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学芸室だより リニューアル版

お題:学芸員の仕事紹介G 保存・修復

2006年12 月(第8回) 担当:田中善明


展覧会のもうひとつの楽しみ方

この前、新聞紙上で美術館ランキングが掲載されていました。公立美術館のみの偏差値です。「なにを不謹慎な。」という気持ちが少しだけしましたが、実は僕自身も、展覧会鑑賞のときにプチ・ランク付けを楽しむときがあります。邪道と職業病から生まれた、けっしてお勧めできない独自の基準は「コレクションの質」と「作品ケアの程度」ランキングです。

修復室(X線撮影室)

修復室(X線撮影室)

 

先ず「コレクションの質」。個人作家の大回顧展会場では必ず行います。美術館は、作品をいろんな角度から検証して正当に評価し、皆様にそのすばらしさをご紹介するというゴールのない目標に一歩でも近づくことを使命としています。だから、回遊魚のごとく(?)「止まると死ぬ!」と訴えながら良質の作品をコレクションにするべく求めつづけているわけですが、その努力の度合いを評価します。ある程度名の通った作家の場合、絶頂期の一、二点は国立の美術館が所蔵していることがほとんどで、そこは対象から除外。次に良い作品をどの美術館が獲得しているのか、そしてその次は・・・というランキング、それから地味で渋い、ときに小品ながらも質の高い作品をどこの美術館が獲得しているか(審査員特別賞クラス!)を会場内で捜します。もちろん、美術館それぞれの開館年度や経済状況、学芸員の数などおおよそ思い浮かべながら決めていきます。資金が潤沢で職員の豊富な美術館は嫉妬心により、ちょっとランクを下げます(とはいうものの、資金と職員数を確保する努力をしているからこそ豊富なコレクションになっている場合が多いのでこれはこれで評価しなくてはなりません)。ちなみに、三重県立美術館の作品が出品されている場合は、親心に近い甘い点数が相当付加されます。

 

 そしてもうひとつの基準になる「作品ケアの程度」。彫刻家の何人かは、ある人の小指の第一関節から先を観察しただけでその人の年齢や生活などを言い当てることができると聞いたことがありますが、作品のケアの程度を見れば、それを所有している館の姿勢や状況の一面が見えるときがあります。くどいようですが、作品に正当な評価を与えるためには、その作品が正当に評価される条件を物理的な面でも整えてあげなくてはいけない、そのためのケアにどれだけ努力しているかを審査します。どんなに良質なコレクションがあっても、それを活用し、維持(保全)しなければ当然そのものの価値は下がるでしょう。

 

保存や修復の専門員を配属し、専念できる環境を整えている美術館から出品されている作品は、その努力の跡がよくわかります。たとえ時間に余裕がなくても、お金がなくても作品を移動することで損失する危険度を低くする努力の跡と、せっかくその子(作品)のお披露目だからと埃やガラス汚れなどが丁寧にクリーニングされた形跡です。しかし、残念ながらそうした専門員のいる美術館は日本では10館もなく、現在における日本文化の底の浅さを如実に物語っています。

 

展示室空気環境測定

展示室空気環境測定

 

さてその一方で、保存修復専門員のいない館であっても、コレクションの活用と同程度かそれ以上に作品保存の重要性を認識し、実践している美術館があります。その館の作品からは、コレクションに対する館員の敬意と愛情さえもが伝わってきます。

 

 誤解をまねくと困りますので、ここで断っておきますが、作品に手をかけている美術館ほど良い美術館という意味ではなく、作品そのものに手をかけないための努力をしている美術館のほうが良い美術館だといえます。保存というものは「できうる限り作品のオリジナリティを保持しながら劣化する速度を弱める取り組みや処置」だということが近年の共通した認識になってきました(別の考えをもたれているところもありますが)。現在美術館で働く保存専門員の人々は、大掛かりな修復処置をしなくて済むよう、作品をとりまく環境の改善を第一に考えていらっしゃいますし、修復する場合もオリジナルの部分にできるだけ負荷がかからないような処置を考えてみえます。このような諸々を総合しながら慎重さの度合いを展示作品から読み取って、邪(よこしま)なランク付けをしているのが僕だというわけです。

 

自館のことを棚に上げたランク付け。これは日々訪れる自己嫌悪感からの逃避行動にほかなりません。

 

日々の記録

日々の記録

 

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