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所蔵コレクション

井上隆邦


昨年の秋、日経新聞のイニシアチブで全国の公立美術館をランク付けする調査が行われた。調査結果は、初の試みだけあって、美術界の話題になった。その結果に一喜一憂した美術館もあったと聞く。

ランク付けに当たり採用された評価指標の一つが所蔵コレクションの充実度だった。どれだけ質の良い作品を、系統だって収集しているのか、所蔵品の購入予算はしっかり確保されているか、といった点が評価の目安となった。美術館の良し悪しは結局のところ、所蔵作品で決まるといった側面が強いので、こうした指標の採用は適切であったと思う。いくら、学芸員という優れた料理人がいても、所蔵品という肝心の素材がなければ、腕の振るいようがない。

筆者の勤務する三重県立美術館は現在、5000点の作品を所蔵している。25年前の開館当時が360点だったことを思えば、この25年間の充実ぶりはおわかり頂けると思う。5000点の作品のうち、特筆に値するのは、何と言っても、イオンの名誉会長である岡田卓也さんが理事長を勤める岡田文化財団からの寄贈である。シャガール、ミロ、といった所蔵コレクションの中核を成す作品の多くは、この財団からの寄贈である。民間ベースによるこうした支援は無論、関係者の間では周知の事実だが、一般には余り知られてない。こうした中、昨年の暮れに、資生堂の福原名誉会長が理事長を努めるメセナ協議会が、同財団の長年亘る活動を顕彰し、“地域文化支援賞”を贈ったことは、誠に時宜に叶ったことであり、歓迎したい。

所蔵コレクションの特色は?といった質問を良く受ける。こうした場合、収集方針から説き起こすのが最もオーソドックスな手法だが、長い説明が逆効果な時は、代表的な所蔵品の一つとして“曽我蕭白コレクション”挙げることにしている。

蕭白は伊勢地方と縁が深いことから当館でも積極的に収集してきた江戸期の画家である。同時代に活躍した画家として丸山応挙の存在は一般に良く知られているが、蕭白の知名度は応挙には及ばない。それもその筈で、簫白の評価が急速に高まったのは、戦後も70年代以降のことだから、最近のことに過ぎない。

蕭白の魅力は、なんと言ってもその過激で奇想に満ちた作風であろう。現代の我々をも魅了する要素が多分にある。グラフィック・アーチストの横尾忠則氏は、蕭白の大ファンであるし、国際的に活躍している、舞踏の創始者、大野一雄氏も、暗闇に映し出された蕭白の作品を背景として、前衛的な舞台を披露している。

蕭白は実にエピソードの多い人で、その言動が実に面白い。大変な“飲兵衛”だったらしく、失敗談が付きまとう。自信家なのか、大言壮語ぶりも目立つ。“応挙が何ぼじゃ”という簫白の開き直り発言に、人間らしい生臭さを感じるのは筆者だけであろうか。

日本国内で簫白を最も多く所蔵しているのは当館だが、簫白の第一級の作品の多くは現在、米・ボストン美術館にある。廃仏毀釈が猛威を振るった明治初期に、米国に渡ってしまったのである。

至極当たり前のことだが、第一級の美術館を目指すには、優れた作品を収集する以外に王道はない。美術館のランク付けに一喜一憂しないためにも、年頭にあたり、こうした原則を改めて確認しておきたいものだ。


(中日新聞・みえ随想2007年1月7日掲載)

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