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学芸室だより リニューアル版

「はじめて担当した展覧会」

2006年1月(第7回) 担当:白石和己

学芸員になって初めて担当した展覧会について、というテーマですが、学芸員になってから、もう30年以上になるので、あまり記憶が定かではありません。私が最初に学芸員の仕事に就いたのは仙台市博物館でした。当時は伊達家の遺品が中心のコレクションで、職員の数もそれほど多くありませんでした。仙台市博物館は旧仙台城(青葉城)の中にあり、周りを緑に囲まれて、大変雰囲気の良いところでした。三重県立美術館と似たような環境でした。そのころちょうど、NHKの大河ドラマ「樅の木は残った」が終わった時期ではなかったかと思いますが、たくさんの観光客が来館されていたように記憶しています。

学芸員としての仕事ですが、はじめの頃は先輩の後について、お手伝いしていただけで、これが最初の担当した企画だというものが思い出せません。初めてということではないのですが、巡回展でしたが、徳川美術館所蔵の名宝展があり、このとき、国宝の源氏物語絵巻も展示され、間近でじっくりと拝見することができて、感激した記憶があります。

当時、美術館・博物館などの学芸員の立場がそれほどしっかりしていなく、しかも勤めている館によって扱われ方もばらばらだったので、学芸員の立場を強化するため、各地の30代くらいの中堅から若手くらいの人たちが熱心に運動されていました。学芸員になりたての頃、金沢で開かれた会議に参加し、その熱気に圧倒された思い出があります。

ところで、三重県立美術館へ赴任してからは、館長という職ですので、実際の学芸的な仕事は、どうしても一歩退いたような形です。それでもいくつかはある程度、内容に関わることのできたものもあります。その意味での、三重県立美術館での最初の企画展は、「新井謹也とその時代」展です。三重県出身のこの作家は、はじめ油彩画家として活躍し、途中から陶芸作家となった人です。私は近代工芸史が専門であり、前の勤務先で、企画展などの関係で新井謹也の陶芸作品を見ており、彼についていくらか調査したことがありました。残念ながら特別に取り上げる機会もなかったのですが、頭の中に残っていた作家でした。この展覧会に際して、詳しく調査してみると、イメージしていたのとはだいぶん違った作家でした。時代による作品の変化が少なくて、作品の制作時期の決め手が難しく、非常に苦労しました。担当した学芸員諸氏の努力で、なんとか全体像がつかめる内容になったかと思いますが、なんとなく未消化というか、心に引っかかる部分がまだ残っています。

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