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美の判定基準

井上隆邦


三重に移り住んで1年と4ヶ月。天気の良い休日は、ドライブを兼ねて法隆寺によく出かける。美しい、菩薩像や観音像、太子像などを見て回るのが何よりの楽しみだ。数々の仏像は、繰り返し対面しても見飽きることがない。その都度、新しい発見がある。

法隆寺の仏像の中で特に気に入っているのが、高さ90センチ程の夢違(夢違い)観音だ。悪夢を見てもこの観音様にお願いをすれば悪夢が善夢に変わるとのこと。飛鳥期の金銅製の仏像だ。

夢違観音で印象的なのは、その表情だ。凛として端正な顔立ちの中にも愛くるしさがある。また、勢いよく伸びた眉は、その長さといい、曲がり具合といい、絶妙だ。制作者の天才的な造形感覚を感じさせる。技術力だけでは到達できない世界であり、この観音像が国宝に指定されているのも頷ける。

仏像研究の第一人者、W氏と一献傾けた折り、なんの拍子か、国宝と重要文化財の違いに話が及んだ。面白かったのは、氏の解説だった。曰く、両者の間には、高くて、超えられないハードルがあるとのこと。制作者に技術力があれば、重要文化財の域には到達可能だが、その先の国宝となると話は別だという。国宝には、どことなく可愛らしく、得も言われぬ魅力があり、それが後光のよう輝いていることが必要不可欠とのことだ。

W氏の解説はユニークだが、少々文学的過ぎる。もっと別の視点から国宝と重要文化財の違いを説明出来ないものだろうか。そうしたことを考えていた折り、岐阜の数学の先生の存在を知った。

この先生は美学的な問題を数式から研究している人で、人間が美しいと感じる世界を数字に置き換える試みに挑戦している。黄金比の問題に始まり、美しい曲線の法則性や方程式など研究範囲は広い。美というファージな概念を数字で客観的に説明することは容易ではないが、こうした研究も斬新で面白い。全く新しい発見に繋がるかもしれない。

W氏に代表される美学的なアプローチと、岐阜の先生による数学的なアプローチ。両者は一見、水と油のような関係だが、共に“美とは何か”という基本命題を追求している点では同じだ。今後、この二つの方向で研究が更に進めば、いつの日か、国宝と重要文化財の違いや、夢違観音の美しさを、より明快に説明出来る日が来るのではないだろうか。

(三重県校長会広報  2007年7月1日)

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