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美術館 > 刊行物 > 学芸室だより > 新聞連載 > 中心市街地の活性化と地域文化 井上隆邦 「海の道」第14号(2006年8月)

中心市街地の活性化と地域文化

井上隆邦


”シャッター通り”という言葉に象徴されるように、地方都市の、中心市街地の空洞化は著しい。7年程前に筆者は、新潟県・上越市の文化担当副市長をしていたが、上越市でも、その当時から空洞化現象が急速に進行していた。

利便性の高い車社会の進展。そしてそれに歩調を合わせるようして整備された道路網。こうしたことを背景として、大型スーパー・マーケットや量販店が店舗を郊外に展開していった結果、中心市街地からは人通りが途絶え、歯止めが掛からなくなった。様々の打開策が試みられてはいるが、決定打といえるものは簡単には見つからない。こうした中、この5月には改正中心市街地活性化法が国会を通過し、間もなく施行される。

改正中心市街地活性化法が事態改善の切り札になることを期待したいが、この法律だけを当てにしていたのでは何とも心許ない。地元の人々も、NPOも、行政も知恵を出し合い、工夫を凝らした、自立的な解決策を是非見いだしてほしい。

中心市街地といわれる一帯は長い歴史がある。経済取引の中心地であったのみならず、地域文化の重要な拠点として、独自の文化を育み、蓄積し、外に向かって発信してきた場所でもある。こうした地域文化を梃子として中心市街地を活性化できないものだろうか。

地域文化と一口に言っても、狭い意味での芸術文化だけではない。その地域で培われてきた独自の考え方、生活スタイル、街づくりのノウハウなども含めた意味での”文化”であり,換言すれば人間の知恵と言っても良いであろう。こうした視点からの見直しを提案したい。また、重要なことは、”古きを尋ね新しきを知る”と行った視点であり、過去の世界に逆戻りすることではない。過去の良さを、現代という文脈の中で活かすかすこと。それが勝敗のカギを握る。

ここで話題を少し転じたい。伊勢のお陰横丁のことである。この一帯の繁盛ぶりは、目を見張るものが有る。まるで江戸にタイムスリップして来たような賑わいだ。中心市街地活性化に役立つヒントがここに隠されていると思うので、このことについて触れておきたい。

年間600万人近くがお陰横丁を通過し、神宮に参拝すると聞く。この数自体、驚異的なことだが、問題は数よりも、訪れる人の年齢層だ。実に幅広い。若者やカップルも目立つ。年齢層のバランスが良く、リピーターへの期待も高まる。

ではいったい、こうした繁盛ぶりは何に起因するのだろうか。

無論、伊勢神宮あっての、お陰横丁である。先ず注目したいのは、神宮とお陰横丁との相互補完関係だ。文化人類学を引き合いに出すまでもなく、”神聖なるもの”と”俗なるもの”、人間心理は、その両者の間で振り子のように揺れる。聖なる場所に参拝した後の、精進落としに人は息をつく。お陰横町の真骨頂である。また、神宮との距離が適切なのも良い。

もう一つ注目したいのは、規模の経済学といった視点である。お伊勢参りが盛んだった頃の、江戸時代の街並みを再現することは並大抵のことではない。多くの資本が投下されたに違いない。街並みを構成しているお店も安普請ではない。張りぼてであったら、すぐに飽きられてしまう。相対として大きな資本が投下されたからこそ、魅力的な街並みが実現し、来訪者の大量動員に繋がっているのだろう。投下予算と繁栄の関係は実に大きい。投下資本が一定限度を超えるとその効果が幾何級数的に増大するのではないか。規模の経済学である。

最後に指摘したいのは、横町全体の雰囲気である。歴史や伝統というキーワードで統一感を持たせつつ、一方で若いお客のニーズも踏まえていることだ。品揃え一つをとっても、そのことが判る。街を歩けば、時代の流れをしっかり掴んでいる”伊勢商人”の伝統が垣間見える。

先日、筆者が勤務している三重県立美術館で、”ウィーン美術アカデミー名品展”が開催された。開会式にモーザー駐日オーストリア大使が来県されたので、神宮にご案内した。無論、神宮に感動されたことは言うまでもないが、”茶目っ気”の多い大使はお陰横町を大層気に入り、立ち寄ったお店で焼きたての”サンマの丸干し”を摘んでは、終始ご機嫌であった。後で知ったことだが、お陰横町は外国人にも評判とのこと。国際的にも通用する横町である。

中心市街地活性化のヒントは、案外身近なところに有るのかもしれない。街の来し方と行く末を新しい視点で見直すことで素晴らしい解決策が見いだせるのではないだろうか。全国各地の、寂れた中心市街地が知恵と工夫でいつの日か賑わいを取り戻すことを期待したい。


「海の道」第14号(2006年8月)

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