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常設展示1983年度【第3期展示】 1983年9月13日〜12月28日

第1室 日本の油彩画・大正から現代まで

1910年(明治43)に創刊された文芸雑誌『白樺』は、その誌面の多くを西欧美術の紹介に割いている。とりわけその初期にはセザンヌ、ゴッホそれにロダンの芸術に同人たちが深く共鳴し、その紹介記事は熱をおびていた。この『白樺』に触発された岸田劉生や万鉄五郎、それに西欧留学から帰国した斎藤与里らが集まり、新しい芸術を志向する結社フューザン会を結成、その第1回展が開かれたのが1912年(大正元年)のことであった。大正期は、岸田劉生や万鉄五郎がその初期のフォーヴィズム、キュビズムから後期の宋元画や南画へと関心を移行させたことに典型的にうかがえるように、どこに自らのアイデンティティを確立すべきかという、苦汁にみちた探求の季節であった。二科会、院展洋画部、草土社、春陽会等、大正期に生まれた在野諸団体の作家と同様、文・帝展の中村彝、牧野虎雄、奥瀬英三らの作家もこの問題に直面し、各々が独自の解答を見出さねばならなかった。昭和初期に活躍した佐伯祐三、前田寛治らもこの問題と無縁ではなかった。佐伯のパリ風景には東洋が揺曳している。

昭和10年代のモタニズムは十分な開花をみるまもなく戦争のなかに埋没するが、戦争はまた戦後の精神風土を育んだ。金山康喜、鶴岡政男、麻生三郎らの作品には戦争の刻印がみられよう。戦後の抽象美術を支えたのは杉全直、難波田龍起ら戦前から活躍していた作家たちであったが、1960年前後の元永定正らの具体美術以降、宇佐美圭司ら新たな才能の台頭が目立ってきた。

作家名 生没年 作品名 制作年 材質
中村  彝 (1887-1924) 髑髏のある静物 1923 キャンバス・油彩
安井 曽太郎 (1888-1955) 裸婦 1910頃 キャンバス・油彩
村山 槐多 (1896-1919) 自画像 1914頃 キャンバス・油彩
万  鉄五郎 (1885-1927) 1915 キャンバス・油彩
岸田 劉生 (1891-1926) 麦二三寸 1920 キャンバス・油彩
木村 荘八 (1893-1958) 戯画ダンスホール 1930 キャンバス・油彩
牧野 虎雄 (1890-1946) 梧桐 1923 キャンバス・油彩
奥瀬 英三 (1891-1975) 緑蔭 1926 キャンバス・油彩
佐分  真 (1898-1936) 緑蔭 1927 キャンバス・油彩
小出 楢重 (1887-1931) 裸女立像 1925 キャンバス・油彩
清水 登之 (1887-1945) 蹄鉄 1925 キャンバス・油彩
里見 勝蔵 (1895-1980) 裸婦 1927 キャンバス・油彩
前田 寛治 (1896-1930) 裸婦 1928 キャンバス・油彩
佐伯 祐三 (1898-1928) サン・タンヌ教会 1928 キャンバス・油彩
山口  薫 (1907-1968) シュミーズの女 1931 キャンバス・油彩
牛島 憲之 (1900-   ) 貝焼場 1935 キャンバス・油彩
山本  鼎 (1882-1946) 外房しけのあと 1942 キャンバス・油彩
北川 民次 (1894-   ) 海への道 1942 キャンバス・油彩
金山 康喜 (1926-1959) 静物 1951頃 キャンバス・油彩
鶴岡 政男 (1907-1979) 黒い行列 1952 キャンバス・油彩
麻生 三郎 (1913-   ) 母子のいる風景 1954 キャンバス・油彩
森  芳雄 (1908-   ) 街角(カイロにて) 1963 キャンバス・油彩
坂本 繁二郎 (1882-1968) 1960 キャンバス・油彩
岡  鹿之助 (1898-1978) 廃墟 1962 キャンバス・油彩
荻須 高徳 (1901-   ) アンジュ河岸・パリ   キャンバス・油彩
難波田 龍起 (1905-   ) 創生 A 1961 キャンバス・油彩
杉全  直 (1914-   ) コンポジション A 1961 キャンバス・アクリル
菅井  汲 (1919-   ) 森の朝 1967 キャンバス・油彩
宇佐美 圭司 (1940-   ) 銀河鉄道 1964 キャンバス・油彩
小野木  学 (1924-1976) 風景 1975 キャンバス・油彩
元永 定正 (1922-   ) 赤と黄色と 1966 キャンバス・アクリル

第2室 瀟湘八景    前期(9.13-11.13)展示

瀟湘とは中国江南の名勝地洞庭湖に注ぐ二川、瀟水と湘水との合流地域をさす呼称とされるが、洞庭湖中の瀟湘の浦付近の呼称ともされ明確ではない。画題としての瀟湘八景は特定の地をさすものではなく、湿潤で風光明眉な江南の景観をかりに8ヶ所に定めて描いたもので、北宋の文人画家来迪がはじめて描いたと伝えられる。現存する古い作例としては南末未の伝牧谿筆のものが有名である。日本でも室町時代以降たびたび描かれ、狩野元信、狩野山楽らの作品が知られ、また近代にはいっても橋本雅邦などによってこの画題は描きつづけられ、特に1912年(明治45)の文展には横山大観、寺崎廣業の瀟湘八景が発表され注目された。横山操の瀟湘八景は近代的な造型感覚を基礎にたらしこみなど水墨画の伝統技法を駆使してダィナミックな画面をかたちづくり、瀟湘八景の歴史に新たな一頁を書き加えたものである。

作家名 生没年 作品名 制作年 材質
横山 操 (1920-1973)  瀟湘八景 1963 紙本墨画
(1)山市晴嵐
(2)遠浦帰帆
(3)洞庭秋月
(4)瀟湘夜雨
(5)烟寺晩鐘
(6)漁村夕照
(7)平沙落雁
(8)江天暮雪

第2室 三重の近世画人たち   後期(11.5-12.28)展示

伊勢、志摩、伊賀、紀伊の一部からなる三重県は、中世末期以降、伊勢神宮が所在すること、また商業の盛行などから、文人墨客の往来も繁く、近世美術史のうえで見逃せない地域である。初期南画史にその名をとどめる岡野石圃は雲出の出身であるし、日本の代表的な南画家池大雅は、松阪の書家韓天寿と親交があり大雅筆「二十四橋図」は韓天寿の旧蔵品であった。青木夙夜は韓天寿の従弟にあたり、天寿の紹介で大雅に師事し、伊勢で歿している。近年、とみに評価の高い曾我蕭白は、宝暦、明和のころ(18世紀半ば)、しばしば伊勢地方を旅行し、松阪に多く作品を遺した。「林和図」六曲一双は、特異な蕭白の作風の初期様式を知るのにも貴重な作例である。月僊は、伊勢寂照寺の画憎、小画面の掛幅は多数散在するが、「山水図」は大画面の屏風で月僊の代表的作品にあげられよう。

作家名 生没年 作品名 制作年 材質
曾我 蕭白 (1730-1781) 林和靖図 1760頃 紙本墨画淡彩
曾我 蕭白 (1730-1781) 山水図   紙本墨画
月  僊 (1741-1809) 山水図   紙本淡彩
月  僊 (1741-1809) 王羲子蘭亭之図   絖本淡彩
池  大雅 (1723-1776) 二十四橋図   絖本淡彩
青木 夙夜 (   -1802) 富嶽図   絹本着色
韓  天寿 (1727-1775) 山水図   紙本墨画
岡野 石圃   山水図 1753 紙本墨画
安藤 広重 (1797-1885) 東海道(丸清版・隷書東海道)   木版

第3室 三重の美術・中谷泰と木下富雄

中谷泰は松阪市の出身。上京後、川端画学校、春陽会研究所に学び、木村荘八に師事。1930年の初入選以降現在まで春陽会に出品している。工場、炭坑など労働者の生活の場をモチーフとした作品を多く発表してきた。木下富雄は四日市市の生まれ。名古屋で商業美術を学んだ後、はじめ油彩画を描いていたが1950年代から版画をはじめ、1958年に日本版画協会最高賞を受賞。丸や四角の単純な形態で呈示される「顔」の連作は海外でも評価が高い。

作家名 生没年 作品名 制作年 材質
中谷  泰 (1901-   ) 横向きの肖像 1939 キャンバス・油彩
中谷  泰 (1901-   ) 煤煙 1957 キャンバス・油彩
中谷  泰 (1901-   ) 陶工 1958 キャンバス・油彩
中谷  泰 (1901-   ) 陶土 1958 キャンバス・油彩
中谷  泰 (1901-   ) 雪どけ 1976 キャンバス・油彩
中谷  泰 (1901-   ) 農民の顔 1954 紙・鉛筆
木下 富雄 (1923-   ) 空 (習作) 1976 木版
木下 富雄 (1923-   ) Face (白い勲章) 1979 木版
木下 富雄 (1923-   ) 落日 (黒) 1981 木版
木下 富雄 (1923-   ) Face (語らず) 1981 木版

第3室 西洋の絵画

作家名 生没年 作品名 制作年 材質
オディロン・ルドン (1840-1916) アレゴリー 1905 キャンバス・油彩
マルク・シャガール (1889-   ) 1956-62 キャンバス・油彩
ジョルジュ・ルオー (1871-1958) 十字架上のキリスト 1939頃 キャンバス・油彩
藤田  嗣治 (1886-1968) ラマと四人の人物 1933 紙・水彩
ホアン・ミロ (1893-   ) アルバム 13 1948 リトグラフ
オディロン・ルドン   ヨハネ黙示録 1899 リトグラフ

ギャラリー 版画・素描

作家名 生没年 作品名 制作年 材質
浅野 弥衛 (1914-   ) 作品 1981 紙・鉛筆
加納 光於 (1933-   ) 稲妻捕り 1977 リトグラフ
若林  奮 (1936-   ) 大気中の緑色に属するもののためのデッサン 1982 紙・鉛筆

彫刻

オシップ・ザッキンはロシアのスモレンスクの経済的に豊かな家庭に生まれ育ち、最初はロンドン、次にはパリヘ出て彫刻制作の修業に励んだ。とりわけパリで、当時の美術界に衝撃を与え続けていたピカソらのキューピスムの運動から決定的な影響を受け、半具象・半袖象のキューピスム彫刻の制作に力を入れることになる。もっともザッキンは多くのキューピストたちの作品が陥った極度に非人間的な性格にあきたらず、ヒューマニスティツクな内容を彫刻作品の中に盛り込むことで、彼独自の表現を産み出すことに成功している。

作家名 生没年 作品名 制作年 材質
井上 武吉 (1930-   ) My Sky Hole 1982 鉄・ステンレス
湯原 和夫 (1930-   ) (無題) 1982 鉄・ステンレス
田畑  進 (1944-   ) NOKOSARETA-KATACHI 1982 ステンレス・黒御影石
オシップ・ザッキン (1890-1967) ヴィーナスの誕生 1930 ブロンズ
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