「直感大切に、美術鑑賞のコツ」
井上隆邦
先日亡くなった俳優の緒方拳さんは大の古美術ファンで、生前よく骨董屋に通っていたそうだ。店内をザーッと見渡し、気に入った作品がない時は、さっさと店を出たという。なぜ、一点一点丁寧に眺めないのかという問いに対して緒方さん曰く、「いい作品は向こうから寄ってくるからネ」と。この科白、美術鑑賞の本質を捉えている気がしてならない。
展覧会に行けば、“オーラ”を発している作品に出合うことがある。自己主張というのか、存在感を示している作品だ。緒方さんは、感性の豊かな人だったので、ちょっと眺めただけでも、“オーラ”を察知し、作品が近づいて来るように感じたのであろう。
展覧会場には様々な解説パネルが設置してある。こうした解説パネルは展覧会について多くの情報を提供して呉れるが、大切なことはまず作品を眺め、気に入ったものがあれば、じっくりと味わい、できれば、あれやこれやと想像を巡らし、楽しい一時を過ごすことではないだろうか。
美術館での事業の一つに教育普及プログラムがある。子供たちに美術作品を鑑賞して貰う事業だ。こうしたプログラムに参加している子供たちを眺めていると、実に面白い。大家の作品の前で「暗い絵だから嫌い」と平気でいい、別の作家の作品に対して「僕は、あのブルーが大好きだ」と率直だ。
緒方さんではないが、直感を大切にしつつ、また教育普及プログラムの子供たちのように自由な視点から作品を眺めることが出来れば、展覧会の楽しみも倍増するのではないだろうか。お試しあれ。
(朝日新聞・三重版2008年11月19日 カフェ日和第一回)