいま」と題するシンポジウムが開催された。このシンポジウムの司会をしていて痛感したのは、公立美術館の置かれている厳しい現実だった。展覧会を開催するための予算の激減、学芸員不足など問題点を列挙すればきりがない。こうした状況はいまに始まったことではなく、十数年来続いている。公立美術館の地盤沈下は各地で静かに、しかし確実に進行している。 “暗澹”たる気持ちを抱いたまま、ベニス行きの飛行機に乗り込んだのは、シンポジウムの直後だった。最先端の表現を追求する現代美術の祭典、第五十三回ベニス・ビエンナーレを取材するのが目的だった。世界的な金融危機がベニスを直撃していると思って出かけたのだが、意外にもベニス・ビエンナーレは活況を呈していた。今回のビエンナーレには、史上最多の七十七ヶ国が参加。出品作品のアーチストも七百名を超えていた。ジャルディーニ(公園)を中心に、街のいたるところで展覧会が開催されていた。内覧会には美術関係者、報道陣、画商そして元大統領・閣僚経験者など大勢の人達が詰め掛けていた。 日本の公立美術館の厳しい現状を、美術のオリンピックと称されるベニス・ビエンナーレと比較することは無謀かもしれない。しかし、それにしてもその落差の余りに大きいこと。シンポジウムで抱いた“暗澹”たる気持ちはベニス滞在中、陰を潜めてはいたものの、帰国してみれば元の黙阿弥。出口の見えない暗いトンネルから、各地の公立美術館は、いったいいつ抜け出すことが出来るのであろうか。 |
「ベニス再訪」、『友の会だより』、no.81、2009.7.31
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(朝日新聞・三重版2009年8月11日 カフェ日和第6回)