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高村光雲《元禄若衆姿》

大正14(1925)年 高さ42.0cm 晴雅堂清水所蔵

 この作品は、寛永期(1624-44)に制作された《彦根屏風》(彦根城博物館所蔵)と呼ばれる近世初期の風俗画に着想を得て制作されている。近世初期の遊里に取材した《彦根屏風》には、金箔の画面上に15人の人物が描かれるが、本作の若衆は、右から3番目に描かれる若衆の姿態と極めて近い。

 

 しかしながら、《彦根屏風》中の若衆の動きは、実際には再現し難いほどに不安定である。まず第一に、左足のすねかあるいは脹ら脛あたりに右足裏が接しており、右足は地についていない。さらに上半身はかなり右側へ傾き、左手を置く太刀がその体重の大部分を支えているようにみえる。そして、扇を手にする右手は左方向へ伸び、かろうじて全体のバランスを保っている。「その画像としての安定感は、切れのある筆線と精緻な技巧によって支えられている。」と指摘されているように、《彦根屏風》の中の若衆は不自然さを微塵も感じさせないが、この若衆が彫刻としてそのまま再現されたならば、さぞ不安定であったにちがいない。

 

 けれども、光雲のつくりだした若衆の姿に不自然さは皆無である。両足はともにしっかりと地につき、体のひねりも傾きも抑えられている。さらに、狆を傍らに配することによってひとつの完結した空間をつくりあげることにも成功している。《彦根屏風》中には−模写あるいは類似する作品を含めても−狆は登場しない。女三宮の見立てであるとの可能性が指摘されている唐和髷の女性が犬を連れているが、それは狆ではなく、近世初期風俗画にしばしば描かれる短毛の洋犬なのである。光雲は、明治期に、皇居の「婦人の間」柱装飾の原型として、「起って前肢をあげている」「寝転んでいる」「四肢で起っている」「駆けて来て鞠に戯れている」の四匹の狆を手がけているが、得意な狆をもちいて《彦根屏風》を翻案したのだろう。本展覧会図録の作品解説においても、「観る側の視線は若衆ではなく、むしろ狆におのずと向かうように計算されている」と指摘されているように、大きな役割を担うこの狆の表現は、光雲独自のものである。

 

 ところで、幕末から明治にかけて活躍した柴田是真(1807-91)、下岡蓮杖(1823-1914)もまた、《彦根屏風》に着想を得た作品を遺していることが指摘されている。光雲、是真、蓮杖と、近世から近代の橋渡し的役割を果たした作家たちが、同様に《彦根屏風》に関心をもったという事実は興味深い。《彦根屏風》に迫ることで、時代の転換点に位置する作家たちの関心の在り様を探ることができるのかもしれない。

 

(佐藤美貴・学芸員)

 

高村光雲とその時代展』(2002)より

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