このページではjavascriptを使用しています。JavaScriptが無効なため一部の機能が動作しません。
動作させるためにはJavaScriptを有効にしてください。またはブラウザの機能をご利用ください。

生誕110年記念 池田遙邨展

11月20日(日)-1月9日(月)

日本画家・池田遙邨(1895-1988)というと、漂泊の俳人種田山頭火(1882-1940)の俳句に取材した最晩年の《山頭火シリーズ》を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。しかし、遙邨は92歳という長寿を全うしましたから、時期によって作品のスタイルが大きく変わります。その生涯と作品の変遷は、画家が歩んだ道筋として非常に興味深いものがあります。

 

 

池田遙邨展は、これまでにも何度か大きな展覧会が開催されています。近年では2000年に名古屋市美術館で代表作約90点による池田遙邨回顧展が開催されましたので、ご記憶の方もいらっしゃるでしょう。こうした過去の展覧会との差異化をはかるために、今回の展覧会は時間的な流れに加えてテーマ性を持たせた構成を取ることにしました。そのテーマは「旅」です。遙邨の画業をたどりながら遙邨芸術における「旅」の意義を考えることが、展覧会の大きな目的です。

 

展覧会は、遙邨の画家としての経歴の始まりから1950年頃までを第1部、1950年代から没年までを第2部として構成されます。第1部第1章は初期の作品群です。今回初公開となる少・青年期の素描や写生帖、大王岬に取材した《颱風来》(1921年)と《冬の入海》(1922年)、関東大震災の惨状を取材した《災禍の跡》(1924年)等を通じて、画家池田遙邨の成り立ち、京都の日本画界での遙邨のポジションを紹介します。

 

続く第1部第2章は、30代半ばの作『昭和東海道五十三次』が中心です。旅に心を寄せた遙邨にとって、江戸時代の浮世絵師歌川広重の東海道旅行は興味深い研究テーマでした。遙邨は広重にならって東海道を旅し、各宿場の様子を絵画化しています。こうした体験が、戦後の代表作《山頭火シリーズ》につながっていきます。

 

第2部は遙邨後半期の作品で構成されます。第2部第1章では、遙邨のイマジネーションから生まれた詩情漂う風景画や動物たちが登場する作品が紹介されます。最後の第2部第2章は、《山頭火シリーズ》です。《山頭火シリーズ》に描かれた風景は、遙邨の心象風景と言われていましたが、実際には東海道旅行の際の写生など実景を含んでいることが倉敷市立美術館の佐々木学芸員の研究で近年明らかになりました。そうした研究成果に基づいて、作品の画稿も部分的に展示して改めて《山頭火シリーズ》に迫ります。

 

「旅」は遙邨だけでなく、古今東西多くの芸術家たちにとって大きな意義を持っていました。旅が芸術創造に果たした役割の具体的な一つの事例を、遙邨作品を通じてご覧いただくことができるのではないかと思います。

 

(Mi)

池田遙邨  《うしろ姿のしぐれてゆくか山頭火》

池田遙邨

《うしろ姿のしぐれてゆくか山頭火》

 

1984年

 

 

池田遙邨 《颱風来》

池田遙邨

《颱風来》

 

1921年

 

ページのトップへ戻る