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常設展示1997年度【第1期展示】 1997年4月2日(水)〜6月22日(日)

第1室:明治・大正の洋画

 わが国の文化が古代以来外来文化と関係をもちながら形成されてきたことは今さらいうまでもない。現代の私たちは日本の伝統的文化や生活様式の方にかえって距離を感じてしまうほど、生活と文化双方の領域で日常的に西洋起源のものに慣れ親しんでいる。しかし、これほど西洋文化が日本に定着するまでには、様々な興味深い現象が生じた。美術の分野も例外ではなく、西洋の絵画表現と日本人との関わりは、異文化受容という点でも多くの重要な問題を含んでいる。

 西洋絵画を初めて目にした日本人は、日本の伝統絵画にはなかった、対象をありのままに描き出すことができる写実的な表現力に驚き、これを高く評価した。司馬江漢ら18世紀後半に活動した洋風画家はもちろん、江戸時代末から明治時代にかけて活躍した高橋由一、国沢新九郎、川上冬崖ら日本近代洋画の先駆者たちにとっても、遠近法や透視図法、陰影に富んだ着色法を使いこなして、いかに対象をリアルに表現するかということが大きな課題であった。

 今回出品されている岩橋教章の筆になる「鴨の静物」は、水彩絵具を用い、非常に精密な筆遣いによって枚壁に吊された鴨の姿を緻密に描写した作品。教章の数少ない現存する絵画作品でもある。高橋由一とはまた異なるスタイルによって、教章が徹底した写実表現を指向していたことがうかがえよう。

 1911年(明治44)に刊行された岩橋章山(教章の嗣子)編の『正智遺稿』によれば、岩橋教章は1835年(天保6)伊勢松坂の出身。旧姓は木下で、後に岩橋家に入ったという。彼は、1861年(文久元)に幕府軍艦操練所絵図認方に登用されて、日本沿岸の測量と地図制作に従事している。幕末から明治初頭にかけて波乱の人生を送った教章は、1870年(明治3)には明治政府の海軍操練所に入り、1873年(明治6)に銅・石版製図法研究のためオーストリアへ派遣されている。

 ウィーンに1年ほど滞在した後、1874年(明治7)11月に帰国した教章が、「明治八年二月病アリ一日見舞トシテ受ケタル鴨ヲ吊リ下ケテ之ヲ実物大ニ写生シタ」(『正智遺稿』)のが「鴨の静物」であるという。帰国後の制作ということになれば、本図にはウィーンでの西洋画法研究の成果が発揮されていると考えるのが自然であろう。

 「鴨の静物」は、明治初期における極めて練達した写実表現の作例として、またわが国での静物画の最も早い時期の作例として紹介されることが多いが、この作品はもう一つ別の性格も持っている。

 上記のように画中の鴨は、病気見舞いとして教章に贈られたものと伝えられるが、本物とみまがうばかりの真に迫ったこの鴨の絵は、「トロンプ=ルイユ」(だまし絵)としても見ることができる。17世紀から18世紀の西洋では、狩猟後の宴席をかざるために壁にかけられた獲物がしばしば絵画化されたが、画家は鑑賞者をあざむくために写実的表現に腕をふるったという。教章がこうした西洋のだまし絵のことを意識していたかどうか確証はないが、壁に吊り下げられた鴨というモチーフと写実表現という二つ類似は、単なる偶然ではないだろう。

 この一枚の鴨の絵にも、明治初期における日本と西洋との接触がどのようにおこなわれたか、その多様なあり方の一端をみることができる。

(毛利伊知郎)

作家名 生没年 作品名 制作年 材質 備考
アントニオ・フォンタネージ (1818-1882) 沼の落日 1876-78 油彩・キャンバス (財)岡田文化財団寄贈
チャールズ・ワーグマン (1832-1891) 風景 不詳 油彩・キャンバス 寄託品
高橋  由一 (1828-1894) 光安守道像 不詳 油彩・キャンバス 寄託品
岩橋  教章 (1835-1883) 鴨の静物 1875 水彩・紙  
川村  清雄 (1852-1934) ヴェネツィア風景 c.1880 油彩・紙 井村二朗氏寄贈
川村  清雄 (1852-1934) 梅と椿の静物 不詳 油彩・絹 藤井一雄氏寄贈
五姓田義松 (1855-1915) 狩猟図 1894 油彩・キャンバス 寄託品
浅井   忠 (1856-1907) 小舟波村 1893 油彩・キャンバス  
安藤仲太郎 (1861-1912) 梅花静物 1889 油彩・板  
長原孝太郎 (1864-1930) 自画像 1900 油彩・キャンバス 長原担氏寄贈
黒田  清輝 (1866-1924) 雪景 1919 油彩・板  
久米桂一郎 (1866-1934) 秋景下図 1895 油彩・キャンバス  
藤島  武二 (1867-1943) 朝鮮風景 1913 油彩・キャンバス  
藤島  武二 (1867-1943) セーヌ河畔 1906-07 油彩・キャンバス  
岡田三郎助 (1869-1939) 岡部次郎像 1898 油彩・キャンバス  
中村  不折 (1866-1943) 裸婦立像 c.1903 油彩・キャンバス  
満谷国四郎 (1874-1936) 裸婦 c.1900 油彩・キャンバス  
鹿子木孟郎 (1874-1941) 狐のショールをまとえる婦人 1902 油彩・キャンバス  
鹿子木孟郎 (1874-1941) 教会 1917 油彩・キャンバス  
青木   繁 (1882-1911) 自画像 1905 油彩・紙  
斎藤  豊作 (1880-1951) 風景 不詳 油彩・キャンバス  
中村   彝 (1887-1924) 婦人像 c.1922 油彩・キャンバス  
中村   彝 (1887-1924) 髑髏のある静物 1923 油彩・板  
小出  楢重 (1887-1931) パリ・ソンムラールの宿 1922 油彩・板  
小出  楢重 (1887-1931) 裸婦立像 1925 油彩・キャンバス  
安井曾太郎 (1888-1955) 裸婦 c.1910 油彩・キャンバス  
安井曾太郎 (1888-1955) 女立像 1924 油彩・キャンバス 第三銀行寄贈
岸田  劉生 (1891-1929) 自画像 1917 クレヨン、コンテ・紙  
岸田  劉生 (1891-1929) 照子素描 1919 水彩、木炭・紙  
前田  寛治 (1896-1930) 風景 c.1924 油彩・キャンバス  
中川  一政 (1893-1991 目黒風景 1923 油彩・キャンバス  
ジョルジュ・ビゴー (1860-1927) 日本素描集 1886 銅版・紙  
 

第2室:横山操「瀟湘八景」+橋本平八の木彫

 伊勢に生まれた彫刻家橋本平八は、大正後期から昭和初期にかけて日本美術院彫刻部を主な作品発表の場として活躍した。1935年(昭和10)、脳溢血のために彼は39歳の短い生涯を終えたが、彫刻家として15年ほどの活動期間に100点以上の木彫作品と彫刻作品にも通じる個性あふれる絵画作品を遺した。

 橋本平八と木彫とのかかわりは、郷里伊勢の彫刻師三宅正直、亀田杢介から彫刻技術を学んだのが最初であったという。伊勢地方で盛んだった木彫の伝統がその背景にあることは十分考えられるところだが、平八はそうした地方の伝統技術習得だけに終わらず、普遍的な立体造形の世界に入っていった。

 佐藤朝山に師事した平八が初めて院展に出品した作品は「猫」であった。猫、馬、猿、牛などの動物彫刻を平八は数多くつくったが、特に猫は、彫刻家として本格的な歩みを始めたばかりの平八にとって重要なテーマであった。今回出品されている1922年(大正11)の猫2体に続いて、1924年(大正13)にも「猫」が院展に発表されている。

 平八は1922年の木彫の「猫」を「自分の肖像であり身構え心構えであり技巧の上には方式」であり、また1924年の「猫」は「動きと艶美と男性的な魅力を表現するのであって最初の猫の欠点を補い自分の彫刻をより完璧ならしむるもの」と記している。

 自作についての平八の文章には理解しづらい点もあるが、彫刻家としての人生を始めようとする自分という存在全てを院展への初出品作へ投影しようとした平八の意気込みが、こうしたコメントから伝わってくる。

 また、これらの作品は師佐藤朝山のアトリエでつくられたもので、「猫」という主題の選択を初めとして、各所に朝山の教えが反映していることは当然だろうが、研究のため実際に猫を解剖したという一見常識離れしたエピソードも、制作に対する平八の生真面目で徹底した態度を物語っている。

 現存する石膏像から鋳造されたブロンズの「猫」は、平八作品の中ではほとんど唯一の塑造作品である。姿形は木彫の「猫」と非常に似通っていて、この塑造作品は木彫による院展出品作の習作的な性格も持っていたことが予想されるが、ほとんど同じ姿形の作品が塑造と木彫双方でつくられたことは、平八一人の問題というより当時の日本美術院彫刻部の彫刻に村する考え方の一端を示していて興味深い。

 平八の実弟で詩人の北園克衛(本名橋本健吉)は、当時、この猫の姿に「デカダンな親方の無礼にたえている」兄の心境が露骨に出ていると感じたというが、これら2作品において、平八の関心は徹底した写実表現に向けられている。身体各部の関係を正確に表現し、リアリティー豊かな木彫の猫をつくり上げること、これが平八にとっての最も重要な課題であった。

 一方、同じ主題でありながらも、1924年の「猫」は彫刻として前作よりも高い完成度を示しているが、そこにはある種の様式化が認められ、前作とこの作品とで平八の意識も異なっていたことは明らかである。むろん、この作品にも師の教えに忠実な平八の姿を見ることは可能だろうが、これら1922年と24年の猫が示す相異なる表現には、青年彫刻家橋本平八の模索する心の動きを見て取ることができる。

(毛利伊知郎)

作家名 生没年 作品名 制作年 材質 備考
横山   操 (1920-1973) 瀟湘八景
 −平沙落雁
  遠浦帰帆
  山市春嵐
  江天暮雪
  洞庭秋月
  瀟湘夜雨
  烟寺晩鐘
  漁村夕照
1963 紙本墨画  
橋本  平八 (1897-1935) 1922 ブロンズ  
1922 ブロンズ  
弁財天 1927  
石に就て 1928 寄託品
老子 1932  
弱法師 1934  
俳聖一茶 1935  
 

第3室:ボードレール−メリヨン−19世紀のパリ

 昨年末から今年の2月にかけて美術館で開催された「ブーダンとオンフルールの画家たち展」は、19世紀フランスの風景画の変遷を見通すものだった。風景画という糸がロマン主義から印象派までをつなげていくさまは、断片的な19世紀の知識に深みを与えてくれたが、それに加えて印象的だったのは、風景画とボードレールの関係である。ブーダンのアトリエを訪れたボードレールは、膨大な数の空と雲のパステル習作を目にし、1859年のサロン評のなかでこう述べている。「これらの幻想的で輝かしい形をした雲、これらの混沌とした暗闇、これら緑色と薔薇色の涯しもないものが、宙吊りになり互いに重なり合っているさま、ぽっかり口を開けたこれらの大窯、ぼろぼろになり、丸まったりすり切れたりしている黒や紫の繻子でできたこれらの天空、喪に服し、あるいは溶融した金属をしたたらせるこれらの地平線、これらすべての深み、これらすべての壮麗さは、芳醇な美酒か阿片の雄弁のように私の脳髄を酔わせました」※1

 19世紀のフランスを代表する詩人ボードレールは、慧眼な美術批評家でもあり数々のサロン評を著したが、このうち45年、46年、上記の59年のサロン評で風景画について紙面を割いている。特に59年のものは彼の文筆活動を代表する『悪の華』の出版や版画家コンスタンタン・ギースへの賛辞がなされた時期と近しく、ボードレールの精神性を・bォ彫りにしている。彼は、コローやルソーの写実への拒絶感を顕にし、ブーダンとメリヨンの作品に共鳴したのである。

 実は、この年のサロンに出品されたブーダンの作品は1点のみで、メリヨンにおいては全くの不参加だった。それでも、ボードレールはブーダンへの言及に引き続きメリヨンのエッチング連作『パリの景観』について語り始める。「巨大な都市のもつ自然の荘厳さがこれ以上の詩情(ポエジー)をもって表象されたのを、私は稀にしか見たことがありません。積み重ねられた石の偉容、指で空を指し示す鐘楼たち、天空へ向けて彼らの煙の連合軍を吐き出す工業のオベリスクたち、修復中の記念建造物(モニュメント)の驚くべき足場が、建築の堅固な本体の上に、かくも逆説的な美しさをもったその透し細工の建築をあてがうさま、怒りと怨恨をはらんで騒ぎ立つ空、そこに含まれる劇(ドラマ)のすべてを思わせることによっていよいよ深みを増す遠近法の奥行きなど、文明の悲痛で栄光に輝く書割を構成する複雑な要素のどれ一つとして、忘れられてはいませんでした」※1

 ペンヤミン※2の指摘するようにボードレールの風景画に関する論評は必ずしも首尾一貫したものではないが、59年のサロン評を鑑みるに、ボードレールは日常的な風景を叙事詩的に描き出す画家を評価した。現実の奥底に沈殿する幻想性を浮き上がらせる画家の個性こそボードレールが探していたものだった。

 メリヨンの連作『パリの景観』は、1850年から55年にかけて制作された。逆光を多用した黒と白のコントラスト、縦と横の短い線を神経症的に組み合わせた筆法は、エッチングであるからこそ※3の鮮烈さをもつ。一つの作品でさえ版を重ねるごとに変更がなされ、現実と空想の間をさまようメリヨン。ボードレールが愛憎入り交じる思いで「不気味な首都の陰鬱な威厳」※1をもつ都市として観察したパリを、メリヨンは一種の生命体であるかのように表現した。ボードレールがこの連作を買い求めた1859年、オスマンの改造計画が着手され、パリは大変貌への道をたどり始めた。

(桑名麻理)

※1 阿部良雄訳『ボードレール全集』筑摩書房より

※2 ヴァルター・ペンヤミン(1892−1940)ドイツの哲学者、19世紀のパリやボードレールについての著作は、近代都市や芸術に関する示唆に富む

※3 エッチングは、ほかの人の手を通さず、摺りの段階まで自分でできため、作家の個性を画面に残すことができた

 
作家名 生没年 作品名 制作年 材質 備考
J.Bヨンキント (1819-1891) オランダ風景銅版画集 1862 エッチング・紙  
J.Bヨンキント (1819-1891) オンフルールの木の桟橋 1865 エッチング・紙  
ロドルフ・ブレスダン (1822-1885) 死の喜劇 1854 リトグラフ・紙  
ロドルフ・ブレスダン (1822-1885) 鹿のいる聖母子 1885 リトグラフ・紙  
ロドルフ・ブレスダン (1822-1885) 善きサマリア人 1861 リトグラフ・紙  
シャルル・メリヨン (1821-1868) プチ・ポン 1850 エッチング・ドライポイント・紙  
シャルル・メリヨン (1821-1868) ノートルダムの給水塔 1852 エッチング・ドライポイント・紙  
シャルル・メリヨン (1821-1868) ノートルダム橋のアーチ 1853 エッチング・ドライポイント・紙  
カミーユ・ピサロ (1830-1903) 農夫モロン親爺 1879 エッチング・紙  
カミーユ・ピサロ (1830-1903) 鋤で耕す農婦 1890 エッチング・紙  
ジェームス・ティソ (1836-1902) 1878 エッチング・ドライポイント・紙  
エドガー・ドガ (1834-1917) 裸婦半身像 c.1891 コンテ、赤チョーク・紙 (財)岡田文化財団寄贈
クロード・モネ (1840-1926) ラ・ロシュブロンドの村 1889 油彩・キャンバス (財)岡田文化財団寄贈
オーギュスト・ルノワール (1841-1919) 青い服を着た若い女 c.1876 油彩・キャンバス (財)岡田文化財団寄贈
トゥールーズ=ロートレック (1864-1901) ムーラン=ルージュのイギリス人 1892 リトグラフ・紙  
ヤン・トーロップ (1858-1928) 種蒔く人 1895 リトグラフ・紙  
パブロ・ピカソ (1881-1973) ロマの女 1900 パステル、油彩・紙 三重県企業庁寄託
マルク・シャガール (1887-1985) 1908 鉛筆・紙  
マルク・シャガール (1887-1985) 扇を持つ女 1908-25 鉛筆・紙  
マルク・シャガール (1887-1985) 男と女 1908-25 インク・紙  
マルク・シャガール (1887-1985) 働く男 1908-25 鉛筆・紙  
マルク・シャガール (1887-1985) 荷車を引くロバ 1914 鉛筆・紙  
マルク・シャガール (1887-1985) 水浴 1925-26 インク・紙  
マルク・シャガール (1887-1985) 水夫と女 1925 インク・紙  
マルク・シャガール (1887-1985) 1956-62 油彩・キャンバス (財)岡田文化財団寄贈
マルク・シャガール (1887-1985) 版画集 サーカス 1967 リトグラフ・紙 (財)岡田文化財団寄贈
ジョルジュ・ルオー (1871-1985) 受難(パッション) 1939 木版・紙  
ジョルジュ・ルオー (1871-1985) キリスト磔刑 c.1939 油彩、紙・キャンバス (財)岡田文化財団寄贈
バルトロメ・エステバン・ムリリョ (1617-1682) アレクサンドリアの聖カタリナ c.1645-50 油彩・キャンバス  
スルバラン派の画家 (1617-1682) 聖ロクス 17世紀 油彩・キャンバス 有川一三氏寄贈
 

ギャラリー、ロビー

作家名 生没年 作品名 制作年 材質 備考
浅野  弥衛 (1914-1996) 作品 1960 油彩・キャンバス  
浅野  弥衛 (1914-1996) 作品(黄・緑・紫・青・赤) 1964 油彩・キャンバス  
浅野  弥衛 (1914-1996) 作品(黄・紫) 1964 油彩・キャンバス  
浅野  弥衛 (1914-1996) 作品 1966 油彩・キャンバス  
浅野  弥衛 (1914-1996) 作品 1967 油彩・キャンバス  
浅野  弥衛 (1914-1996) 作品 1975 油彩・キャンバス  
浅野  弥衛 (1914-1996) 作品 1979 油彩・キャンバス  
浅野  弥衛 (1914-1996) 作品 1981 鉛筆・紙  
浅野  弥衛 (1914-1996) 作品 1986 木、オイルスティック  
オシップ・ザッキン (1890-1967) ヴィーナスの誕生 1930 ブロンズ 岡三証券寄贈
江口   週 (1932-   ) ふたたび翔べるか? 柱上の鳥 1988  
多田  美波 (1924-   ) 1982 テラコッタ、ステンレススティール  
飯田  善國 (1923-   ) Xのコンストラクション 1987 木、着色麻ロープ  
佐藤  忠良 (1912-   ) 円い椅子 1973 ブロンズ  
向井  良吉 (1918-   ) パッキングのオベリスク 1989 アルミニウム  
イサム・ノグチ (1902-1988) スレート 1945 ブロンズ  
保田  春彦 (1930-   ) 都市1・2 1985  
 

屋外彫刻

作家名 生没年 作品名 制作年 材質 備考
ジャコモ・マンズー (1908-1991) ジュリアとミレトの乗った大きな一輪車 1973 ブロンズ 百五銀行寄贈
多田  美波 (1924-   ) 作品91 1991 ステンレススティール  
湯原  和夫 (1930-   ) 無題 1982 鉄・ステンレススティール 井村屋製菓寄贈
井上  武吉 (1930-1997) my sky hole 82 1982 鉄・ステンレススティール  
井上  武吉 (1930-1997) my sky hole 85-6 1985  
番浦  有爾 (1935-   ) 1990 ブロンズ  
田畑   進 (1944-   ) NOKOSARETA-KATACHI 1982 ステンレススティール・黒御影石  
八ツ木 のぶ (1946-   ) 象と人(異邦の夢) 1988 ステンレススティール・ウレタン塗装  
梶 滋 (1951-   ) 円柱とその周辺 1986 アルミニウム  
石原  秀雄 (1951-   ) 暗室の王 1994 白御影石  
松本   薫 (1952-   ) Cycle-90° 1992 ステンレススティール  
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