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美術館 > 刊行物 > 学芸室だより > 三重県立美術館ではじめて担当した展覧会 > はじめて担当した展覧会(5) 美術館開館前後のこと 毛利伊知郎 学芸室だより

学芸室だより リニューアル版

「はじめて担当した展覧会:美術館開館前後のこと」

2005年11月(第5回) 担当:毛利伊知郎

25年前に私が勤め始めた頃、三重県立美術館はまだ設計図の上にしかありませんでした。三重県庁の7階にあった美術館建設準備室が私たち学芸員一期生の職場でした。準備室は強烈な個性の持ち主N室長がトップで、曰く言い難い空気に包まれていました(Nさん、ごめんなさい)。私たちは昼休みには逃げるように昼食に出かけ、夕刻は息を潜めて帰る機会を窺い、津駅近くの居酒屋で憂さを晴らす日々でした(帰り際にアレはどうなったと室長に呼び戻されることも珍しくなく、部屋を出るのが一苦労でした)。時折、図書整理と称して箒片手に倉庫に保管していた図書の整理に出かけたり、美術館の建築現場へ行くのがささやかな息抜きでした(もちろん、N室長の「皆揃って、どこへ遊びに行く! 戻ってこい!」という叫び声を背中で聞きながら)。今だから笑って話せるほろ苦くてユーモラスな当時の思い出は数限りなくあります。それらは、後日別の機会に紹介したいと思いますので、乞うご期待。
この準備室での2年間に私が担当したことは、図書資料が必要なことを事務の人たちに理解してもらって図書購入を始めたこと、三重県内の近世絵画の調査、美術館で使用する展示ケースの基本プラン作成などでした。その後の学芸員生活に非常に有益だったのは、三重県内の近世絵画の調査でした。これは、県立美術館には県内にある美術作品のデータがないとダメだ、また美術館で展示に使用できる作品がどの程度あるか把握しておく必要があるというN室長の発案によるものでした(当時のN室長はすごく怖かったけど、本当は非常に立派な方でした)。外部の専門家に協力を仰ぎ、調査機材を担いで三重県内の社寺や旧家を何カ所も回りました。この調査を通じて三重県内に残る美術品の現状を肌で知ることができましたし、これがきっかけとなって美術館で寄託を受けた作品も少なくありません。曾我蕭白の旧永島家襖絵にはじめて接したのもこの調査でした。当時は、この作品が美術館の所蔵となり、しかも重要文化財に指定されることになろうとは夢にも思いませんでした。

また、私たち学芸員が展示ケースなどの基本案を作成しなければならなくなり、N室長のきびしいチェックを受けながら、今も使用している展示ケースの基本案をつくりました。学芸員はこうした仕事もできないといけないのかと疑問を抱きながらも、ようやく発注にこぎつけ開館に間に合わすことができました。とはいえ、N室長も私も展示ケースの設計には素人ですから、今となってはデザイン的にも機能的にも見劣りすることは否定できませんし、傷みも目立ってきました。若い学芸員諸氏からは、「何とかしてくださいよ!」とよく言われます。 しかし、私にとっては非常に愛着のある展示ケースたちです。
辛い準備室時代は2年で終わり、開館半年前に美術館へ引っ越してからは、展覧会の準備など慌ただしい学芸員生活が始まりました(N氏からは美術館へ移ってからも怒鳴られましたが)。

展示ケース

美術館では初代のK館長から「美術館学芸員たるもの幅広く勉強しないとだめだ」といつも言われ、1983年1月に開催した「ヨンキント展」の図録テキストの翻訳を開館前の夏に担当する羽目になりました(ともかく人手が足らないし、私も若くて恐れを知らない!)。今に比べれば英語力はまだましでしたが、山積する開館準備と並行しての作業ですし、経験も専門知識もありませんから、青息吐息。同僚M氏の手助けを得て、ようやく完成させました。その後も色々な展覧会を担当しましたが、何度恥をさらし、冷や汗をかき、人様に迷惑をかけたことでしょう。今は、そうした体験の積み重ねで学芸員は育つのだとえらそうに言えますが、当時は前だけを見て毎日全力疾走という感じでした。
私の学芸員生活も20年を越えましたが、振り返ると準備室から開館前後のことが一番強く印象に残っています。色々なことがあって本当に大変でした。しかし、その体験を通じて学芸員とは何かを身をもって知ることができ、以後の学芸員生活の基礎がつくられたと今では思えるようになりました。
では、最後に私事を一つ。私の身に起こった準備室時代最大の出来事は、三重県庁7階の廊下である女性と出会ったこと。彼女とは今も同じ屋根の下で暮らしています。これで、あの頃の苦労(?)は帳消しかも…。

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